62 / 344
第3話:スノン・マーダーの一夜城
#20
しおりを挟むキノッサ達の宇宙ステーションが、『ナグァルラワン暗黒星団域』への入り口としている位置に到着したのは、4月1日の早朝の事であった。
上流の大星雲から流れる膨大な量の星間ガスが、点在するブラックホールの間を通過するうちに加速が続き、目的地である『スノン・マーダーの空隙』の周囲は、光速の35.6パーセントにまで達しているという、かなり特異な環境となっている。
宇宙ステーションの前方ビュアーには、紫と赤、そして深い青色をした星間ガスが、急流を形成して横向きに流れていた。その幅は約13光年。所々で惑星一個を豆粒ほどのサイズとして飲み込むほどの、途方もなく巨大な渦も発生しており、その渦の中では猛烈な稲妻が、絶え間なく荒れ狂っている。
「………」
「………」
「………」
まるで地獄が宇宙空間に顕在化したかのような光景に、キノッサもハートスティンガーも、そしてその仲間達も声を失っていた。映像データでは見た事はあるが、実際に自分の眼で見るとなると、身も竦むような壮絶な光景だ
『ナグァルラワン暗黒星団域』自体は、内部を船が航行する場合もあり、かつてノヴァルナも戦闘を行って、妻のノア姫と出逢った場所でもある。ただしそれらは全て位置的に、この激流を避けていた。
全員が茫然と星間ガスの激流を見詰めている中で、口を開いたのはバイシャー星人のカズージである。
「キノッサぞん、キノッサぞん」
「な…なんスか?」
「本当こつ、こん中ザ入るべやか?」
「あ、あ、あ、当たり前ッスよ!!」
そう応じながらキノッサは、口ごもってしまう自分にがっかりした。こんな時こそ、指揮官らしく振舞わねばならないのに…と分かっているからだ。
これがノヴァルナであれば「たりめーよ!」と威勢よく即答し、「こいつは楽しくなって来たじゃねーか!」と面白がりさえするだろう。
自分はノヴァルナ様のようにはなれない…と理解していても、キノッサはもどかしさを感じた。すると案の定、ハートスティンガーの部下達が、不安げに顔を見合わせて身じろぎを始める。
とその時、モニター画面を見詰めたまま、P1‐0号が意見を述べた。
「ここに来るまでの間に行った、外壁の補強作業により、理論数値上は『スノン・マーダーの空隙』へ到着するまでなら、激流に耐えられるはずです」
そしてP1‐0号が選んだ最適解は、ここでさらに、皮肉的な冗談を加える事であった。
「ハートスティンガーの親分が、生産量を水増しするために、鋼材の合金比率を僕が指定した数値から、勝手に変更していなければ…ですが」
「なんだとぉ!?」
我に返って怒鳴り声を上げるハートスティンガーに、周囲で笑いが起こる。
P1‐0号の機転で場が和むと同時に、気持ちを引き締め直したキノッサは、真面目な口調で告げた。
「行くッス! 決意を持って出たからには、こんな事でビビッてられないッス!」
その言葉に中央指令室にいる者達は、眼差しも鋭く頷いた。ハートスティンガーやその協力者にとっても、非合法組織の日陰者であった自分達が再び世に出る、またとない機会なのだ。
「よっし。じゃ、行くか!」
ハートスティンガーは首を左右に傾け、ゴキゴキと首筋を鳴らしながら二歩、三歩と前ヘ進むと、オペレーターをしている部下達に力強く命じる。
「ステーション、各貨物船。重力子フィールド展開。前進開始!」
すると巨大な立方体の宇宙ステーションと、それをワイヤーで曳航する三十隻以上の貨物船が、黄色もしくはオレンジ色をした、光の泡のようなものに包まれるのが、一瞬だけ見えた。ブラックホールの重力勾配から来る、星間ガスの激流から受ける影響を、可能な限り緩和するためだ。
ほどなくして宇宙ステーションが動き始める。前方ビュアーには突入箇所に選定された、星間ガスの流れの比較的緩やかな場所が、まるでビーム砲かミサイルの照準を合わせるように、レティクルに補足されている。
「星間ガス流、突入までのカウントダウン。180秒前より開始」
「現在、対消滅反応炉稼働率、72パーセント」
「外壁補強材に異常なし」
「ティヌート=ダイナン様より入電。“ワレ先行ス”」
元イル・ワークラン=ウォーダ家武将のダイナンが座乗する重巡航艦が、宇宙ステーションからやや距離を置いて先行し、星間ガスの急流の中へ進んで行った。突入の瞬間、艦は大きく斜めに傾いたが、すぐに立て直しをかけてバランスを取り戻す。そしてそのまま紫色の星間ガスの向こうへ、姿を消していく………
「…43……42……41…」
その間にもカウントダウンを読み上げるP1‐0号。
「もう少し突入角度を浅くした方がいいッスか?」
ダイナンの重巡が突入する光景を見て、キノッサは宇宙ステーションの突入角度を、修正すべきではないかとハートスティンガーに尋ねる。
「そうだな。プラス8度…ってところか」
ハートスティンガーの意見を容れたキノッサは、曳航する貨物船群に命令を出して、星間ガスの流れへの突入角度をさらに浅くした。P1‐0号のカウントダウンが続く。
「…8……7、総員、突入時の衝撃に備え!…3……2……1……突入!」
▶#21につづく
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
Solomon's Gate
坂森大我
SF
人類が宇宙に拠点を設けてから既に千年が経過していた。地球の衛星軌道上から始まった宇宙開発も火星圏、木星圏を経て今や土星圏にまで及んでいる。
ミハル・エアハルトは木星圏に住む十八歳の専門学校生。彼女の学び舎はセントグラード航宙士学校といい、その名の通りパイロットとなるための学校である。
実技は常に学年トップの成績であったものの、ミハルは最終学年になっても就職活動すらしていなかった。なぜなら彼女は航宙機への興味を失っていたからだ。しかし、強要された航宙機レースへの参加を境にミハルの人生が一変していく。レースにより思い出した。幼き日に覚えた感情。誰よりも航宙機が好きだったことを。
ミハルがパイロットとして歩む決意をした一方で、太陽系は思わぬ事態に発展していた。
主要な宙域となるはずだった土星が突如として消失してしまったのだ。加えて消失痕にはワームホールが出現し、異なる銀河との接続を果たしてしまう。
ワームホールの出現まではまだ看過できた人類。しかし、調査を進めるにつれ望みもしない事実が明らかとなっていく。人類は選択を迫られることになった。
人類にとって最悪のシナリオが現実味を帯びていく。星系の情勢とは少しの接点もなかったミハルだが、巨大な暗雲はいとも容易く彼女を飲み込んでいった。
銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児
潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。
その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。
日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。
主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。
史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。
大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑)
※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる