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第4話:ミノネリラ騒乱

#07

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 一方、『スノン・マーダーの空隙』に拠点を構える事に成功はしたものの、“シン・カーノン星団会戦”でまたもや一敗地に塗れたノヴァルナは、力押しの困難さを改めて痛感し、硬軟合わせた攻め手を思案していた。

 その初手となるのがミノネリラ宙域内での、イースキー家武将や独立管領などに対する、外交による切り崩しである。

 六月に入るとすぐに、旧サイドゥ家重臣で外務担当家老のコーティ=フーマと、懐刀である女性武将のナルガヒルデ=ニーワス。そしてトゥ・キーツ=キノッサを加えた三名を代表として、ノヴァルナはウォーダ家への誘引外交団を、ミノネリラ宙域に送り出した。

 フーマは旧サイドゥ家時代からその人徳も高く評価されていた人物であり、イースキー家の旧知の武将との繋ぎには最適である。今は最前線を退いているが、旧サイドゥ家時代は主将ドゥ・ザンに近い位置に付く、
 またナルガヒルデ=ニーワスはノヴァルナから、なんと第1艦隊を預けられた。相手が武力に訴えて来た時に備えての事だが、本来なら当主が直率する総旗艦艦隊を指揮するのであるから、大抜擢であることは間違いない。

 だが大抜擢と言えばキノッサである。“スノン・マーダーの一夜城”の案件はキノッサの方から持ち込んだ話だったが、今回はノヴァルナの方からの指名だった。前回の成功が、偶然では無く実力であった事を示してみろせろ…という、追試験なのであろう。



 外観も出来上がり始めた本物のスノン・マーダー城の中、『ヒテン』をナルガヒルデに明け渡したノヴァルナは、キノッサの執務室を訪れている。キノッサも『ヒテン』で出発するため、簡単な最後の打ち合わせが目的だ。

「わりぃな。城主様を追い出しちまって」

 我が物顔でソファーの上に胡坐をかいたノヴァルナに、向かい側に座ったキノッサは、「いえいえ。滅相もないッス」と慇懃に応じる。

「このようなお城が頂けたのも、ノヴァルナ様にお仕えさせて頂けているがゆえ。どうぞご自分の城とお思いになられ、お寛ぎ頂きますよう」

「ふん…」

 キノッサお得意の追従口に鼻を鳴らしたは、要件を口にする。

「いいな。状況に応じて、ナルガヒルデと二手に分かれるのもアリだからな。それと、わざわざこっちから下手に出るのはやめとけ。てめーにやらすと、それが一番こえーからな。相手にとっての利を説くのはいい。だが足元を見られるような譲歩はナシだ」

「は。肝に銘じておくッス」

「あと、てめーが願い出てた、キッパル=ホーリオとカズージ=ナック・ムルの二人は、この任務から正式にてめーの配下だ。しっかり面倒見ろ」

「ありがたいッス」

 ノヴァルナがさらに、ウォーダ家の直臣となったマスクート・コロック=ハートスティンガーを、キノッサの与力としてつける事を告げると、話が一段落するタイミングを見計らっていたかのように、ネイミアが紅茶と焼菓子の乗ったトレーを運んで来る。
 テーブルの上にネイミアの手で、カップや菓子の乗った皿が置かれていく間に、キノッサは話題を変えた。

「第1艦隊をニーワス様に預けて、ノヴァルナ様はどうされるんスか?」

「ん?…『クォルガルード』に乗る。カージェスの奴は今度の任務から、ナルガの参謀長につけるからな」

 『クォルガルード』型戦闘輸送艦六隻と、駆逐艦十二隻で編制された第1特務艦隊は、一時的に『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェスが指揮を執っていたが、カージェスはナルガヒルデ=ニーワスの参謀長として転出された。これによって『ホロウシュ』を離れる事になったカージェスだが、これは降格ではなく、武将への道を進む昇進であった。

 さらにナルマルザ=ササーラも、新設される宙雷戦隊の司令官就任が予定されており、こちらも間もなく『ホロウシュ』を離れて、武将への道を進む事になる。キノッサが『ム・シャー』となり、階段を一段上がったように、皆、キャリア的にそういう時期に差し掛かったという事だ。

「ノア様もここへ来られるんでしょ?」

 紅茶の用意を終えたネイミアが問い掛けると、ノヴァルナは紅茶より先に、ネイミアの手造り焼菓子を手に取って応じる。

「ああ。ルヴィーロ義兄上あにうえの第3艦隊に同乗してな。なんか、カーティムルの大災害で、重要な事が関わってる事が分かったから、直接会って話してぇそうだ」

 ノヴァルナの妻ノアは昨年の7月に起きた、ミノネリラ宙域の植民惑星カーティムルの火山大量噴火の大災害に対する、救援活動を指揮するのに併せて、その原因の学術調査も行っていたのだ。
 ルヴィーロ・オスミ=ウォーダ麾下の第3艦隊は、そのカーティムルを有するウモルヴェ星系に駐留し、救援活動の護衛を行っていたのだが、前回の“シン・カーノン星団会戦”の敗北で消耗した戦力の補填で、移動して来る事になっている。

「戦力を、無駄に張り付けてもおけないッスからねぇ…ロッガ家の動きを見れば」

 ロッガ家はミノネリラ宙域に隣接する、オウ・ルミル宙域の星大名である。『スノン・マーダーの空隙』にウォーダ家が拠点を得て以来、このロッガ家が怪しい動きを見せ始めていたのだ。
 
 ロッガ家はトキ家やシヴァ家と同じく、ヤヴァルト銀河皇国誕生時からの、有力貴族が星大名化したものである。そしてトキ家やシヴァ家が、時勢の波に乗れずに衰退していったのに比べ、ロッガ家は当主ジョーディ=ロッガを中心に、その命脈を保ち続けていた。
 ミノネリラ宙域がドゥ・ザン=サイドゥに支配されていた頃は、ミノネリラから追放されたトキ家を保護し、サイドゥ家と敵対していたが、ギルターツが支配権を奪って、旧名門貴族のイースキー家の門地を継いでからは友好関係となった。ちなみに居場所を失ったトキ家は、皇国辺境のヒタッツ宙域へ向かったという。

 またロッガ家は、かつてはウォーダ家とも友好関係であった。ウォーダ一族宗家であったイル・ワークラン=ウォーダ家との間で不可侵条約を結び、皇都惑星キオウのあるヤヴァルト宙域まで伸びる、中立宙域を設定したのである。

 しかしながらノヴァルナの台頭が、ロッガ家とウォーダ家の関係を、一気に悪化させた。七年前の皇国暦1555年、希少鉱物『アクアダイト』の不正採取を巡る問題で、イル・ワークラン=ウォーダ家を中継係にして、イーセ宙域星大名キルバルター家との間で行っていた、水棲ラペジラル人の奴隷売買を、ノヴァルナがぶち壊しにしたからだ。それ以来、ウォーダ家とロッガ家の仲は険悪となっている。

 キノッサが口にしたロッガ家の怪しい動きとは、ミノネリラ宙域との境界ギリギリにある複数の星系に、艦隊を集結させているという情報だ。
 ウォーダ家が手に入れた『スノン・マーダーの空隙』は、オウ・ルミル宙域とも比較的近くにあり、イースキー家への援軍として国境を超えて、このスノン・マーダー城へ攻めかかって来る可能性もある。

 先日の“シン・カーノン星団会戦”の敗北は、ウォーダ側がもっと多くの戦力を差し向けていれば、いかにデュバル・ハーヴェン=ティカナックが智謀に秀でていようと、数で圧倒出来たはずだ。それが出来なかったのが、このロッガ家の艦隊の集結だったのである。
 イースキー家の本拠地惑星バサラナルムを目指したウォーダ艦隊は六個。しかしこの時、『スノン・マーダーの空隙』にはまだ三個もの艦隊が残っていた。その理由が、このロッガ家部隊を警戒しての事だったのだ。

「なかなか、上手く行かないもんスねえ」

 現状を鑑みたキノッサが、指先で自分の顎を掻きながら言う。そういった理由もあってノヴァルナも、誘引外交政策に力を注ぎだしたのである。

「そんななんでも上手くいきゃあ、人生苦労しねーさ」

 他人事のように言い放つノヴァルナだが、頭の中では次の一手として、さらなる“外交政策”が、思い描かれていた………



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