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第4話:ミノネリラ騒乱
#15
しおりを挟む翌28日、キノッサは総旗艦『ヒテン』から、スノン・マーダー城にいるノヴァルナへ、ジローザ=オルサーの誘引成功の報とともに、オルサーの拝謁の申し出を超空間通信で伝えた。時差を考慮するのをうっかり忘れ、通信を受けたノヴァルナは庶民的なスエットスーツ姿で、ノアと共に私室で寛いでいた。
時差を失念していた事を詫びるキノッサだが、ノヴァルナは気にするふうも見せず促し、報告を聴いた。それでもノヴァルナの反応は、キノッサが期待していたような喜びようはなく、「ふーん…」とか「なるほど…」とか淡々としたもので、やはり就寝前に連絡を入れてしまったのがマズかったか…と思いながら、最後にオルサーが拝謁を申し出ている件を口にした。
ノヴァルナの返答が、態度は淡々としたまま、思いがけないものとなったのは、この時であった。
「…ふーん。じゃ、処刑しろ」
「はぁ!?」
恒星間の超空間通信では、交信の合い間に大昔の衛星中継のような、タイムラグが発生する。キノッサはそれのせいで、ノヴァルナの言葉を聞き間違えたのだと思い、確認してみた。
「俺っち…いえ、わたくしめが“送迎”すればよいのですか?」
「…アホ。“送迎”じゃねー、“処刑”だ!!」
「えええええええええええええええええ!?」
「…るせーな。“え”が多いぞ、てめー!」
さすがにこれは、キノッサには受け入れられない話であった。オルサーは寝返ると言っているのに、それを処刑せよとは傍若無人にも程がある。それにそのような傍若無人な人間を演じるのは、ウォーダ家を統一してからは、もう卒業したのではなかったか。
「ま…またまたまた。ご冗談にしてもタチが悪すぎッスよ」
これは何かの間違いに違いないと引き攣り笑いを浮かべて、キノッサはノヴァルナに話しかける。呆れた顔をしているノアを隣に、ノヴァルナは少々苛立った空気を纏いながら言い放つ。
「…は? 冗談じゃねーし。処刑だっつってんだろ!」
「そんな…! どうしてなんスか!?」
全く納得できないキノッサは、強い口調で問い質した。
「…俺がオルサーを、気に入らねぇからだ!」
「気に入ら!…そんな事だけで、処刑なんて言うんスか!!??」
「…ヤツは信用ならねぇ!!」
ノヴァルナにピシャリ!…と言われ、キノッサは奥歯を噛みしめる。ノヴァルナはオルサーとは面識がないはずで、何がどう信用ならないのか全然分からない。
「会ってもないのに、信用できないも何もないっショ!! 少なくとも、今の時点では俺っちの方が、ノヴァルナ様よりオルサー殿を知ってるッスよ!」
キノッサが言い返すと、ノヴァルナは悪人顔をして応じた。
「…わかっちゃいねーな。何ならオルサーの奴との謁見に応じた上で、その謁見の場で捕えて処刑すっ事も出来るんだぜ。だがそれじゃあ、てめーの面目が立たねぇだろうから、直接手を下させてやろうってんじゃねーか」
「そんなの、どっちにしたって駄目ッス!!」
「…ふん。だったらてめーは、また事務補佐官に格下げだ。この城も没収してナルガにくれてやる。ナルガの方がてめーより、よっぽど実績があっからな!」
「!!………」
なんでこんな事を言い出したんだろう?…キノッサは困惑の極みで、吐き気すら覚えた。こうまで言うならノヴァルナが悪ふざけで、自分をからかって来ているとは考え難い。だがオルサーが好人物である事は、キノッサが対面して自分の眼で見た結果であるのだから、どう言われようと納得出来はしない。
「…なんだてめ、あんだけ自分に城を取らせろって言っといて、敵の武将たった一人の命と引き換えに、手放していいのかよ?」
「………」
煮え切らないキノッサに、ノヴァルナは語気を荒げて呼び掛けた。
「スノン・マーダー城々主、トゥ・キーツ=キノッサ!」
正式な下知を告げる主君の声に、キノッサはノヴァルナのホログラムの前で、片膝をつく。その額にはこれから下るであろう命令に、脂汗が滲んでいた。
「ウネマー星系は領主ジローザの死と、次期当主の選出をもって、オルサー家の安堵とする! 不服あれば戦にて決着をつけるものなり。そのように伝え、そのようにせよ。以上だ!」
言うだけ言って、一方的に通信を切るノヴァルナに、隣にいたノアは小さく肩を揺らせて溜息をついた。
「またそんな意地悪するんだから…キノッサ、困ってたじゃない」
「いーんだよ。あの野郎はすぐ調子に乗っからな」
「人のこと、言えないくせに」
「は? 俺は調子乗んねーし」
ノアは「はいはい」といなしておいて、真顔になってノヴァルナに告げる。
「でも今回は、ちょっとやり過ぎじゃない?…あんまり無茶な事を言いつけると、あなたが不要な反感を買う結果になるわよ」
妻の忠告に不敵な笑みを返すノヴァルナは、意味ありげな言葉を口にした。
「まぁそう言うな。こいつはサルの考え方を試す、試験みてぇなもんだ。この先のヤツの使い方にも、関わって来っからな」
その当のキノッサは、ノヴァルナとの通信が切られると、放心したままで『ヒテン』の艦橋内に突っ立っていた。
これはいったい、どうすればいいのだろう………
なにがどうなっているのか、自分にはまるで理解出来ない。せっかく味方につけたはずのオルサーを処刑しろとは、ノヴァルナ様はどういうつもりなのか? いくら星大名であっても、気に入らないという理由だけで誰かの命を奪うなど、人道に悖る所業である。
何か間違ったのか?…何か手落ちがあったのか?…何か不興を買うような事をしでかしたのか?…いやそれにしたって、処刑はやり過ぎだ。しかし主命は絶対。逆らう事は叛逆を意味する。ようやく手に入れた『ム・シャー』の地位も、水泡に帰すだろう。
どうすればいいのだろう………
思考が繰り返し巡り戻って立ち尽くすキノッサは、斜め背後から自分の名を呼ぶ声に気付いた。
「……サ殿、キノッサ殿!」
振り返るとそれは、司令官席に座るナルガヒルデ=ニーワスだった。ノヴァルナの懐刀として、第1艦隊を代わりに預かっているナルガヒルデだが、キノッサがスノン・マーダー城の城主となって以来、立場上“殿”を付けて呼んでくれるようになっている。
「………」
ぼんやりとしたまま向き直るキノッサに、女性教師のような印象を与えるナルガヒルデは、まるで授業中に窓の外を眺めている生徒に、注意を促すような口調で告げる。
「ご主君の下知が出たのでしょう? すぐに行動すべきでは?」
「ニ…ニーワス様…」
ナルガヒルデの言葉に、キノッサは泣き出しそうな表情になって問い掛けた。
「わ…わたくしは、どうすれば良いのでしょう?」
救いを求めるような眼を向けるキノッサに対し、ナルガヒルデの返答はあっさりとしたものであった。
「主命が下された以上、それに従う他に、何がありましょう?」
「………」
無言で視線を逸らすキノッサ。ノヴァルナへの絶対の忠誠をもって、ウォーダ家総旗艦艦隊の、指揮権を代行しているナルガヒルデであるから、内心でどう思っていてもそのように答えるのは、当然かもしれない。
うなだれたまま、艦橋を出て行こうとするキノッサに、ナルガヒルデが無感情な声を掛けて来る。
「キノッサ殿。どうされるつもりか?」
「ノヴァルナ様の指示は、明日、オルサー殿にお伝えします…」
それだけ言い残して、キノッサは艦橋から立ち去った。その背中を見送ったナルガヒルデは、司令官席に座り直し、銀の淵を持った眼鏡型のNNL視覚端末を、指で軽く押さえて鼻に掛け直すのみであった………
私室に戻ったキノッサは、スノン・マーダーの一件後、正式に配下として組み込まれたキッパル=ホーリオとカズージ=ナック・ムル。そして与力としてつけられた、マスクート・コロック=ハートスティンガーを呼び出して、ノヴァルナから下された命令を打ち明け、どうすればよいかを相談した。
だがホーリオとカズージにとっては雲の上の存在であり、ハートスティンガーに至っては、ついこの間まで主従関係ですらなかった、ノヴァルナの真意など理解出来ようはずがない。そもそも近しい地位にいる家臣でさえ、これまでノヴァルナの突拍子もない行動に、散々振り回されて来たのだから。それにこのような展開になり一番頼りたかったコーティ=フーマは、すでに第1艦隊を離れて次の目的地へと旅立ってしまっていた。
結局、深夜まで話し合いはしたが、オルサーへの処刑命令の理由が、“信用ならないから”という、あり得ないようなものである以上、解決策など見つかるはずがない。それでも一度は説得を試みようと、再度ノヴァルナのもとへ通信を入れたのだが、夜間当直についていた『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガから、“キノッサ殿からの通信は、処刑完了の報告以外、取り継ぐな”と命じられていると、にべもなくはねつけられただけであった。
そして翌29日。一睡も出来なかったキノッサは、両目の下に大きな“くま”を作り上げて、衛星軌道上の『ヒテン』から、オルサーの待つウネマー城へ降下して行ったのである………
▶#16につづく
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