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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#26
しおりを挟む「上手くいった?…おまえ、これも読んでたのか?」
敵の戦艦部隊が後退した理由を、狐につままれたような表情をしたハートスティンガーが問い掛ける。それに対し「絶対…ってワケじゃないッスけどね」と、前置きしたキノッサが言うには、こちらが誘導弾の一斉発射を二回、立て続けに行った事で、敵側はこちら側に誘導弾が相当数保有されているように、誤断させる事が出来るかも知れないと考えたらしい。
結果としてこの試みは功を奏し、イースキー軍は戦艦部隊を後退させて、緩慢な遠距離砲撃戦を始めた。時間を浪費させるのは、キノッサ側からすれば望んでいた通りの展開だ。
この時のイースキー側の判断は、増援に呼び寄せた恒星間防衛艦隊が、ウォーダ軍の築城部隊(第3・第5艦隊と輸送艦隊)の動きを封じており、戦力的には自分達がかなり有利な状況にあると判断していた。築城部隊の目的が、突然出現した“一夜城”の増援だと考えたのだ。
だが、キノッサが時間を稼いでいるのは、この築城部隊を待つためではない。築城部隊は確かに『スノン・マーダーの空隙』へ、宇宙城を築く事を目的としているのだが、それ以前に陽動として、イースキー側の迎撃部隊を引き付けるのが役目であった。このため築城部隊からは、わざとイースキー側に傍受させるように、恒星間防衛艦隊と遭遇して、“一夜城”への到着が遅れる旨の通信を、頻繁に入れてもいた。
イースキー側はその陽動に嵌ったのであり、キノッサが待っているのは、別ルートで向かって来ているはずの、猛将カーナル・サンザー=フォレスタが指揮する、ウォーダ軍第6艦隊なのである。
ただキノッサ側にも、当然ながら不安はある。
まず、何度か述べた通り、キノッサ達が持ち込んだのは“一夜城”とは名ばかりで、実際は補給・整備用宇宙ステーションを補強しただけもので、防御力は期待できない事。
次に星間ガス流から出る際に発生した、基地の対消滅反応炉の一時停止事故が、原因不明のままであり、再発しないとは限らない事。
そして、秘密裡に救援に向かっているはずのサンザーの第6艦隊は、無線封鎖を行っているために同行が掴めず。今どこにいて、いつ到着するかの把握が出来ない事である。
それでももちろん、“一夜城”の中央指令室にいるキノッサは、不安な素振りなどおくびにも出さない。パンパンパンと手を打って、まるで魚屋の安売りアピールのように陽気な声を上げる。
「さぁさぁ。ドンドンいらっしゃいッスよ! みんなまとめて相手になるッス!!」
このような膠着状態が二時間ほど過ぎると、それでも状況に変化が起き始める。やはり双方の戦力比の差が顕在化して来て、キノッサ側が押されだしたのである。それにここまで不眠不休で来たため、キノッサ側は疲労が頂点に達し、士気の低下も発生していた。
「だ、駄目だ。もう持ちこたえられない!」
「人手が足りん。誰か回してくれ!」
「無理だ。こっちも手一杯だ! 自分達で何とかしろよ!」
「なんだと!? その言い方はなんだ!!」
「敵の火力に押され始めてるわ!」
「応援の艦隊とか言うのは、いつ来るんだ!」
特に末端の兵士の間での士気の低下は、集中力の低下をもたらす。そうなると互いに無駄な話をし始め、それが油断を呼び込んで、さらなる損害を招いてしまう。しかもキノッサ側には、兵士でもない非合法組織の一般人がかなり加わっていた。
“一夜城”を覆うエネルギーシールドを叩く、イースキー艦隊の砲撃による爆発光の数が増し、それとは対照的に、“一夜城”からの砲撃はまとまりがなくなり、放たれるビームの数も減って来ている。
そして中央指令室でも、二人並んで座るオペレーターが、声をひそめて言葉を交わしていた。
「おい…増援艦隊の反応は?」
「まだだ。あったら即、報告するさ」
「本当に来るんだろうな?…」
「俺に訊いても知るかよ…」
するとその直後、二人のオペレーターの頭上で、野太い声がわざとらしく大きな咳ばらいをする。驚いて背後を見上げる二人。その視線の先には、腕組みをしてこちらを睨み付けている、ハートスティンガーの厳つい顔があった。
「お喋りしてるヒマがあったら、手を動かせ」
慄く二人にぼそりと告げたハートスティンガーは、腕組みをしたまま、司令官席にいるキノッサの傍らに戻って行く。そのキノッサも、二時間ほど前に見せていた威勢の良さは、さすがに無くなって来ていた。やや前屈みに司令官席に座り、両肘はコントロールパネルの上。ハートスティンガーが視線を移すと、細い脚は貧乏ゆすりを始めている。
キノッサの傍らに立ったハートスティンガーは、戦術状況ホログラムを眺めながら、日常会話でもするように軽く助言する。
「不安は伝播するもんだ。司令官殿が落ち着きが無いのは、感心せんな…」
二人のオペレーターが無駄口を始めた原因が、キノッサの不安げな貧乏ゆすりだと感じたハートスティンガーの言葉に、キノッサは慌てて貧乏ゆすりを止め、「てへへ…」とバツが悪そうな笑いを返した。
▶#27につづく
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