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第3話:スノン・マーダーの一夜城

#36

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 ラムセアルはノヴァルナの第1艦隊出現の報に青ざめ、同僚のバムルはあからさまな狼狽を見せた。

「馬鹿な!! 下流方向には防衛艦隊がいたはずだぞ!?」

「空隙内をDFドライヴ転移して、防衛艦隊を飛び越したと思われます」

 そう述べるバムルの参謀の推測は正しい。星間ガス流の中を通常航行して来たノヴァルナの部隊は、『スノンマーダーの空隙』に出るや否や短距離DFドライヴを行って、築城部隊と対峙中のイースキー家の恒星間防衛艦隊がいる区域を、一足飛びに航過して来たのである。

「セレザレス! 無事なのか!?」

 バムルはウォーダ軍の第6艦隊の攻撃をまともに受けている、セレザレスの旗艦へ連絡を入れる。だがセレザレスの状況は前述の通り大損害を受け、旗艦を別の艦に移そうと右往左往している最中で、連絡がつかない状況だった。舌打ちして回線をラムセアルに切り替える。

「ラムセアル。どうする!?」

 優柔不断な面が表に出て来て、バムルは自分から意見するでもなく、ラムセアルに対応策を問い掛けた。しかしラムセアルの考えを聞いた時、バムルは自分が貧乏くじを引かされた事に気付く。

「私は敵の基地へ砲撃を継続する。貴殿はノヴァルナの艦隊を狙うがいい!」

 バムルが「おい待て―――」と言いかけるが、ラムセアルは一方的に通信を切ってしまった。「ええい、くそ!」と司令官席の肘掛けを叩くバムル。ただ一番下流側にいる自分の艦隊が、ノヴァルナの部隊へ立ち向かわなければならないのも、確かな話である。それに私欲で考えれば、ここでノヴァルナを斃す事に成功すれば、その功績は比肩なきものとなる…ビーダとラクシャスの子飼い武将の出世レースから、抜きんでる事が出来るのは確実だ。

 バムルは「クッ、ハッハッハッ…」と、乾いた笑い声を発して命令を下す。

「作戦を変更する。我が艦隊は、接近中のウォーダ軍第1艦隊を迎撃し、ウォーダ家当主ノヴァルナ・ダン=ウォーダを討つ!」



「アッハハハハハ!!」

 笑い声においてはノヴァルナの右に出る者はいない。バムルが漏らした乾いた笑いではなく、澄んだ晴天に浮かぶ雲の塊を薙ぎ払うような笑いが、ウォーダ家総旗艦『ヒテン』の艦橋内に響く。

「なんだよ、“銀河に千成瓢箪”て!?」

 戦術状況ホログラムに浮かぶ“一夜城”に重なった、キノッサオリジナルの家紋に、ノヴァルナとその親衛隊の『ホロウシュ』からは、笑いが絶えない。
 
 「まったく、アイツは」とか「ちゃっかりしてやがるぜ」と、笑い交じりに言う『ホロウシュ』達。自分の知らぬ間にオリジナルの家紋を作っていたキノッサに、ノヴァルナも不敵な笑みを大きくする。ただここまでのキノッサの粘りを、無駄にするわけにはいかないという共通認識が、ノヴァルナらにあるのも確かだ。

「敵艦隊の一つが、こちらへ向かって来ます」

 それはノヴァルナの第1艦隊を阻止しようとする、バムル=エンシェンの艦隊である。総旗艦『ヒテン』のオペレーターの報告に、ノヴァルナは「ふん…」と鼻を鳴らして言い放った。
 
「しゃらくせぇ。蹴散らせ!」

 ここまでのデータから、敵艦隊の全体の技量が高くない事を見抜いたノヴァルナは、双方の力量の差を見越した上で強気の命令を下す。士気を高めている家臣達に対しては、煽り文句も時には効果的だからだ。『ヒテン』を含む三個戦隊十五隻の戦艦が、主砲塔を旋回させながら進み出た。
 そこへ攻撃を仕掛けるバムルも、煽り文句で部下をけしかける。だがこちらは、自信の無さを隠すためとしか感じられない。

「行け! 突撃! ノヴァルナを斃すんだ!!」

 前進しながらバラバラに主砲を撃ち始めるバムル艦隊の戦艦。だが統制がなく、距離も遠いまま始めた射撃は、ノヴァルナの第1艦隊戦艦群が並べて展開した、アクティブシールドに悉く弾き飛ばされる。そしてノヴァルナ艦隊の反撃の番だ。

「諸元入力よし。射撃準備よろし」

「撃ち方はじめ」

「うちーかたーはじめ!」

 命令に合わせて十五隻の戦艦が、一斉に主砲を放つ。ほとばしる無数の白熱したビーム。その威力はまるで壁のように、突撃して来るバムル艦隊の前へ立ち塞がった。グシャン!…と壁への激突音が響いて来そうな光景と共に、バムル艦隊の中に爆発の閃光が一斉に輝く。防御力が高い戦艦は耐えこそしたが、重巡航艦は一撃でエネルギーシールドを喪失。軽巡航艦以下に至っては、シールドごと艦体を抉り取られてゆく。

「軽巡『ベルフォルン』『クアイエス』爆発!」

「第21宙雷戦隊、被害甚大!」

「重巡『ルアック』通信途絶!」

「軽巡『ゼヴィアード』爆発。第26宙雷戦隊、旗艦喪失!」

 一瞬で損害報告が山のように積み上がり、唖然とするバムルの視界でも、恐ろしい光景が広がった。旗艦の右斜め前方にいた駆逐艦が、ノヴァルナの『ヒテン』から主砲ビームの直撃を喰らい、艦の上半分がエネルギーシールドごと、蒸発してしまったのだ。
 星大名家当主直卒艦隊と、新設されたばかり同然の艦隊の力の差は歴然だった。エネルギーチャージ、照準修正、発砲を手際よく繰り返し、絶え間なく撃たれるノヴァルナ艦隊の戦艦主砲に、バムル艦隊は突撃どころではなくなった。そこへ容赦なく新たな砲撃が加えられ、さらに対艦誘導弾まで撃ち込まれる。

「退避! 退避! 退避ーーー!!」

「回頭215度。離脱しろーー!!」

 拡大していく損害に耐えられなくなり、バムル艦隊の各艦は散り散りになって、ノヴァルナの言葉通りに蹴散らされた。

「バカもの! 勝手に逃げるな!! 艦列を維持せんか!!」

  叫ぶバムルだが、乱れた統制と艦列の回復は、もはや不可能なようだ。しかもその直後、自身の旗艦にもノヴァルナ艦隊の戦艦から砲撃を喰らう。緒戦でキノッサ達から宇宙魚雷を被雷していたため、バムルの旗艦はさらにダメージが増大した。

 そしてノヴァルナの第1艦隊と共に行動している別の艦隊である。

 ヴァルキス=ウォーダからの情報で、カーナル・サンザー=フォレスタの第6艦隊だと思われていたこの艦隊は、実は艦隊などという代物ではなく、廃棄された宇宙艦―――戦闘で大きな損害を受け、修理不能と判断された艦。鹵獲した敵艦。旧式となって退役した艦を、五十隻ほども寄せ集めたものだったのだ。

 これらの艦は、オ・ワーリ=シーモア星系第三惑星トランの衛星、ルーベスにある解体基地に集められていたものだ。六年前にはノア姫を誘拐した『アクレイド傭兵団』のハドル=ガランジェットが、この解体基地に保管されていたサイドゥ家の宇宙艦を狙ったものの、脱出に成功したノア姫の『サイウンCN』によって、撃破されるという事件の舞台にもなった。

 全ての廃棄艦は、自動操縦装置とアンドロイドが運用しており、遠隔操作をノヴァルナ専用の戦闘輸送艦『クォルガルード』以下、六隻の同型艦が行っていた。指揮官は『ホロウシュ』のナンバースリー、ヨヴェ=カージェスだ。

 この廃棄艦部隊の目的は無論、敵と交戦する事ではない。ノヴァルナの第1艦隊がバムル艦隊を叩いている状況を見て、カージェスは命令を下した。

「今だ。全ての廃棄艦を全速前進させ、仮設基地(一夜城)の前面に配置!」

 これを受け、廃棄艦は一斉に最大加速。ラムセアルの艦隊と交戦中の“一夜城”へと殺到し始める。この動きはキノッサ達にとっても意外であったようで、戦術状況ホログラムを見詰めて首を捻った。

「な…なんスか、これは?」



▶#37につづく
 
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