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第3話:スノン・マーダーの一夜城

#32

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 セレザレスの旗艦のさらなる主砲射撃をまともに喰らった“一夜城”。その激しい衝撃はキノッサ達がいたシャトル格納庫に、思わぬ状況を引き起こしている。三機並んで固定された修理中のシャトルのうち、二機の固定具が外れて落下。一機がカズージの下半身。もう一機が、カマキリ型機械生物の大鎌の付いた左前脚を、下敷きにしていたのだ。

 カマキリ型機械生物の鎌の方は完全に下敷きになっていたが、カズージの方は不幸中の幸いで外れた固定具が間に挟まり、下半身を押し潰されずに済んでいた。ただそうかと言って、自力で脱出するのは不可能そうで、キノッサとホーリオが両脇から、必死に引きずり出そうとしている。

「頑張るッス、カズージ!」

 機体とカズージの体の隙間に肩まで腕をつ込み、力の限りで押し出そうとするキノッサ。「むむむぅ…」と苦しげな呻き声を漏らしながら、体をよじらせるカズージ。それを引っ張るホーリオ。しかし何度やっても、カズージの体は動かない。
 そしてその向こうのシャトルでもカマキリ型機械生物が、下敷きになった左前脚を引き抜こうとしていた。こちらはさらに力任せで直線的な動きだ。

「キノッサぞん…」

 シャトルの機体の向こうに見え隠れする、カマキリ型機械生物の動きを一瞥したカズージは、身をよじらせるのを止めてキノッサに呼び掛けた。

「なんスか、カズージ。止まってる場合じゃないッスよ!!」

 キノッサは、今はお喋りの時間ではないと言いたげに、早口で応じる。するとカズージは落ち着いた口調で告げた。

「もういいベ」

「は?」

オイを残して、キノッサぞんとホーリオは逃げっが、ええ良い

「な!?…何を言い出すッスか!!」

 血相を変えるキノッサ。対するカズージは冷静だ。

「あンの、お化けカマキリも動けん今のうちっに、格納庫から逃げ出せばァ、あんデケェ図体では、通路を簡単には通れんて。そんでもって格納庫ん扉開いて、宇宙に放り出すんザ」

「そんな事でき―――」

「やらねば、ねっべや! キノッサぞんはこん作戦の、大将でねっが!!」

 逡巡するキノッサを、カズージは叱りつけた。

「俺っちは…」

 なおも口ごもるキノッサに、寡黙なホーリオも口添えする。

「カズージの言ってる事は正しい」

 しかしその直後、脅威は復活した。カマキリ型機械生物が、下敷きになっていた自分の鎌を根元から引きちぎり、行動の自由を得たのだ。赤い光を帯びた大きな眼の視線が、鎌を失って断裂部から火花を散らす左前脚を離れ、キノッサ達の方を向く。
 
「早く! 逃げるべや!!!!」

 シャトルの下敷きになったまま、カズージが叫ぶ。残った右前脚の大鎌を振り上げて駆け出すカマキリ型機械生物。間に合わないと判断したホーリオが、キノッサの盾になろうとブラスターを構えて逃走を促す。

「逃げろ、キノッサ殿!」

 ところがここで再び激しい衝撃。イースキー側の戦艦の砲撃が、エネルギーシールドを完全に貫通し、“一夜城”を直撃したのだ。しかも着弾したのは格納庫に近く、天地がひっくり返るほどの揺れが格納庫を襲う。いや実際、この直撃で立方体をした“一夜城”は、全体が二十度ほど上へのけ反った。

 格納庫の内部も、全てが掻き混ぜられた状態になって、キノッサ達も、カズージを下敷きにしていたシャトルも、そしてカマキリ型機械生物も浮き上がり、床に投げ出される。意識が暗転するキノッサ。



「………!?」

 一瞬後なのか数十分後なのか分からぬまま、キノッサは意識を取り戻した。金属的なもので胸を圧迫される感触があり、上の方でキチキチキチ…と、奇妙な音がする。全身に痛みを感じるのは、床に強く打ち付けられたせいだ。

“何がどうなって…”

 そう考えながら瞼を開いたキノッサは、即座に恐怖に囚われる。取り戻した視覚が捉えたのは、自分を押さえつけているカマキリ型機械生物の頭部だったからだ。キチキチキチ…という異音は、鋭い牙のような顎を咬み合わせる音だった。

「うっ!…うわぁああああ!!」

 叫び声を上げて逃げ出そうとするキノッサ。だがその体は、カマキリ型機械生物の左中脚に押さえつけられ、身動きが取れない。

“カズージ!…ホーリオ!?”

 これは自分一人ではどうにもならないと、キノッサは咄嗟に左右を見た。すると左側の離れた所にはホーリオが仰向けに、右側の離れた所には、下敷き状態から脱する事が出来たカズージが、うつ伏せに倒れている。ただ二人ともまだ気を失ったままで、今すぐにはキノッサを助けには来る事は出来ない。
 するとキノッサを押さえつけているカマキリ型機械生物は、口吻から先の尖った鉤爪のような器官を伸ばし始めた。

「ううっ!…これは!!」

 カマキリ型機械生物が口吻から出して来たのは、タガメ型機械生物が人間に寄生する際に使用していたのと同じ、NNL端末への強制接合器だった。つまりカマキリ型機械生物の目的は、これまでと同じく銀河皇国の人間と融合し、NNLシステムへ侵入する事であったのだ。しまった!…と臍を噛むキノッサ。今の自分はハートスティンガーの非合法組織の一員でも、略奪集団の構成員でもなく、ウォーダ家の家臣としてNNLシステムへ接続されている状態だ。
 
 NNL端末が銀河皇国のシステムと接続した状態で、機械生物に寄生されると一大事となる。彼等の生存や増殖といった“本能”は、プログラムの一種であり、これが銀河皇国の全域に広がるNNLと融合してしまったなら、あらゆる植民惑星の自動工場で、機械生物が量産され始めるという悪夢が現実になるのだ。

 だが、なんとかしなければ!…と思い、懐からハンドブラスターを取り出そうとするより早く、カマキリ型機械生物は右前脚の大鎌で、キノッサの体を転がしてうつ伏せにさせる。皇国民首の後ろに埋め込まれている、NNLの半生体端末ユニットが狙いだ。掴み損ねたハンドブラスターは床を滑り、キノッサの手の届かない位置へ行ってしまった。

「マズい! マズいッス!」

 口吻から寄生器官を突き出したカマキリ型機械生物が、頭部を振り下ろす。咄嗟に身をよじらせ、寄生器官を躱すキノッサ。しかし体を押さえつけられていては、これ以上はどうしようもない。キノッサの背中を踏みつける中脚の力を強め、カマキリ型機械生物は再度首筋を狙う。今度はもう逃げられそうにない。

“こんなところで!…ネイ!!”

 キノッサは心の中で、自分を待っててくれているであろう女性の名を呼んだ。襲い掛かるカマキリ型機械生物。だがそこへ飛び込んで来た影があった。電磁パルス銃で機能を停止されていたはずのP1‐0号だ。
 P1‐0号は、キノッサの首筋に寄生器官を突き刺す寸前だった、カマキリ型機械生物の頭の付け根に体当たりと同時にしがみつき、バランスを崩れさせてキノッサから引き剝がす。

「お猿。逃げろっ!!」

「!!!!」

 半ば放心しながら、P1‐0号の言葉のままに、カマキリ型機械生物の下から這い出るキノッサ。P1‐0号は、各関節のサーボモーターの出力を最大にして、カマキリ型機械生物の頭の付け根を左腕で抱えて圧し、右腕をキノッサの方へさし伸ばした。

「ハンドブラスターを!!」

 反射的に床の上のハンドブラスターを拾い上げたキノッサは、それをP1‐0号へ投げ渡す。だがP1‐0号がそれを受け取った次の瞬間、カマキリ型機械生物の大鎌が側頭部から胸部を引き裂いた。致命的な一撃に、火花と破片が血飛沫のように飛び散る。
 しかしP1‐0号は止まらなかった。素早くハンドブラスターを持ち直すと、銃口をカマキリ型機械生物の口の中へ突き入れる。鋭い牙のような大顎に右手が破壊されるより一瞬早く、トリガーが引かれた。爆発が起きてバラバラに砕け散る、カマキリ型機械生物の頭部。




▶#33につづく
 
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