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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#13
しおりを挟む『フラクロン』からの砲撃によって『バンザー』が爆発する様子は、宇宙ステーションでも視認できた。モルタナが反射的に、『ラブリー・ドーター』へ連絡を入れるのと、『ラブリー・ドーター』からモルタナへ連絡が入るのとはほぼ同時だ。
「何が起きたんだ!?」
叫ぶように問うモルタナ。
「け、軽巡の一隻が、虫どもに乗っ取られました!!」
「なんだって!! もう装甲が破られたってのかい!?」
「それが装甲の無い、主砲の基部に張り付いてた奴が、一匹居たんでさぁ!!」
軽巡『フラクロン』の第一主砲塔基部に突き刺さった、昆虫型機械生物の嘴からは、直径が五ミリにも満たない細さのケーブルが何本も、数百メートルにも及ぶ長さで伸び出し、艦内の様々な端末に入り込んで強制接続している。そしてそれらの内で、『ラブリー・ドーター』からの遠隔操作信号にアクセス出来たものが、割り込みを掛けて『フラクロン』の制御を乗っ取っていたのだ。
しかも機械生物に乗っ取られた『フラクロン』は、さらに回頭を行って、『ラブリー・ドーター』に向かい始めた。
「軽巡がこっちに向かって来やす!」
通信パネルから聞こえる、『ラブリー・ドーター』からの音声に、反応したのはP1‐0号だ。早口で意見する。
「遠隔操作の接続を切るべきです!」
「離れろ『ラブリー・ドーター! 遠隔操作を切りな!!』
『フラクロン』の制御を奪った機械生物達が次に狙ったのは、『フラクロン』を遠隔操作していた『ラブリー・ドーター』だった。無人の『フラクロン』と違い、『ラブリー・ドーター』にはモルタナの部下達が乗っており、モルタナをはじめ、彼等はノヴァルナと友好関係を結んだ事で、星大名ウォーダ家の権限でNNLの皇国メインシステムへのアクセス権が復活している。
モルタナの指示を受け、『フラクロン』との遠隔操作リンカーを切断した『ラブリー・ドーター』は、右舷下方に舵を切って急速離脱を図った。同時に艦の外殻にエネルギーシールドを張る。だがそのエネルギーシールドが表面を覆いきる前に、『フラクロン』が放った主砲のビームが命中する。
「うぁあああッ!」
激しい衝撃に、床へ投げ出されるモルタナの部下達。『ラブリー・ドーター』の艦橋に警報が鳴り始める。機械生物による照準は正確無比で、推進機区画に被弾した艦は、エンジンが停止してしまった。すると、それまで『フラクロン』の表面に張り付いていた、機械生物が次々と飛び立ち、『ラブリー・ドーター』へ向かい始める。その中には、爆発した『バンザー』の方に張り付いていたものもおり、数は二十体以上はいた。
「どうしたのさ! 早く離脱しな!!」
モルタナが焦るのも無理はない。快速自慢のはずの『ラブリー・ドーター』が、機械生物の群れに接近されても、宇宙空間を漂うに任せているからだ。
「エンジンの再始動はまだなのか!?」
「駄目だ! 重力子抽出値が全く上がらねぇ!!」
『ラブリー・ドーター』内ではモルタナの部下達が、表情を強張らせて艦の復旧を急いでいる。だが『フラクロン』の主砲射撃は一撃で、『ラブリー・ドーター』の弱点を突いていた。『ラブリー・ドーター』はロッガ家の軍用輸送艦を改造し、貨物積載量を減らして、もう一隻あった輸送艦の対消滅反応炉と、重力子推進機を搭載して速力を倍増させていた。『フラクロン』の射撃はその重力子推進機二隻分の、強制接合部を破壊していたのだ。
モルタナから艦を預かっている幹部は、両眼を血走らせて決意を口にした。
「虫どもに取り付かれたら…この艦を自爆させる。いいな!?」
彼等もモルタナからの随時の連絡により、機械生物の習性は把握している。自分達が機械生物に捕らえられて、銀河皇国のNNLメインシステムへ侵入される事だけは、命に代えても避けるという覚悟が彼等にはあったのだ。幹部の言葉に、『ラブリー・ドーター』のクルーは無言で頷く。宇宙海賊を名乗り、母船の『ビッグ・マム』に妻子父母を待たせる彼等だが、その心は元シズマ恒星群独立管領クーギス家の、武人としての心を失ってはいないのだ。
備え付けの自爆装置の作動スイッチに手を置き、離脱よりむしろ、全てのカメムシ型機械生物が、『ラブリー・ドーター』に取り付くのを待つ幹部の男。ところがその時、幾条ものビームが漆黒の宇宙を切り裂き、『ラブリー・ドーター』の目前まで迫っていた機械生物達を次々と火球に変える。そして入って来る通信。
「こちらダイナンだ。『ラブリー・ドーター』、援護する」
駆けつけて来たのはティヌート=ダイイナンと、彼が率いる三隻の重巡航艦だった。主砲を高威力のチャージモードから、速射性に優れたクイックモードに変え、矢継ぎ早に撃ち放つ。閃光と共に砕け散っていく機械生物。
すると『フラクロン』が戦闘態勢で距離を詰めて来た。ダイナンの座乗艦に向けて放たれる主砲。だが重巡は一瞬先にアクティブシールドを展開していた。陽電子の光の盾に弾かれる『フラクロン』のビーム。
ダイナンの乗る重巡航艦と、機械生物に乗っ取られた軽巡『フラクロン』は、まるで馬を馳せて一騎打ちを行う騎士のように、真っ直ぐ前進しつつ主砲を撃ち合った。ほとばしる両艦のビーム。『フラクロン』のビームが再び、ダイナンの重巡が展開するアクティブシールドに弾かれる。
機械生物は『ラブリー・ドーター』からの遠隔操作信号を解析して、『フラクロン』のメインコンピューターに侵入。艦の機能を掌握したのだが、当然ながら重巡航艦と軽巡航艦の違いまで、理解できるものではなかった。漂流する『ラブリー・ドーター』の脇を航過したダイナンの重巡航艦が、『フラクロン』へ向けて主砲を放つと、それは直撃弾となって『フラクロン』の艦首に爆発を発生させる。
その衝撃でつんのめったように、上方へ半回転する『フラクロン』。
そこへ重巡のさらなる主砲ビームが連続して命中。上部構造物を破壊された『フラクロン』は、より大きな爆発を起こして艦体が真っ二つになった。制御できなくなった『フラクロン』から飛び立った機械生物は、今度はダイナンの重巡航艦に向かおうとするが、即座に射出された迎撃誘導弾にあえなく仕留められた。
「状況終了。機械の虫は全て破壊した」
ダイナンからの連絡に安堵の息をついたモルタナは、『ラブリー・ドーター』に改めて呼びかける。
「『ラブリー・ドーター』…報告しな」
少し間を置いて、幹部の男が固い口調で告げた。
「推進系の改造部が撃ち抜かれてます。応急修理には半日…本格修理をするには、ドック入りが必要になりそうですぜ」
「ドック入り…分かったよ。とにかく出来るだけ早く、少しでも動けるようにするんだよ。いいね?」
「了解です」
幹部との通信をモルタナが終えると、入れ替わりにダイナンが呼びかけて来る。
「クーギスの副頭領。済まない…君たちの軽巡を、破壊してしまった」
ダイナンの律義さを好ましく思い、モルザンはため息交じりの笑顔で応じた。
「いいや。むしろ礼を言わせてもらうよ。『ラブリー・ドーター』を助けてくれてさ。昔あんたの親父さんに世話になってたけど、その息子にも助けられるなんて、有り難い話さ」
「そう言ってもらえると気が休まる。では…」
ダイナンが通信を切ると、キノッサがモルタナに申し出て来る。
「軽巡の喪失については、俺っちからノヴァルナ様に頼み込んででも、新しいのを二隻用意させて頂きますです」
するとモルタナは振り向きざまに、ペチン!…とキノッサの頭を軽く張り、冗談とも本気ともつかぬ口調で言い放った。
「三隻だよ! 迷惑料でもう一隻追加ってワケさ。海賊を舐めんじゃないよ!」
▶#14につづく
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