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第3話:スノン・マーダーの一夜城

#35

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 “一夜城”のエネルギーシールドが完全復活した事は、イースキー艦隊の司令官であるセレザレスらも知っていた。しかし突如出現した、ウォーダ軍BSIの大部隊による戦場の大混乱に、手一杯となっている。

「敵BSI部隊の一部に、取り付かれました!」

「各戦艦より直掩機の発進完了!」

「対BSI迎撃戦闘!」

「各艦の間隔を詰めろ!」

「ウォーダ軍BSHO『レイメイFS』接近!」

 “鬼のサンザー”ことカーナル・サンザー=フォレスタの専用機の接近に、緊張した面持ちでセレザレスは命令を下す。

「戦隊直掩機を全部回せ! それでも近付くようなら、誘導弾一斉発射だ!」

 セレザレスの旗艦の周囲から、十六機の親衛隊仕様『ライカSS』が急加速し、『レイメイFS』の迎撃に向かった。対するサンザーは、今年のはじめに配備が始まった新型機、親衛隊仕様『シデン・カイXS』五機を引き連れて突撃して来る。

 立ち向かって来る『ライカSS』十六機を、サンザーはイルミネーターですべてに照準、超電磁ライフル一弾倉分八発をまず連射。そして目にも止まらぬ早業で弾倉を交換し、さらに八発を連射。十六機すべてのコースを乱して機先を制す。その間に五機の『シデン・カイXS』は散開。コースを乱した敵の親衛隊機へ、ドッグファイトを挑んだ。

 双方とも親衛隊仕様機。だが『シデン・カイXS』は最新鋭であり、パイロットもサンザーの直掩を務める歴戦の手練れ揃いである。一方のセレザレスの直掩部隊は技量は高いものの、新編制・再編制を繰り返したイースキー軍第9艦隊のため、司令官同様に実戦経験が乏しく、直掩部隊としての訓練時間も足りているとは言い難い状況だった。
 その差が『レイメイFS』の牽制射撃で瞬時に露呈する。サンザーと歴戦のパイロット達は、敵機の回避運動とその直後の対応ぶりを見て、どのくらいの技量を有しているかを見抜いた。個々の動きは悪くないが、直掩隊としての連携は今一つと想定、数は敵の方が多くとも、僚機との連携で打破できると踏んで二機一組、さらに三つの組がそれぞれに支援し合う形を取った。

 そしてそれは、死の舞踏会とも呼べる様相を呈する。『レイメイFS』と五機の『シデン・カイXS』が互いを支援し、舞うように円を描いて機動、超電磁ライフルを射撃した。

「なっ!…なんだ!? うわぁああああ!!!!」

 不慣れな連携を切り離され、想定外の位置から別の『シデン・カイXS』による射撃を喰らったイースキー軍の『ライカSS』は、次から次へと各個撃破されていく。
 
「直掩機隊、被害甚大! 突破されそうです!!」

 口調に焦燥感を帯びたオペレーターの報告に、セレザレスは「ぬあああっ!!」と忌々しそうに声を上げ、艦長へ命令を出す。

「艦長。急いで艦を後退させろ。距離を取るんだ!」

 これまでの“一夜城”への戦術で、過度に慎重な面が見え隠れしていたセレザレスは、保身に走りだしたのか、さらに傍らの艦隊参謀へも大声で指示した。

「旗艦と『レイメイFS』の間に、護衛艦を入れて壁を作れ!!」

 急速後退を始めた旗艦の艦橋でセレザレスは、「クソッ!!」と悪態をついて自身の疑念を声にして出す。

「どういう事だ!? なぜ上流側に敵艦隊がいた!? しかもフォレスタが司令官の艦隊だと? 情報と違うじゃなないか!!」

 セレザレスが複数の疑念を抱くのも無理はない。“一夜城”の到着が実は予定より半日遅れで、サンザー艦隊の方が先に到着していたのであり、またヴァルキスのアイノンザン=ウォーダ家からもたらされたスパイ情報では、サンザーの艦隊はノヴァルナの第1艦隊とともに、基地建設に成功したあとの後詰めとして、まだこちらへ向かっている途中であるはずなのだ。

「艦隊の配置情報に齟齬があったのでは?」

 セレザレスの傍らにいる艦隊参謀がそう意見を述べると、別の参謀が異論を口にする。

「いや。ノヴァルナ殿の艦隊がもう一個の艦隊と共に、この空隙に向かっているのは確認されています。そうなるとウォーダ軍の艦隊の総数が、データより一つ多くなります」

「むう…」

 考える眼をしたセレザレスだが、それ以上余計な事を考えている余裕は、すぐに無くなった。イースキー軍の直掩隊を蹴散らしたサンザーの隊が、護衛艦の壁をものともせずに、二隻の軽巡と三隻の駆逐艦を行動不能にして、こちらへ迫って来たからだ。

「敵BSHO、なおも接近!」

「迎撃せよ!」

 オペレーターの報告に叫ぶ艦長。単縦陣を組んだ、セレザレスの旗艦を含む五隻の戦艦が、一斉に誘導弾を発射し、CIWSのビーム砲を連射し始める。しかしサンザーと五機の部下は止まらない。雨あられと飛んで来る誘導弾やビームを、まるで撃たれる前から射線が分かっているような回避で躱しつつ、距離を詰める。

「弾種、対艦徹甲」

 コクピットの全周囲モニターを、覆い尽くすほどの敵の迎撃火箭など、気にも留めるふうもなくサンザーは部下達に命じる。眼前で急激に大きさを増して来る、セレザレスの旗艦の横腹。一瞬後、サンザーは航過しながらトリガーを引き、ありたけの対艦徹甲弾を叩き込んだ。
 
 セレザレスの第9艦隊旗艦は全長が五百メートル以上あるが、サンザーの『レイメイFS』と五機の『シデン・カイXS』がら、連続して対艦徹甲弾を撃ち込まれて、ドカドカドカとサンドバッグのように揺さぶられた。セレザレスは司令官席に座っていられず、床に突っ伏す。

「第6,第7、第11、第14区間に多数被弾!」

「主砲塔2番から5番、旋回不能!」

「重力子ノズル中破。加速率25パーセントダウン!」

「左舷シャトルポート使用不能!」

 オペレーターの損害報告が続くと、さらに大きな振動。艦橋の数箇所からスパークが噴き出して、火災も発生し騒然となった。眼の前に晒された死の現実に、セレザレスは覚悟の無さが露呈する。所詮はイースキー家のビーダとラクシャスの子飼いの武将として目を掛けられただけの、出世欲に塗れた者であり、己の命を賭してまで任務を果たそうという決意はない。

「き!…旗艦を移す! シャトルを用意しろ!」

 臆病風に吹かれたセレザレスの発した自己保身の命令に、消火と応急修理を始めていた艦橋のスタッフ達は、唖然とした顔を向けた。



 サンザーの部隊の直接攻撃を受けたセレザレスの艦隊より、比較的損害状況が少ないラムセアルとバムルの艦隊は、セレザレス艦隊を盾にする形で、“一夜城”へ向けての攻撃を再開した。

「味方への誤射撃に注意し、城への攻撃を最優先として前進!」

 その命令にラムセアルとバムルの指揮下にある各艦は、主砲を放ちながら陣形を整えようとする。しかし“一夜城”はエネルギーシールドを完全回復させており、大きなダメージを簡単には与えられ無くなっていた。

 するとその時、ラムセアルの旗艦のオペレーターが、新たな報告を告げた。

「空隙の下流方向より、急速接近するものあり。艦隊と思われます」

「下流方向? 味方の防衛艦隊か?」とラムセアル。

「確認中」

 星間ガス流の中に形成されたここ『スノンマーダーの空隙』には、自分達が呼び寄せた恒星間防衛艦隊三個が流れの下流側にいて、ウォーダ軍の築城部隊二個艦隊を足止めしている。その一部が現状を察知して、応援に来てくれたのかも知れないと、ラムセアルは考えた。そうなるとまた、状況は好転するに違いない。

 ところがラムセアルの期待は、次のオペレーターの言葉で、大きな衝撃によって打ち砕かれた。

「接近する艦隊らしきものは二個…そのうち一つは、ウォーダ軍第1艦隊。ノッ…ノヴァルナ・ダン=ウォーダの直率艦隊です!!!!」



▶#36につづく
 
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