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第4話:ミノネリラ騒乱

#13

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「復讐とは?」

 そう問い掛けるウージェルに、クーケンのホログラムは向き直って、明瞭な口調で告げる。

「四年前の任務。本来ならばギルターツ様のご命令で、ノヴァルナ公のお命のみを奪うはずでありました」

 そこで一旦言葉を区切ったクーケンは、表情の険しさを深めて続けた。

「ところが途中から、ノア姫様を捕えて連れ帰れというオルグターツ様の命を受けた、ザイード様とハルマ様が強引に加わり、あらゆる事に干渉されたため、死ななくてもいい部下達が死に、ノヴァルナ公を取り逃がしてしまったのです」

「なに?…ノア様を捕えろ? そんな話は知らんぞ」

 愕然とした顔でイナルヴァが声を上げる。実際、いい加減なもので、ノヴァルナを殺害できず、ノアも捕らえる事ができないまま、ミノネリラへ逃げ帰ったビーダとラクシャスは、オルグターツには失敗の報告はしたものの、ギルターツへは何の報告もしていなかったのである。当然だ。自分達が勝手にねじ込んで、作戦そのものが失敗したなどと言うはずがない。クーケンにしても、その時の思いがくすぶり続けているのだろう。

 クーケンの口から当時の真実の経緯を聞いた重臣達は皆、胸糞の悪さに唾を吐きたい気持ちになった。昨年大敗した“ウモルヴェ星系会戦”も、オルグターツのノア姫への執着絡みであったのだが、四年前にも同じ事が起きていた事を、今回、初めて知ったわけである。もっとも、実際にはそれ以前の、カルツェ・ジュ=ウォーダの謀叛の際にも、『アクレイド傭兵団』を使って、どさくさ紛れにノアを誘拐しようとした事があったのだが…

「さて。それで、あの二人の犯そうとしている、重大な規約違反ですが。少佐の人脈のおかげで数日前、そのほぼ全容が掴めました」

 人脈と言ったが、事実には脅迫や暗殺を含むスパイ活動であろう事は、想像に難くない。

「なるほど…で、どのような話だ?」

 先を促すマクシミリアム。ハーヴェンは居合わせる全員を見渡して述べた。

「あの二人は、未発達の文明を持つ惑星を、支配しようとしています」

「なにっ!!!!」

 一斉に驚きの声を上げる重臣達。

「未発達の文明と言ったが…それはどの程度の?」

 戸惑いを隠せない様子のウージェルが尋ねる。対するハーヴェンの声はむしろ、淡々としていた。

「キヨウの歴史で言うなら二千年ほど昔。内燃機関は発明されておらず、最も高度な文明の知的生命体はようやく、自分達の住む世界が球体である事を認識し始めた程度です」


 未発達の文明を持つ惑星への干渉…それは、銀河皇国で最大のタブーとされている、絶対禁則の規約であった―――

 皇都惑星キヨウを発祥とするヒト種をはじめ、シグシーマ銀河系の四分の三を版図とするヤヴァルト銀河皇国には、数多くの惑星文明と、それを生み出した種族が参加している。
 しかし言うまでもなく銀河系は広大で、銀河皇国に属さない文明を宿した惑星も無数にあった。そしてそういった惑星の知的生命体に接触する際の基準が、“重力子応用技術またはそれに準じたもので、恒星間航行が可能となった文明”である。

 つまり恒星間文明連合の銀河皇国に、参加するだけの技術を得た文明にのみ、各星大名も接触が許されるわけで、反対にそこまで至っていない文明の惑星に対しては必ず、学術観察を行うまでに留めなければならないのだ。要はその惑星の住民の間で、“未確認飛行物体が現れた!”とか“宇宙人が来た!”と、不確かな情報が話題となるレベル以上の、干渉は避けなければならないという事である。

 そしてもしこの禁則を破って、必要以上に惑星文明に干渉し、その科学技術を急激に進歩させたり、逆に征服して隷属させたりするような問題を起こせば、星大名家であれば改易。その他の勢力であれば“朝敵”として討伐命令が出される、厳罰が待っている。

「ちょっと待て! 幾ら横着物の二人でも、どうしてそこまでする!?」

 銀河皇国行政府に知られれば、イースキー家の取り潰しもあり得る話に、マクシミリアムは焦りを隠せないで問い質した。

「オウ・ルミル宙域とエテューゼ宙域の両方に接する国境近くで、“宝の山”とも呼べる、鉱物資源が豊富な恒星系を発見したからです」

 ハーヴェンがそう言うとクーケンが続いて、グラフや数値データ、さらに映像といったホログラムスクリーンの幾つかを、重臣達の眼前に転送して述べる。

「これらをご覧ください。案件の恒星系の各惑星データと、存在する文明の映像となります」

 それは以前、ラクシャス=ハルマがオルグターツから、植民星系化の認可を取り付けた、例の“留意すべき点”のある星系の事であった。第三惑星には干渉禁止の中世レベルの文明が存在しているのを、“留意すべき点”と軽く伝え、オルグターツ自身もデータをロクに見る事無く、承認印を与えたものだ。

「これは…凄いな。四つの岩石惑星とも、金の埋蔵推測値を見ると、まるで“宇宙に浮かんだ金塊”じゃないか」

 文明云々の話を抜きにして、サートゥルスが唸るように言う。頷いたハーヴェンは再び淡々とした口調で応じた。

「そうです。そしておそらく、ここから採掘する大量の金が、二十二の植民星系の開拓費にも、回される事になるでしょう」
 
 ハーヴェンがそう言うと、イナルヴァは「ふん…」と、面白くもなさそうに鼻を鳴らして応じた。

「なるほど。一応、財源はあるわけか。しかしそのきん、どうやってカネに替えるつもりなんだ? 禁則破りを行うからには当然、表帳簿に載せて皇国会計局に提出できるような資産ではないぞ」

「換金する相手なら、今の銀河皇国に幾らでもいるでしょう―――」

 冷めた口調で言うハーヴェン。

「―――そう。例えば、禁則破りの揉み消しを兼ねて…とか」

「!!…」

 ハーヴェンが示したのは、禁則を守らせる側…つまり皇国行政府を動かしている貴族達へ、未発達文明の惑星に手を出す事を黙認させるための、賄賂として渡すという使い道であった。そしてそれを補足してクーケンが意見を述べる。

「キヨウにいてタ・キーガー殿と行動を共にする間に、自分は皇国中央の腐敗ぶりを見て参りました。星帥皇テルーザ陛下は潔癖なお方ですが、実際のところほとんど、何の実権も握っておられません」

 クーケンの口調は苦々しげであった。

「また実権を握っているミョルジ家の当主、ナッグ・ヨッグ=ミョルジは近頃、キヨウを離れてアーワーガ宙域へ帰っている事が多く、政治らしい政治を行っておりません。そこで貴族院の筆頭バルガット・ツガーザ=セッツァーをはじめとした、上級貴族達はこの機に、“政治実権を奪い返す事”を目論んでいるのですが、ミョルジ家に資産の大半を没収されている状況でして」

 あえて“政治実権を奪い返す事”、という箇所の口調を変えるクーケン。これには、貴族達の目的が皇国の乱れを正し、民衆に安寧を与える事ではなく、自分達の権威や利権を取り戻したいという、邪な考えが多分に含まれている事を暗に示していたのだ。

「計画では、この惑星の住民達を宗教的に隷属させ、金の採掘に従事させるつもりのようです」

 そう言ってハーヴェンは映像ホログラムに目を遣る。探査プローブが録画したのであろうその映像には、ヒト種より鼻が大きくて長い異星人の農民達が、のどかな田園地帯で笑顔を交わしながら働く、穏やかな光景が映し出されていた。

 まるで子供の頃に観たヒーローものの映像ソフトのようだ。のどかな田園地帯に突然空から降りて来る、侵略者の巨大宇宙戦艦。そしてその戦艦から発せられる、悪の宇宙人の言葉…「我等こそ神。この世界は今から我等が支配する。お前達は奴隷として我等のために働くのだ!」


 …悪夢だと誰もが思った………



▶#14につづく
 
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