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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#34
しおりを挟むお話は私の髪がまだ肩よりも長かった頃に遡るーー
それは異世界の森に飛ばされてきて3ヶ月が過ぎた頃のことだった。
ダルウェイル国の王様に許されて森の外にも出れるようになって以来、私たちの生活はだいぶ豊かになってきた。
それも、露店が立ち並ぶ市場で物資が手に入るようになってきたのが大きい。
今回も買い出しを引き受けて、荷車を引きながら、あかねと東坂君を連れて市場までやってきた。
これまではニュアルちゃんからの支援があったものの、ほとんどは森の中で取れるようなものしか手に入らなかった。
それでも飲み水の確保、食べられる草の見分け方、捕獲した動物の捌き方から火の起こし方まで、
キャンプが趣味だった沼田知樹(ぬまた ともき)君の手ほどきがあったおかげでなんとかやって来れた。
どの世界にいてもショッピングは心を踊らせてくれる。
活気づいた通りはちょくちょく私の目を奪いにくる。
「おばさんこんにちは-ッ」
「あら、アマネちゃんこんにちは」
この異世界にもだいぶ顔なじみの人ができた。
「おばさん、このメモに書いてある食材を下さい」
「あいよ。アマネちゃんにはとくべつおまけしておくよ」
「ありがとうおばさん」
「ほんと天音はどこの世界に行っても人気者だね」
そう言って抱きついてきたあかねが頬を擦り寄せてくるスキンシップは日本にいた頃からの日課だ。
「おばさん、油もいただけるかしら?」
「ごめんなさい。油はちょうど切らしちゃったのよ」
「え? そうなんですか?」
意外だった。油は陽が落ちてから灯りとして使う生活必需品だ。だけどもこの世界ではまだ高級品だからそう簡単に売り切れるものではないと思っていた。
「そうなのよ。アレ見てちょうだい」
おばさんが指をさした先を見やると、防具を身につけて男の人たちが大きな樽をいくつも荷馬車に積んでいた。
「ダルウェイルの騎士様たちだよ。急にやってきてね。店にあるだけの油を差し出せというのよ。何をしようとしてるのかしらね。戦(いくさ)だったら嫌だわ」
「油を⋯⋯」
***
エルムの森に戻ってから、陽宝院君に油が入手できなかったことを報告すると、
「やはりか⋯」と、答えが返ってくる。
「今朝方、トゥワリスにいる肥後君から連絡があったんだ。ダルウェイル国による油の買占めを起きているってね」
商売に詳しい肥後尊君には、私たちの生活に必要なお金を稼ぐためにトゥワリス国に出稼ぎに出てもらっている。
そっちでの商売が成功したらしくて私たちが多少贅沢できるのは肥後君のおかげだ。
「困ったね。油のストックも残りわずかしかないし、みんなに不便をかけるけど節約しかないよね」
「致し方ないさ。だけど博士の発電機の開発がもう少しで完成しそうなんだ。今しばらくの辛抱さ」
博士こと結城 護君が私たちの生活のために電気の開発を進めてくれている。
それがようやく実を結びそうなので希望が湧いてきた。
さらにはコンクリートとアスファルトの開発にも成功して、陽宝院君を中心に森の開発に着手している。
まだ村や町レベルかもしれないけど、私たちの国づくりは着実に進んでいる。
みんな自分のチート能力を活かしてクラスのためにがんばっている。
私も負けてられないと、最近では畑を耕してそこで野菜を作りはじめた。
種は街で親しくなった露店のおばさんからいただいたものだ。
みんなに栄養の高いものを食べてほしいからはりきる私だ。
しかし、篠城彩葉(しのじょう いろは)さんなんかは、通りすがりに「私の能力ですぐに大きくしてあげようか?」と、声をかけてくれるけど、
私は「じっくりと育てたい」と言って苦笑いで返す。
最近はみんなチート能力にこなれてきて、ちょっとしたことでも能力で解決しようとする。
妬みかもしれないけど手間ひまを惜しむことも忘れちゃいけないと私は思うんだよね。うんうん。
「--はぁ⋯⋯」
やっぱり大きなため息が溢れる。正直、羨ましい⋯⋯
プチプチと地道に雑草を摘み取って畑の手入れって結構大変なんだよね。
だけどこの異世界生活はもっと楽しく過ごせるはずだ。
それは先日のことだ。ハルト君の触発もあって7人会議の場で、もっとダルウェイル国の人たちと交流の場を作ろうと提案した。
すぐさま紡木さんが恐い顔を向ける。
「異世界の人たちとずいぶんと親しげのようね。だけどみんなは異世界人と戦うために強くなろうと毎日がんばっているの!
戦えないような人が緩い提案をするとクラスの感情を逆撫でるわ」
「それは⋯⋯」
「ただの戯言ならまだしも、あなたが言うと陽宝院君が判断を鈍らせるからタチが悪いわ」
「僕はまだ何も言っていないんだけどね。この異世界の情報収集するにはある程度親しくなることは必要だ。
だけど、必要以上に深くなる必要はない」
「⋯⋯ごめんなさい」
ーー
ところで、ハルト君は今頃も冒険者をやっているのだろうか?
気づいたら空を見上げながら手が止まっていた⋯⋯
「私たちも手伝ってあげましょうか?」
うしろから声を掛けてくれたのは小鳥遊杏樹(たかなし あんじゅ)ちゃんと国城(こくじょう)カエナさんだった。
「このあたりの草をむしればいいんでしょ? 私も天音ちゃんの野菜楽しみにしてるんだ」
杏樹ちゃんは、ウェーブのかかった金色の長い髪が特徴でお母さんが北欧の人らしくて名前のように
天使みたいでとてもかわいらしい女の子。
「私はここをむしればいいんだな」
国城さんはバスケ部でエースをつとめるスポーツ女子。
彼女は走るのも得意だから体育の時間のときとか、周りが勝手に私たちをライバル扱いするから
なんとなく近寄り難かったけどこうして話してみるととてもいい子だ。
2人は幼馴染で小学生の頃から同じクラスだったそうだ。
見ていると杏樹ちゃんがお姫様で国城さんが騎士(ナイト)って感じだ。
だけど聞けば2人は違うと答える。
能力は杏樹ちゃんがアタッカーで国城さんがサポートのヒーラー。
たしかに互いの役割はイメージとは逆転してるけど⋯⋯
「ねぇねぇ見てアレ」
杏樹ちゃんに言われて振り向くと、ニュアルちゃんが鷲御門君を連れて散策をしていた。
「最近よく見かけるのよね。あの2人」
「ニュアルちゃん最近、鷲御門君がお気に入りだもんね」
「鷲御門も懐かれて大変だな」
そう。ニュアルちゃんは最近、私たちのところに顔を出す頻度が増えた。
その度に 「鷲御門、顔を貸せ。森の中を見て回りたい」と、鷲御門君を連れ出すのだ。
「だけどニュアルさんって旦那様がいるのよね⋯⋯」
杏樹ちゃんの一言に私たちの頭の中をイケない妄想が駆け巡る。
3人の頭からボンッと煙が噴き出して一斉に顔を紅くした。
***
「鷲御門、この先は?」
そう言ってニュアルちゃんは草木が生い茂る木々を指さした。
私たち3人はいけないと承知しながらついつい後をつけてしまったのだ。
そして我々は葉賀雲君直伝の草むら隠れの術で息を潜めるのだ。
「この先はウェルス王国だ。ニュアル、ここまでのようだ」
「左様か。私はどこまで行っても狭い鳥籠の中の鳥だのう。そなたも狭かろう?」
「ああ⋯⋯向こうの世界にいた頃に比べればな。誰しも自由を制限されることには窮屈さを感じる」
「そうではない。どうしてお前ほどの奴が陽宝院の後塵を排しておるのだ? 何に臆しておる」
「そう言うニュアルは何にもがいているんだ?」
「⋯⋯興が削がれた。帰るぞ」
--
「あの2人なんて話してたの?」
「会話が大人すぎてさっぱりわからなかった」
「ちょっと2人とも聞こえるよ。シーッ、シーッ」
「すまない。月野木さん」
「おいッ! 」
“ビクんッ⁉︎”
「そこの3人も帰るぞ」
「「「バレてた⋯⋯」」」
このときのニュアルちゃんの目がとても恐かったことを今でも覚えている。
***
その日の夜のことだ--
油の節約のためにこの日はみんないつもより早く寝静まっていた。
だけど、私は少し蒸し暑かったので、もう一度眠くなるまで外へ出て涼みに行くことにした。
今宵は満月で外もいつもより明るい。
なにより深呼吸すると空気が美味しい。
耳を澄ませば虫の鳴き声が⋯⋯と、言いたいところだが
「ん⁉︎」
何故だろう⋯⋯女の人の艶かしい声が聞こえてくる。
私はとっさに草むら隠れの術で息を潜めた。
いけないと思いつつも、ついつい耳に意識を集中させて声がする方角を探る。
どうやら声は女子棟の物陰から聞こえてくるようだ。
“サササ、ササーッ”
と、これもまたついついだけど、両手に木の枝を持ちながら物陰に忍び寄ってしまい。顔をのぞきこませてしまった。
「⁉︎」
驚いたことに杏樹ちゃんが顔を紅らめながら、唾液を絡ませた舌を国城さんの耳に這わせているのだ。
国城さんも顔を紅らめながらとろけたような表情で湿った息を漏らすように艶かしい声をあげている。
「カエナもうこれで終わりなの?」
「い、いやぁ⋯⋯」
杏樹ちゃんが国城さんを抱き寄せて囁く姿はたしかにお姫様なんかじゃない。
2人がイメージとは逆だと言ってのはこのことだったのか⁉︎
だけどダラりとしてこんな甘えた顔をする国城さんをはじめて見た気がする。
よく見たらボタンが外れて胸元がはだけてるし。
杏樹ちゃんは勢いが収まらずに国城さんの下の方にまで手を忍ばせてきた。
「んッ」
強く反応した国城さんが体を大きく反らせる。
私はさっきから何を実況しているんだ。
指に髪を絡ませながら見つめ合う2人は今にも唇同士が重なり合いそうだ。
そのまま2人は艶かしい目つきで私の方を向いた。
「え?」
“バレてたー!“
ウソ⁉︎ いつから気づいてたの? さっきからこっちを見つめたままだし⋯⋯
「月野木さんも仲間に入る?」
”えーッ⁉︎“
「ダメだよ、杏樹。月野木さんには東堂さんがいるんだから」
ちょっと待って! ちょっと待って! あの違うから。あかねとはそんなんじゃくなくて⋯⋯
ああー、言っている場合じゃない。どうしよう、どうしよう。
狼狽えていると突然、スマホの警報音が一斉に鳴り出した。
”ビィ、ビィ、ビィ、ビィ、ビィ“
直後に当直で見張りをしていた東坂君の声が響く。
「敵襲だーッ! 荷台に火がついた馬車が何台もこっちに向かって来るぞーッ」
つづく
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