銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
99 / 384
第4話:ミノネリラ騒乱

#16

しおりを挟む
 
 その同じ日、イースキー家の本拠地惑星バサラナルム、イナヴァーザン城は夜のとばりの中にあった。午後も九時を過ぎ、城のあるキンカー山の周囲には、白い光を主体にモザイク模様を織り成す、美しい夜景が広がっている。

 五重になった城塀の五つ目の門―――つまり本丸のある中央区画の城門を、黒塗りの反重力車が潜り抜けて来たのは、そのような時間の事だった。
 城門に設けられている検問所に近づく車列。一見すると幅が五メートルほどの、分厚いだけの塀のようだが、高さは十メートルはあり、強力なエネルギーシールド発生装置と防御兵器を多数内蔵した、堅牢な塀であり、検問所はそれをくりぬくようにして作られている。

 金属製の遮断バーと、薄っすらと青い光を帯びた、エネルギーシールドが塞ぐ検問所に、先頭の反重力車が停車した。バスケットボールほどの大きさの、丸い探査プローブが四機、検問所脇の固定ラックから浮き上がり、爆発物などを積んでいないかのスキャンに近付く。同時に検問所の中から警備兵が四人、おもむろに姿を現した。どこか気だるそうだ。

 これに対して、先頭の車の助手席と後部座席のドアが開き、三人の男が降りて来る。後部座席からの二人は黒いスーツ姿。そして、助手席から降りて来たのは、軍装を身に纏ったデュバル・ハーヴェン=ティカナックだった。
 ハーヴェンを見た四人の警備兵は、僅かだが態度をきちんとしたものに改め、敬礼をする。彼等に敬礼を返すハーヴェンの背後では、四機の探査プローブがまず先頭の車を囲み、スキャニングを始めていた。

「みな、ご苦労」

 声を掛けたのはハーヴェンの方からだ。一人の警備兵が問い掛ける。

「ティカナック様。このようなお時間に、ご登城でありますか?」

 ここまでの四つの城門にも同じような検問所があり、その都度、来訪者の連絡は行われているはずだった。つまりこの質問は、確認のためである。

「ああ。ザイード様とハルマ様に、ロッガ家からの特使をお連れしてね。お二人ともご在城なのだろう?」

「特使…で、ありますか?」

 そう言って警備兵は先頭車の後に続く三台に目を遣った。ハーヴェンが合図すると、三台の後部座席の窓が下がり、中に座る人間が見えるようになる。だがそこに座っていたのは若い女性が四人と、若い男性が二人。いずれも息を呑むほどの美しさだった。さらに探査プローブがスキャンした結果、四台のトランクには、大量の金塊が積まれている表示がある。

「これは?」

 振り向いて問い質す警備兵に、ハーヴェンは「だから…“特使”だよ」と耳打ちするように告げ、懐から取り出した金の延べ板を人数分の四枚、警備兵にそっと手渡したのであった。
 
 金の延べ板を受け取った警備兵は、後の三人に振り返り、小さく頷き合う。そしてどう見ても特使とは思えない若い男女と、車のトランクの中の金塊を詮索する事無く、ハーヴェンに「どうぞお通り下さい」と、検問の通過を認めた。どうやら警備兵は、旧サイドゥ家派だったハーヴェンが、いよいよビーダとラクシャスに寝返る気になって、その手土産に若い男女と金塊を持参したのだと思ったようである。手渡した金の延べ板は、検問通過の“袖の下”であり、口止め料というわけだ。警備兵達が手慣れた感じで受け取ったのは、このような行為が検問所で頻繁に起きている事を示している。そしてここへ来るまでの四つの検問所も、同様の手口で通過して来たのは言うまでもない。

「最後の検問ですらあれとは、呆れたものですな。少なくとも、ギルターツ様がご当主であそばした頃は、このような恥知らずな真似はなかった…」

 反重力車を検問所からスタートさせた、黒塗りの車の運転手―――キネイ=クーケンは、助手席のハーヴェンに吐き捨てるように言い放った。後部座席に座る“若い美しい男女”は、顔に張り付けていた変装用の合成皮膚を、煩わしそうに両手で引き剥がし始めている。「これつけると、あとで痒くなってかなわんのですが」と愚痴る女性役であった男は、合成皮膚を剝がしてみると痩身でありこそすれ、どう見ても女性ではない。

「これが今のイースキー家だよ、少佐。林檎の実は芯が腐ると、瞬く間に皮まで腐る…嘆かわしい事さ」

 クーケンの言葉にそう応じたハーヴェンは、ライトアップされたイナヴァーザン城の天守基部を見据え、皮肉を交えて続けた。

「もっとも、今回はその腐った皮のおかげで、きみ達を招き入れられたんだがね」

 すると反重力車のコンソール中央にある、МID(マルチインフォメーションディスプレイ)に、停車場所の指示が転送されて来た。舅のモリナール=アンドアからの指示である。画面を確認したハーヴェンは、窓の外のヘッドライトに浮かび上がる三叉路を指さしてクーケンに伝える。

「その先を左だ。納入業者用の駐車場へ回ってくれ。ロックはモリナール殿が、すでに外して下さっている」

「了解。タイヤ走行モードにします」

 そう言ってクーケンがステアリング脇の小さなレバーを操作すると、反重力車の底部四ヵ所が開いて、内蔵されていたタイヤが出て来る。僅かに高度を下げた四台は次々に路面に着地し、静音走行を始めた。
 
 反重力走行の金属音が消え、ジリジリジリ…とタイヤが路面を咬むグリップ音を僅かに響かせた四台の黒塗り車は、普段であればこの時間には閉鎖されている、納入業者用駐車場へと入って行く。すると照明を減らされた駐車場の一角で、小さな赤い光が円を描いていた。駐車位置の合図だ。そちらへ車を向けると、四つの人影が立っているのが見える。

 ハーヴェン達を待っていたのは、モリナール=アンドアと、武装した三人の陸戦隊員だった。アンドアは午前中から登城しており、職務を延長している振りをしていたのだ。

「ありがとうございます。モリナール様」

 車から降り立ったハーヴェンが礼を言うと、アンドアは「うむ」と頷いて懐からカードキーを取り出した。それに合わせてハーヴェンも、自らのカードキーを取り出す。二枚のカードキーが突き合わされ、アンドアのキーからハーヴェンのキーへ向け、データ送信が行われる。毎日ランダムに変更されるレベル4―――最高レベルのセキュリティコードだ。

「これで、全てのセキュリティが、解除できるようになる」

「助かります」

 礼を言うハーヴェン。その間に反重力車から全員降りたクーケンと部下達は、トランクを開けて、一面に並べられた金塊の下から、ボディアーマーと、短機関銃型のハンドブラスターを取り出してゆく。

「澄まんな。このような事しか、してやれなくて」

 アンドアが申し訳なさげに言うと、ハーヴェンは「充分です」と応じて、さらに続けた。

「それよりモリナール様は、急いで城からご退去下さい」

 そしてハーヴェンは、武装を整え終えたクーケンが差し出す、ハンドブラスターを受け取って安全装置を解除する。

「準備は?」とハーヴェン。

「間も無く完了」

 クーケンの返事に、ハーヴェンは巨大な天守を見上げた。もはや後戻りできない状況だが、気負いは感じない。「お待たせしました」の言葉に首を向けると、クーケン以下十五人の陸戦特殊部隊が、二列で整列していた。

「よろしい。始めてくれ、少佐」

 頷いたハーヴェンが指示を出す。これに対しクーケンは部下達に、「これより状況開始」と声を掛けた。モリナール=アンドアの無言の見送りを受けながら、静かに、そして素早く通用口へ向かう彼等。デュバル・ハーヴェン=ティカナックによる、たった十六名でのイナヴァーザン城攻略が、始まった瞬間であった………



▶#17につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。

母の城 ~若き日の信長とその母・土田御前をめぐる物語

くまいくまきち
歴史・時代
愛知県名古屋市千種区にある末森城跡。戦国末期、この地に築かれた城には信長の母・土田御前が弟・勘十郎とともに住まいしていた。信長にとってこの末森城は「母の城」であった。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。 再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた― これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。 史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。 不定期更新です。 SFとなっていますが、歴史物です。 小説家になろうでも掲載しています。

王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋
歴史・時代
妻木煕子(ツマキヒロコ)は親が決めた許嫁明智十兵衛(後の光秀)と10年ぶりに会い、目を疑う。 子供の時、自分よりかなり年上であった筈の従兄(十兵衛)の容姿は、10年前と同じであった。 見た目は自分と同じぐらいの歳に見えるのである。 過去の思い出を思い出しながら会話をするが、何処か嚙み合わない。 ヒロコの中に一つの疑惑が生まれる。今自分の前にいる男は、自分が知っている十兵衛なのか? 十兵衛に知られない様に、彼の行動を監視し、調べる中で彼女は驚きの真実を知る。 真実を知った上で、彼女が取った行動、決断で二人の人生が動き出す。 若き日の明智光秀とその妻煕子との馴れ初めからはじまり、二人三脚で戦乱の世を駆け巡る。 天下の裏切り者明智光秀と徐福伝説、八百比丘尼の伝説を繋ぐ物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

処理中です...