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第3話:スノン・マーダーの一夜城

#16

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「なんせPON1号本人曰く、タイプRI‐Qは百年も前に少数だけ生産された、汎用性を最優先にした、いわゆるレア物らしいんス。昔、興味本位でアイツと一緒に、タイプRI‐Qの事を調べた事があって、アイツは皇国技研が開発元らしいんスけど、開発された時はちょうど『オーニン・ノーラ戦役』の頃でして、データがほとんど残ってなかったんス」

 約百年前に有力貴族のホルソミカ家と、ヤーマナ家を中心に起きた銀河皇国最大の内乱である『オーニン・ノーラ戦役』では、皇都惑星キヨウまで両家の宇宙艦隊からの艦砲射撃に晒され、さらに周辺で発生した艦隊戦で行われた電子戦により、中央行政府『ゴーショ・ウルム』周辺に配置された、皇国直轄の各機関までが大きな損害を受けた。
 そのような中で、銀河皇国科学技術研究所―――皇国技研も大きな被害を受け、P1‐0号を含むタイプRI‐Qアンドロイドに関する、開発目的と開発経緯についてのデータも喪失してしまったらしい。

 キノッサの言葉を聞いて、モルタナは肩をすくめた。

「つまりは“謎のアンドロイド”ってワケかい…アイツ自身は、どうやって製造されたかとか、なんでこの星に送られたとか、覚えちゃいないのかい?」

「さぁそこだ―――」

 ハートスティンガーが黒い髭を生やした顎を撫でながら、モニター画面を見詰めてモルタナの問いに答える。

「アイツはラヴランに送られる前に、一度、メモリーバンクをリセットされたみたいでな。担当官を名乗る技研の人間から、俺達がアジトにしていた採掘プラントを管理・運営するための、データを与えられた時以前の記録…まぁ言ゃあ記憶だな、それが全くないみてぇなんだ」

 それを聞いてモルタナな「ふーん…」と声を漏らし、暗視フィルターのかかったモニター画面の中で、通路を歩いて行くP1‐0号の後ろ姿を眺めながら、ますます不審の度合いを増した表情で応じた。

「怪しい事、この上ないね」




 そして通路を進むP1‐0号は、これまで幾度となく繰り返して来た、“演算”をここでも行っていた。


 空虚さを感じるという事は…いまの状況を“空虚”と判断するのは、自分自身に意思がある事を示しているのだろうか―――


 何も考える必要のない状況で、何も考えていないと判断するのは、そこに自我が存在しているからではないのか―――


 現在の何も考える事のない時間が、休眠状態にあった時間とは違うと判断する根拠は、どこにあるのか…


 ただどれほど“演算”を繰り返しても、正解を導き出す事は出来ない。不確定な情報ばかりが自分の電子脳で出入力されるからだ。
 
 そんなP1‐0号が“他のアンドロイド達も、自分と同じような演算を行っているのだろうか…”と、考えたその時であった。通路の天井部が、吹き抜けとなった箇所に差し掛かっていたP1‐0号に、機械生物が真上から飛び降りて来たのである。

 ガツン!と感じる大きな衝撃。それは腹部に内蔵されたジャイロスタビライザーの調整限界を超え、P1‐0号は床に突っ伏した。いきなり背後を取られたため視覚では捉えられないが、間違いなく機械生物の襲撃だ。するとその直後、首の付け根の金属製外殻が、硬く鋭く尖ったもので突き破られる感覚情報が、電子脳へ伝達される。サシガメ型機械生物の嘴が突き刺さったのである。だが無論、損傷信号を受信はするものの、痛みなどはない。

「出やがったぞ!」

 モニターで監視していたハートスティンガーが、中央指令室で小さく叫ぶ。這いつくばったP1‐0号の背中にしがみついた、サシガメ型機械生物のセンサーアイが、赤い光を放ってゆっくりと点滅を始める。

「PON1号…」

 これは作戦であり、P1‐0号はアンドロイドであり、狙い通りの展開であると知りながらも、機械生物に襲い掛かられているP1‐0号の姿を見るキノッサは、自らの心がぞわぞわするのを止められず、膝に置いた拳を握り締めた。

 そのP1‐0号は、外殻を突き破った機械生物の嘴の先端が、NNLアダプタを組み込まれた脊髄部へ達するのを感知する。先端が二つに開き、無数の細いケーブルが伸び出して、接合点を探り始めた。人間の体内に同化されている半生体ユニットのNNL端末とは違い、完全機械のP1‐0号のNNLアダプタと、機械生物が接合するのは容易だ。

 接合完了…と次の瞬間、機械生物がスキャニングを始めると同時に、P1‐0号は自分の電子脳内に、膨大な量の情報が流れ込んで来るのを感じた。同化が始まったため、双方の持つプログラムも共有され始めたのだ。

“これは興味深い…技術体系が違う異星文明のプログラム…ほとんどは解析不能だが…幾つかは読み取る事が出来るぞ…”

 機械生物はこれまで捕えた人間と同化し、個人の持つNNL端末から、銀河皇国のNNLメインシステムへ侵入しようと試みて来た。その過程で銀河皇国のプログラミング言語を解析しており、自らのデータの一部をすでに、銀河皇国のプログラミング言語に置き換えていたのである。

“ほう…これは彼等の記録…いや、記憶か…”

 読み取る事が出来る部分のデータを解析してみたP1‐0号が、電子脳内に再生したのは、機械生物達の古い記憶であった………





▶#17につづく
 
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