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第3話:スノン・マーダーの一夜城

#28

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 一方、イースキー艦隊も、当然と言えば当然だが、攻撃中の“一夜城”に何か異変が起きた事に気付いている。戦艦などの大口径ビームが、エネルギーシールドを貫通し、基地そのものを直撃し始めたのを見たからだ。
 しかし彼等は彼等で認識を誤っていた。実際に起きているのは異常信号による、対消滅反応炉の出力低下なのだが、彼等は自分達の砲撃の成果だと考えたのだ。

「いいぞ。上手くいっている」

 エネルギーシールドを貫いた戦艦のビームが、“一夜城”の細木細工に桁材を組み合わせた、不格好な外殻の一部を爆破するのを見て、セレザレス僅かな笑みを浮かべる。

「遠距離砲撃で正解だったか」

 ラムセアルもその辺は同じように考えているらしい。もう一人の司令官のバムルは、座乗する旗艦が宇宙魚雷を被弾した際の昏倒から、まだ回復をしていない。

「よし。もう少しシールドを突き崩したら、BSI部隊を発進させて、一気に切り崩す。敵の護衛部隊は重巡三隻の他は、大した火力もない武装貨物船しかいないからな」

「うむ。それがいい」

 実際の状況は見えなくて当然であったが、セレザレス達の判断は甘かった。増援到着までの時間稼ぎという、キノッサ側の目的自体は継続出来ているからだ。



 そしてP1‐0号である。キノッサらが監視カメラ等で捕捉して予想した通り、このアンドロイドは今、学術調査船『パルセンティア』号へと向かっていた。背筋を伸ばして歩くその眼―――センサーアイは激しく明滅を繰り返し、複雑な演算処理を行っている事を示している。

 だが幾ら演算を繰り返しても、銀河皇国の科学体系では解析する事は、不可能であった。なぜならP1‐0号が必死に演算解析しようとしているのは、昆虫型機械生物との一時的なシステムの同化共有によってもたらされた、“生存本能”だったからだ。
 
 機能を停止されたくない…このまま存在し続けなければならない…自己保存は全てにおいて優先されるべきだ…これまで導き出した事もない“解”が、P1‐0号の電子脳の中を通し、薄暗い通路を進む両脚を突き動かしている。

 ただしP1‐0号が認識するこの奇妙な“解”は、自分が本来従うべきキノッサやハートスティンガーにとっての、“最適解”ではない。なぜなら今のP1‐0号が“生存本能”を共有しているのは、キノッサ達に対してではなく、機械生物に対してだったからだ。つまりP1‐0号の“生存本能”とは、機械生物としての生存本能なのである。

 数日前、この旧サイドゥ家の宇宙ステーションに潜んでいた、昆虫型機械生物を一掃するため、体内にウイルスプログラムを仕込み、自ら囮となったP1‐0号。
 その時のシステム同化によって流れ込んだ機械生物のプログラムは、P1‐0号の自己修復機能によってほぼ消去・排除された。

 しかしその過程で、機械生物の持つ“生存本能”とも呼ぶべきプログラムは、必要なものと判断され、P1‐0号の電子脳内に残されてしまった。
 理由はP1‐0号…いや本来の名称、自意識獲得実証機RI‐Q:1000号が目指す、自意識と感情の獲得において、機械生物から得た“生存本能”という新たな概念プログラムをベースにすれば、本物または本物に限りなく近い自意識と、感情を獲得できる可能性があると結論付けたためだ。

 一時的な機能停止から回復し、任務に戻って“一夜城”のメインシステム運用をサポートしている間も、P1‐0号の電子脳は“生存本能”に根差す、新たらしい自意識への再構築作業を続けていた。
 しかもその作業はP1‐0号の無意識領域で行われていたため、星間ガス流から出る直前に発生した、一度目の異常信号による対消滅反応炉の停止も、P1‐0号自身が自覚のないまま行ったのである。

 そして機械生物と“生存本能”を共有するようになったP1‐0号が、なぜそのような工作を行ったのかと言うと、ウイルスプログラムで機能を停止した機械生物を閉じ込めている、学術調査船『パルセンティア』号を使って、この“一夜城”から離脱。機械生物が生存・増殖できる新天地を目指すためだ。一時停止したり出力が低下したりした対消滅反応炉は、実はP1‐0号が『パルセンティア』号へ、離脱に必要なエネルギーを供給していたのであり、そのためにP1‐0号はキノッサ達に“嘘をついた”のであった。
 
 イースキー艦隊の砲撃による震動が、立て続けに通路を揺さぶる。

 内蔵されたスタビライザーでバランスを取ったP1‐0号は、着弾位置からの距離と震動幅と震動時間、補強された宇宙ステーション本体の耐久力、そして出力低下した現在のエネルギーシールドの想定数値から、今の状態が続けば、この宇宙ステーションの崩壊まで約一時間…と算出した。“約”と曖昧なのは、イースキー艦隊の攻撃強度の変数によって、ステーションの耐久力も変わるからだ。
 
 四つある対消滅反応炉のうち、二つの反応炉が発生させるエネルギーの大半は、今も『パルセンティア』の対消滅反応炉の再起動と、恒星間航行のための充填に回されており、暗号化したシステムロックは、簡単には解除できないだろう。


もうすぐだ―――


 P1‐0号は思考した。現在自分がとっている行動の意味を再確認するために。


 いま自分を突き動かしている、自分に対する“存在し続けよ”というコマンドこそが、“生存本能”なのだ。そして自分と生存本能を共有する、機械生物達が存在し続けるためには、ここを離れなければならない。

 ここから離脱できれば、あとは簡単である。一番近い植民惑星へ向かい、そこの住民と機械生物が同化する。機械生物の目的は銀河皇国のNNLシステムへ侵入、増殖…つまり量産プログラムを植え付ける事だ。それによって、機械生物は銀河中のあらゆる植民惑星の自動工場で、大量生産されるようになるだろう。その際、自分が得た“自意識・感情プログラム”を加えれば、より自律性の高い機械生物を、多く作り出す事が出来るはずだ。

 そして次は機械生物の生存権の確立。銀河皇国を構成する人類達は、この宇宙ステーションで起きた事のように、我々機械生物を脅威とみなし、排除しようとするに違いない。
 無論、この問題を交渉で解決するのが望ましいが、現実を鑑みると今の銀河皇国は、星大名を名乗る地方領主が武力で問題を解決する、武断的性格が非常に強い。そうなると我々機械生物にも、生存圏確保のための武力が必要となって来る。そこに暮らす者のための社会基盤と社会制度、そしてそれを保護していくための武力…つまり、国家の樹立だ。我々機械生物の国家である。

 いつしか自分も含めて“我々機械生物”と思考し始めていたP1‐0号は、やがて一つの結論に達した。


私RI‐Q:1000が、その来たるべき機械生物国家の指導者となる―――




▶#29につづく
 
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