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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#17
しおりを挟む何千年昔かは分からないが、機械生物の生まれた惑星―――現在の銀河皇国で、カタログナンバーUT‐6592786星系第四惑星は、当時は全土を機械装置に覆われた惑星であった。皇都惑星キヨウに似てはいるが、キヨウのように惑星全土が都市という印象ではなく、惑星そのものが機械で出来ている感じだ。
惑星に住む知的生命体は、かつては人間と同じ生身の肉体を持つ、自然発生したのち進化を繰り返して来た生命体であった。それが科学文明の発達と共に、電脳化を進めていったのである。
その電脳化の方向も、いわゆるサイボーグ化ではなく、自らの人格や意識を演算信号化して、機械惑星の中に取り込むというものだ。つまり個人の中にネットワーク端末を同化させる、銀河皇国のNNLとは正反対の方向へ、技術を進めたのである。機械惑星と一体となった彼等の意識は、時には個々であり、時には全体であって、必要が生じた時にのみ、アンドロイドの体に意識を移して、活動するというものだった。
そこからさらに数百年が経ち、第四惑星の知的生命体は、より高い次元の存在へ進化する時期を迎えた。P1‐0号には理解できない話だが、時空次元の話ではなく、自分達の次元にいる生命体では認識できない世界という事らしい。
そして彼等は“旅立つ”際、昆虫型機械生命体を作り出した。それは惑星を覆っている機械装置を解体し、分子レベルまで処理し、第四惑星を本来の自然な惑星に戻させるためである。
機械生物の“記憶”を見たP1‐0号は、中央指令室で得たデータと照らし合わせて、さらに検証した。
銀河皇国の学術調査船『パルセンティア』号が第四惑星を訪れたのは、機械生物達が惑星の環境復活を開始してから、かなりの年月が経っていたらしく、すでに大半の機械装置は分解されて、第四惑星は荒涼な惑星となっていた。だが一部では植物の存在も確認されており、さらに数千年経てば、本来の環境を取り戻す可能性が高いと思われる。
“昆虫型機械生物もいずれ機械ではなく、自然由来の昆虫の体を生成するようになるかもしれない…もしかすると昆虫型機械生物が、生存や増殖の本能を与えられているのは、いつの日か本物の昆虫となる時のためではないのか?”
同化を試みている機械生物とのデータ共有から、P1‐0号は独自の推論を導き出した。するとその時、P1‐0号にとっては不思議な、“ざらり…”と纏わりつくようなデータの存在を感じる。機械生物のデータではない。自分のメモリーバンクの中だ。今までこんなものは無かったはずだ…とP1‐0号は、データを開封してみた。
そして、アンドロイドに驚愕する機能があったとしたら、今のP1‐0号の反応がそれであろう。新たに発見したデータは、百年前に消去されたはずの、P1‐0号の古いデータだったのだ。
「僕はタイプRI‐Q:P1‐0号…ではなく、ミッシングナンバーとされる検証機RI‐Q:1000号が本来の名称―――」
おそらく、背中に張り付いた機械生物の同化作業が電子脳にまで及んで、リセットされたはずの過去のデータの、一部が復元されたのだろう。自分の本来の名前を思い出したP1‐0号は、何の検証機であったかも思い出す。量子ゆらぎを応用した感情プラグラムによって…
アンドロイドは感情を持つことができるか―――
それは皇国科学省の歴史の中で、その時々の最先端のアンドロイドを使用して、何度か試みられて来た実証実験であった。
この場合の感情というのは例えば、応対する相手からの情報入力に対して、それに見合った感情を示す反応を選択して返すのではなく、不確定性原理の範囲内で起こる量子ゆらぎによってもたらされる、自意識から発生する反応を返す事だ。
つまりあるアンドロイドに、キノッサがからかう言葉を投げかけたとする。そのアンドロイドが従来型の、疑似感情を組み込まれた電子脳を備えたものであれば、最初に愛想笑いの反応を選択したアンドロイドは、毎回愛想笑いを選択するようになる。これは最初に批判的な反応を選択した場合も然りだ。
ところが自意識から来る感情を持ったアンドロイドの場合は、キノッサの表情や発言の前後と周囲の状況把握、俗にいう“その場の空気を読む”に加え、自身の量子ゆらぎから来る感情の振れ幅から、冗談を返したり、皮肉を返したり、怒ったりと、時と場合によって様々な反応を示すようになる、というものだ。
“僕を含む1000から1005号は、最新型の量子ゆらぎ機能を持つ電子脳を与えられ、実際に自意識を持つ事が可能となっているかを、検証するため製造されたタイプRI‐Qの特殊型―――この世界には存在しないはずの、非公式ミッシングナンバーだったんだ…”
だが―――
皮肉な事に検証が繰り返されるほど、タイプRI‐Q:1000が本当に、感情を獲得する事に成功したのかが、不確実性を増していったのである。そもそも人間の持つ自意識というもの自体、突き詰めれば超精巧なプログラムではないのか?…という問題に行き着くからだ。
そして実証実験は結論を得ないまま中断された。『オーニン・ノーラ戦役』の戦火が、皇都キヨウにまで及び始めたためである。対立するホルソミカ、ヤーマナいずれかの勢力の手に落ち、軍事利用されることを恐れた科学省は、RI‐Q:1000のメモリーバンクをリセットし、タイプRI‐Qの通常型を表すP1‐0号の名称を与えて、惑星ラヴランへ送り出したのだった。
P1‐0号の名を与えられたRI‐Q:1000はその高性能から、送り込まれた惑星ラヴランのアル・ミスリル採掘プラントを運用する、全システムの制御権限を得、すべてのアンドロイドと自律コンピューターを指揮していた。それからの経緯は、ハートスティンガー達の知るところである。
“僕のこの自問自答の演算能力や、相手の言葉の意味や口調に対して、最適解を返す処理能力は、自意識から来るもの…という事なのだろうか―――”
だがP1‐0号の自己演算は、不意にそこで途切れた。ウイルスプログラムが作動し、背中に取り付いていた機械生物が機能を停止したため、同化が始まっていたP1‐0号も機能が停止したのだ。ガシャリと音を立てて床に崩れ落ちるP1‐0号。
その一瞬後、宇宙ステーション内にはびこっていた機械生物達も、一斉に機能を停止した。想定通りの結果である。だがこれを発案したP1‐0号まで、機能を停止したのはキノッサにとって想定外の出来事だった。こうなる事はP1‐0号から聞かされては無かったからだ。
「アイツ!!」
勢いよく駆け出したキノッサは、中央指令室を飛び出して行く。P1‐0号を助けるためだ。カズージとホーリオもついて行く。
「俺達も行くぞ!」
そう言ってハートスティンガーも、部下を引き連れてキノッサに続いた。彼等の後姿を眺めて、“しょうがない男どもだねぇ…”と言わんばかりの顔をするモルタナ。現在広く使用されているアンドロイドが全てロボット然として、人間との交流において無機質な反応しか示さないのは、機械のアンドロイドに対して、このような感情的な行動に出る事を、避けるためのものなのだ。
「ああいうトコはやっぱり…ノヴァルナの影響なんだろうねぇ」
ここ一番でのキノッサの反応を見て、モルタナは独り言ちる。理屈ではなく自分の感性の赴くままに―――そうやって自分達『クーギス党』も、ノヴァルナに滅亡の危機を救われた以上、モルタナはキノッサの衝動的な行いを、止める気にはなれなかった。
かくして昆虫型機械生物による一連の騒動は、とりあえずの終息を迎え、キノッサ達は旧サイドゥ家の宇宙ステーションを、ミノネリラ宙域は『ナグァルラワン暗黒星団域』に向けて、移動させる準備を本格化させた。だが機械生物への対処で、作戦スケジュールには遅延が生じ始めている。
そして…機械生物の脅威はまだ、去った訳ではなかった―――
▶#18につづく
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