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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#40
しおりを挟むキノッサを猿呼ばわりするアンドロイドなど、この世に一体しか存在しない。
「ポ…PON1号ッスか!!??」
「だれがPON1号やねん!」
ツッコミも紛れもなくP1‐0号のものだった。「ど…」と言いかけながら、茫然とノヴァルナを振り向くキノッサ。対するノヴァルナは人の悪い笑みを浮かべ、肩をすくめてみせる。サプライズの意思表示だ。機先を制してP1‐0号が事情を説明し始める。
「元の躯体は大破したからね。やむなく一時的に、量産型アンドロイドの中に入っている。初めての経験だけど、“窮屈”だね、この躯体は」
「そりゃまぁ、量産型だしメモリー容量も…って、そうじゃないッしょ! なんで無事でいるんスかって、話ッス!!」
機械生物の親玉と相討ちになったP1‐0号が、さも当たり前のように自分の眼の前にいる事実に、キノッサは動揺を隠しきれない。自分にしてみれば、喪失感と悲嘆の中で、友人同然のアンドロイドの最期を看取ったという認識だったからだ。だが当のP1‐0号は、あっけらかんとしたものだった。
「実証実験機でもある僕は、最新状態を保存し続けるためメモリーバンクを含む、メインシステムのバックアップを常に行うようになっている。どちらかが消えただけでは、完全消滅とはならないんだよ。そして今回の作戦で惑星ラヴランを離れる事になって、僕はハートスティンガー親分の『ブラックフラッグ』号のメインコンピューターに、バックアップを移させてもらってたんだ」
…と言われても、キノッサからすれば納得出来ようはずがない。
「なんでそれを言わなかったんスか! 俺っちはあの時―――」
「言ったよ」
「言ってないッス!」
「言ったさ。僕の躯体が機能を完全停止する直前に、“気に病む必要はないさ。なぜなら稀少アンドロイドの僕には、バックアップ機能があるからね”って。もっとも、機能障害で音声は途切れ途切れになってしまって、最後まで言い切れなかったけれど」
「!………」
これを聞いてキノッサは思わず顔を赤らめた。確かに途切れ途切れではあったものの、P1‐0号が発したこれらの言葉は事実であり、バックアップ機能があるのを知らなかったキノッサは勝手に、最期の別れの言葉だと思い込んでいたのだ。しかもP1‐0号はキノッサの恥ずかしさに、追い討ちをかけるように言い放った。
「でもまぁ、僕が消滅する事を、お猿が悲しんでくれた事は感謝するよ」
当然ながらハートスティンガーはバックアップの事を知っているはずで、ノヴァルナと共謀して、このような演出をしたに違いない。キノッサがバツが悪そうな視線を送ると、ノヴァルナは「アッハハハ!」と高笑いして続けた。
「ま。そういうこった!」
ノヴァルナはP1‐0号に対し、メモリ容量を大幅に増やした、専用の新しい躯体を作ってやる事と、本来は皇国科学省所有のアンドロイドである事から、ハートスティンガーから譲り受けて、ウォーダ家で管理する事を告げた。
そして、今後は何がしたいかを尋ねられたP1‐0号は、このまま人間と人間の持つ、感情というものの観察を続けていきたいと答え、世にも珍しいアンドロイドの嘱託研究員としての地位を与えられたのである。
P1‐0号が去ると、ノヴァルナは改めてキノッサの姿を冷やかした。
「しかしまぁてめ、似合わねぇ軍服姿だな」
「いやどうも…」
指で頭を掻くキノッサに、ノヴァルナは「ふん…」と鼻を鳴らし、「まぁ、経験を積んできゃ、似合うようにもなるだろうぜ」と軽口を挟んでから、ホログラムスクリーンを立ち上げた。そこには建設が始まった本当の“スノン・マーダー城”が映し出されている。
「トゥ・キーツ=キノッサ」
口調を変え、真剣な眼差しで宣するノヴァルナ。対するキノッサも背筋を伸ばして、「はっ!」と応じた。
「スノン・マーダー築城の功績に鑑み、卿に『ム・シャー』の地位とスノン・マーダー宇宙城城主の地位を与える。今後も励むように」
次の瞬間、キノッサは片膝をついて「謹んで拝命致します!」と答える。トゥ・キーツ=キノッサが夢にまで見た、武家階級の座を掴み取った瞬間だ。
しかしそこはノヴァルナ。続く小粋な計らいで主役の座は手放さない。
「て事で、てめーに『ム・シャー』としての初任務を与える」
「は?…はぁ…」
早速ろくでもない事を言いだすのではないか…と幾分探るような眼のキノッサ。しかしそうではなかった。
「明日から二週間の休暇を申請しろ」
「?」
「心配すんな。建設中の城の留守番ぐれぇ、ハートスティンガーにやらせとけ」
そう言いながらノヴァルナは執務机の上に、小さなホログラムを立ち上げ、それを掴んでキノッサへ投げ渡す仕草をした。NNLを通じて転送されたそのホログラムを、キノッサが手の平の上に浮かべてみると、中立宙域巡回旅客船の二人分のチケットだった。その意味を察したキノッサが、ハッ!…とした顔でノヴァルナを見ると、若き主君はいつもの不敵な笑みで応じる。
「俺じゃねぇ。ノアの奴が手配した。向こうの両親にも、話はつけてあるそうだ。迎えに行ってやんな…ザーランダまで」
中立宙域の惑星ザーランダ。そこはネイミア=マルストスの故郷である―――
【第4話につづく】
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