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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#27
しおりを挟む愛想笑いをするキノッサに、ハートスティンガーは問い質す。
「おまえの大将のノヴァルナ様は、こういう時に貧乏ゆすりをするのか?」
「そっ!…そんなみっともない事、するワケないッス!!」
そう言って背筋を伸ばし、ビーム砲台の制御室の幾つかに、同時に回線を開いたキノッサは、「何やってるッスか!? 砲撃が甘くなってるッスよ!」と檄を飛ばした。その姿を見て軽く頷いたハートスティンガーは、自らも副司令官役として、部下と協力者達へ回線を開いて、強い口調で告げる。
「野郎ども。たるんで来てっぞ! 気合入れ直せ!!」
それは実に効果的なタイミングであった。カリスマ性という点では、まだこの時はキノッサよりハートスティンガーの方が上であって、組織のトップという立場においても、キノッサより長じているからだ。キノッサも両手で自分の頬を叩いて、気合を入れ直す。司令部が統制を取り戻すと兵も統制を取り戻す。“一夜城”の迎撃の火力が回復した事によって、接近しようとしていたイースキー艦隊を押し返し始めた。ふたたび距離を開け、遠距離砲戦を始めるイースキー艦隊。
「やれやれだな…」
戦線を支え、再び膠着状態に持ち込んだ事に、戦術状況ホログラムを眺めるハートスティンガーは、安堵の息を漏らす。
ところがその直後の事である。“一夜城”の対消滅反応炉が、またもや異常をきたし始めたのだ。ブルブル…と、軽震度の地震のような揺れを感じると、中央指令室の照明が不安定に明滅を始める。
「何事ッスか!!??」
驚いて司令官席から立ち上がるキノッサ。即座にオペレーターが状況を確認して報告を入れた。
「2番、3番対消滅反応炉、出力低下!」
「反応炉の制御システムから、異常信号を検知!」
「またか!!」
発信源不明の異常信号によって、対消滅反応炉が一時停止したのは、星間ガス流から出る時に発生したのに続いて二度目だ。だが今度のいまは戦闘の只中である。対消滅反応炉の出力低下は必然的に、“一夜城”を防護するエネルギーシールドの出力低下に繋がるのだ。
そしてその悪い予想はすぐ、現実のものになる。イースキー艦隊の戦艦が放つ主砲ビームが、エネルギーシールドを貫いて直撃し始めたのだ。ズシン!と腹に響くような着弾の震動が二度三度。それを踏ん張って支えたキノッサは、メインシステムの制御を行っているP1‐0号へ問い質した。
「どうなってるんスか!? PON1号!!」
ところがP1‐0号が座っていたはずのオペレーター席は、いつの間にかもぬけの殻となっている。
「えっ!?…なんでここ、居ないんスか?」
空席になっているP1‐0号のオペレーター席を見て、キノッサは茫然と疑問を口にした。ハートスティンガーは「俺は知らんぞ」と言って、具備を左右に振る。そして他のオペレーターに「おい」と声を掛けると、今しがたハートスティンガーに無駄口を注意された二人が、振り向いて応じる。
「彼なら、お二人が話をされてる間に、席を立って…」
「落ち着き払って、出ていきましたが…」
これを聞いた直後、イースキー軍の戦艦による砲撃を受けて、基地全体が再び揺さぶられる。P1‐0号が居なくなって空いた、基地のメインシステムのオペレーター席に、否応なしにハートスティンガーが座る。
ハートスティンガーがコントロールパネルを操作して、対消滅反応炉の異常に関するデータチェックを行う間に、キノッサは別のオペレーターのもとへ歩み寄り、P1‐0号の居所を探らせた。ただ人員不足のため、基地内の警備システムは機械生物の一件が済んでから放置状態にあり、全てを再稼働するには幾分時間が必要であるらしい。
“なんなんスか、PON1号…アンドロイドが勝手に持ち場を離れて、いなくなるなんて、前代未聞の出来事ッスよ!”
すると先にハートスティンガーが、戸惑いの声を上げた。
「なんだこりゃ!? 異常信号に関する情報がロックされ、暗号化されてっぞ!」
「暗号化!!??」
驚きの声とともに振り向くキノッサ。暗号化するという事は、異常信号に関する情報を秘匿する事が目的であり、状況的にそれが出来るのはP1‐0号だけだ。
“なぜ、そんな事を…?”
ただハートスティンガーはまず、対消滅反応炉の状況を先に続けた。そちらの方が今は優先されるべきだからである。
「ともかく現在は第1と、第4対消滅反応炉だけが全力稼働可能なんで、そっちを全力にして、エネルギーシールドの出力を高める。だがそれでも戦艦クラスの主砲射撃は、完全には防御できない。威力を30パーセントまで減衰はするが、直撃は免れねぇ!」
ハートスティンガーがそう言った直後、再び敵の戦艦が放ったビームが着弾。基地全体を揺さぶる。しかしハートスティンガーの素早い対処が功を奏したらしく、それまでと比べて震動は小さかった。
するとそこへ、重巡航艦に乗って宇宙に出ているティヌート=ダイナンから、通信が入る。
「司令官殿。危急の時に申し訳ないが、確認させて頂きたい」
「なんスか?」
「基地に接舷させている学術調査船に、出航の兆候が見られるが、この戦闘中に動かすおつもりか?」
いきなりの問い掛けに、キノッサの表情は困惑を隠せない。ダイナンが言っているのは、基地の外殻に接舷させたままにしている、皇国科学省の学術調査船『パルセンティア』号の事だ。そして勿論、それを出航させる命令など出してはいない。ハッ!…として顔を見合わせるキノッサとハートスティンガー。そこへ二人の共通認識を確定させるオペレーターの報告。
「アンドロイドP1‐0号の位置が判明。基地内の通路42‐Bから、42‐Cへ移動中」
同時にキノッサの前へ幾つかのホログラムスクリーンが立ち上がって、監視カメラ映像や通路マップなどの、セキュリティ情報がそれぞれに分けて映し出される。
そこには確かに通路を歩く、人間の姿―――識別はアンドロイド―――IDナンバーはP1‐0号のもの、がある。そこからさらにマップを見ると、P1‐0号の進行方向にいるのは、出航準備を始めた『パルセンティア』だ。
「まさか、全部P1‐0号の仕業だったんスか…?」
「状況証拠からすると…そうとしか思えねぇな」
「じゃあ…PON1号は、俺っち達に噓をついてたって事ッスか? アンドロイドなのに?」
何が起こったのかまるで理解できないといった様子のキノッサに、正解を告げるすべもなく、ハートスティンガーは無言でホログラムスクリーンを睨み付けた。
P1‐0号の歩く速さは、それほど速くない。走れば今からでもギリギリ追いつきそうである。今の事態を招いた、第2・第3対消滅反応炉の出力を低下させている異常信号を止めなければ、いずれ“一夜城”は防御力を失って崩壊する。ところがその情報はロックされた上に暗号化されており、おそらくこれを仕組んだP1‐0号に解除させない限り、暗号解析にどれぐらい時間が掛かるか予想もできない。
「俺が―――」
そう言いながら席を立とうとするハートスティンガー。だがキノッサの強い声がそれを制する。
「俺っちが行くッス!」
「なに言ってる。おまえは司令官だろう! ここで指揮を―――」
「そんな事は分かってるッス。だから指揮はハートスティンガーに任せるッス!!」
自分を“親分”ではなく、呼び捨てにして来るキノッサに、ハートスティンガーはキノッサが、司令官として順列を宣した上での決意の提示だと理解した。ノヴァルナ流に言えば多少ニュアンスは違うが、ナルガヒルデ辺りに艦隊の指揮を任せ、自分は『センクウNX』で飛び出して行くようなものである。
となると元来は『ム・シャー』であるハートスティンガーも、主君の意志を尊重するのみだ。
「分かった、行って来い。しかし出力は上げられたが、エネルギーシールド自体がそう長くはもたんからな」
ハートスティンガー言葉に頷いたキノッサは、カズージとホーリオに「二人も、俺っちと来るッス!」と声を掛ける。そして中央指令室から出る間際に、ハートスティンガーが「これを持ってけ」とコムリンクを投げて来た。
ただその軌道は高すぎる大暴投となって、背の低いキノッサは跳び上がったが掴み損ねる。それを背後にいた大柄のホーリオが難なく右手でキャッチ。上から見下ろす感じで無言で差し出されたコムリンクを、キノッサは「○×△◇ッスよ…まったく、もぅ」と小声で愚痴りながら受けとり、三人で駆け出していった。
▶#28につづく
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