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第3話:スノン・マーダーの一夜城

#15

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 キノッサの言う“冷静な判断”は間違ってはいない。おそらくウイルスプログラムの話が出た時、自分が囮になると言ったのをP1‐0号に諫められた事が、頭にあったのだろう。有能な武将となるには“熱さ”も重要だが、まず何よりは状況を冷静に見る、判断力が求められるものだ。

「キノッサ。おまえまで!」

 ギリッと奥歯を噛み鳴らすハートスティンガー。ただ怒りの矛先が自分に向けられても、キノッサはハートスティンガーを真っ直ぐ見据えて告げる。

「指揮官は…俺っちス!」

「なっ………」

 これに対しハートスティンガーは、何かを言い返しかけて言葉を飲み込んだ。組織の指導者でもある自分が、指揮系統の序列を乱すような事を行うのは、控えるべきだと瞬時に自制したのだ。鼻から大きく息を噴き出し、自分自身にも言い聞かせるように応じる。

「わかった…この場は、おまえに預けといてやる」

 ハートスティンガーの言葉に、キノッサは憎めない笑顔になり、ペコリと頭を下げて謝意を表す。こういった所もこの若者の人当たりの良さであろう。

 するとおもむろにP1‐0号が席を立ち、キノッサ達に振り向いた。

「親分。僕は可能性の話をしたまでです。僕の作戦が成功すれば、僕の提案はただの杞憂に終わって何の問題もありません」

 そして背中側の首の付け根を、左手でごく軽く叩きながら続ける。

「ウイルスプログラムが完成しました。すでに僕の脊髄部のNNLアダプタに、仕込んでいますので、これよりすぐに実行に移ります」




 そして約二十分後、囮の役目を担ったP1‐0号は一人で、対消滅反応炉へ続く通路を歩いていた。ここでも足元の非常用照明だけが点灯しており、視界はやはり薄暗い。しかしアンドロイドであるP1‐0号にとっては、たとえ周囲が真っ暗闇であっても、暗視機能があるために問題はなかった。

 しんと静まり返る暗い通路に、P1‐0号の脚の関節が発する、微かな金属音だけが響く。中央指令室ではその様子をモニタリングしている画面を、キノッサ達が真剣な眼差しで見詰めていた。

「あのアンドロイドってば…でかい口叩いてたけど、大丈夫なんだろね? 間違ってNNLに侵入されたら、シャレになんないよ」

 モルタナがそう尋ねると、キノッサは画面を見たままで答える。

「あいつは百年も前に作られたアンドロイドなんで、さすがに現代のNNLの規格には合ってないんス。だから虫に体を完全に乗っ取られても、皇国のNNLメインシステムに接続する事は不可能ッス」

「そういやアイツ、百年も前の代物なのに、今の技術で作られてるアンドロイドと遜色ないばかりか、それ以上のように見える時まであるけど…なんなんだい?」
 
 モルタナのP1‐0号に対する疑問に、キノッサは自分がハートスティンガーの組織に加わった頃を思い起こしながら、言葉を返した。

「そういった話なら、昔…惑星ラヴランのアジトにいた頃、直接PON1号に訊いた事があるんスよ」

「へぇ…それで?」

「今の銀河皇国は、数百年前から科学技術の進歩が、袋小路に入ってしまってる状態らしいんス」

「その話ならあたいも聞いた事あるよ」

 ヤヴァルト銀河皇国は建国以来、現在で1562年を経ているが、これは銀河系進出を開始する前の、惑星キヨウのみを支配していた時代も含んでの年数であり、銀河に版図を広げ始めたのは1240年代からである。
 ただこの頃にはすでに、科学技術の進歩の停滞は始まっており、革新的・画期的技術の発明・開発が目に見えて減少していっていたのだ。

 その幾つかを例に挙げると、まずNNL(ニューロネットライン)だ。これは今のヤヴァルト銀河皇国が、ヤヴァルト共和連邦として惑星キヨウを統一した頃と、基本的なシステムは変わっておらず、その規模を銀河中に拡大しただけのようなものであった。
 そして恒星間航行技術のDFドライヴ。これもその理論は、皇国の銀河進出以前から確立されており、実用に耐えうる対消滅反応炉建造技術が、理論に追いついて来るのを待つ状態であった。しかも開発に成功したものの、当初は大した距離も恒星間転移できず、特殊鉱物のアクアダイトの発見によって、現在の長距離転移が可能となったのだ。
 さらに軍事面においても、現在の宇宙空間での機動戦の主役となっている、人型機動兵器のBSIユニットは、元はと言えば銀河皇国が開発したものではなく、皇国暦1300年代に遭遇し、大規模な恒星間戦争が発生した、異星人恒星間国家モルンゴール帝国が運用していた機動兵器だったのである。

「そんなもんだから、当時の“自称”最新型だった自分は、百年後の今でも最新型に近い性能が、あるってことらしいんス」

 キノッサはそう言うが、モルタナは納得できない顔で応じる。

「ホントにそれだけなのかい?…あたいらもアンドロイドは使ってるけど、なんか違うんだよアイツは、言ってる事がさ」

 それに答えたのはハートスティンガーだった。

「実のところ、俺達にもよく分からんのだ。あのP1‐0号は」

「なんだい、そりゃ?」

「俺達がラヴランのアル・ミスリル採掘プラントに流れ着いた時、あいつはプラントのシステム運営権を持たされたまま、休眠状態に置かれてたんだ。だが一体のアンドロイドに運営権を持たせるなんて、聞いたことのない話だぜ」




▶#16につづく
 
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