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第3話:スノン・マーダーの一夜城

#05

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 モルタナの反応に首を傾げながらも、キノッサは次の行動をハートスティンガーに相談する。

「ともかくこのまま、じっとしてるワケにはいかないッス」

 頷くハートスティンガー。

「そいつは同感だ。このままじゃ埒があかねぇのは確かだからな。おいP1‐0号よ、ステーションに入っても大丈夫だと思うか?」

「安全性の観点から言えば否定します。しかし今回の作戦を継続するのであれば、ステーション内への進入は必然。充分な装備が絶対条件です」

「でもハァ、近づくとあの虫が、こっちにも来んでねッガ?」

 カズージが大きな眼をギョロリとさせて疑問を呈する。

「ステーションの規模を見ると船外作業艇の数は、軽巡航艦に取り付いているので全部だと思う」

「だったらあの軽巡をもっと遠ざけて、虫どもがすぐには戻って来られない距離に置いて、その隙にステーションの内部へ入るのがいいな」

 P1‐0号の見解を聞いて、ハートスティンガーは早めの内部進入を意見した。この男としては、行方不明のままになっている先行貨物船乗員の安否確認を、急ぎたいのだろう。

「了解ッス。それでいくッス」

 時間的余裕はあまり無いキノッサも同意した。ただ慎重さも忘れず、ステーション内部へ入るのは、『ブラックフラグ』号に乗るメンバーのみがまず先行。残りの貨物船は、協力者の船と共に安全距離で待機。またダイナンの三隻の重巡は、一隻が『ブラックフラグ』号の護衛に付き、あとの二隻が、他の貨物船の護衛を行う事を取り決めた。

「その機械生物とやらは、現れたら排除していいんだな?」

 ハートスティンガーが尋ねると、この築城作戦の司令官であるキノッサは、躊躇いを見せずに肯定する。

「モルタナのあねさんの話にあった通り、略奪集団といっても犠牲者が出てて、また親分の貨物船のクルーのこともあるッス。ここはノヴァルナ様から指揮権を頂いている俺っちの責任で、排除の方向で動くッス」

「へへ…頼もしいじゃねぇか。よし、そうと決まれば、早速行こうぜ!!」

 以前のキノッサを知るハートスティンガーと彼の幹部達は皆、一端の口を利くようになった猿顔の若者に、柔らかな笑顔を向けて頷く。そして程なくして、ダイナンの乗る重巡航艦を前方斜め上に置き、前進を始めた『ブラックフラグ』号は、機械生物の襲撃を受ける事無く、旧サイドゥ家の宇宙ステーションへ接近していったのであった。

 
 宇宙ステーションに到着した『ブラックフラグ』号は、宇宙船を収容するドッキングベイではなく、立方体構造の各所にある、非常時に脱出用宇宙船を接舷させるための、エマージェンシーポートの一つへ向かった。ここまでステーション内にも居るはずの機械生物に、動きは見られない。ダイナンの重巡航艦からの情報では、ステーションの防衛システムも、作動していないようである。

 万が一の場合に備え、やや離れた位置でダイナンの重巡を遊弋させ、『ブラックフラグ』号は宇宙ステーションに接舷した。接続状況を確認した船のオペレーターが報告する。

「ステーションとの接続、各種異常なし。内部の空気循環システムも、稼働している模様。成分分析結果はクリアです」

 完全武装しエアロックで待機していたキノッサ達は、この報告で少し安堵の息を漏らした。ステーションのシステム自体は、通常通り稼働しているからだ。もし機械生物とかいうものが、ステーション全体のシステムにまで侵入していた場合、大規模な対策を講じる必要性が、生じるかも知れないからだ。

 『ブラックフラグ』号のエアロック内で電子音声が、宇宙ステーション側の気圧と同調が完了した事を告げる。どこから手に入れたのかは分からない、ウォーダ軍の陸戦隊が使用するボディアーマーなどの、装備一式を身に着けたハートスティンガー達十二名は、ブラスターライフルを手に互いの顔を見て小さく頷いた。

「よし。行くぞ」

 短く告げたハートスティンガーは、船外扉の開閉スイッチに手を触れさせる。僅かに重量感を感じさせる音を立て、船とステーションを隔てていた、両方の気密扉が同時に開く。センサー情報ではステーション側のエアロックの、無人状態が確認されてはいるが、開いた扉の向こうに銃口を向ける事は怠らない。

 ステーション側のエアロック内は、足元を照らす非常灯が黄色い光を放っているだけで薄暗い。流れ込んで来る空気は予想に反し、湿度を感じさせた。まず三名のハートスティンガーの部下が、ブラスターライフルを構えたまま前進する。どうやら向こう側のエアロックにも異常はなさそうだ。

 部下の「クリア」という報告に、ハートスティンガーはついて来いという身振りで、自分を含め残る九名の前進を促す。その後に続くキノッサは、一番小さいサイズのボディアーマーを身に着けていたが、それでも大きすぎて、フルフェイスのヘルメットをしきりに被り直している。これに対しホーリオは対照的に、一分の隙も無く軍装を着こなしていた。それもそのはずでイル・ワークラン=ウォーダ家に仕えていた頃は、陸戦隊の経験もあったらしい。
 
 エアロックから通路に出る。通路もやはり非常灯のみの明かりで薄暗い。空気循環機能のほか、ステーションの機能を最低限のレベルで維持しているようだ。ただフルフェイスヘルメットの光学バイザーが、明るさ補正をしていて視覚的には、それほど暗くはなく、通路の形状も判別する事が可能である。

 キノッサはデータパッドを取り出すと、現在位置からステーションの中央指令室までの道順を探った。ステーションを形作る立方体の一辺はおよそ六百メートル。細い桁材を組んだ中に、ブロック構造の各セクションが配置されている構造であるため、中央指令室までのルートは限られている。

「ここをこう行って…こう…こうで、こうッスね!」

 データパッドのスクリーンに映し出されたステーション構造図の、通路部分を指でなぞって、中央指令室までのルートをオレンジ色に着色したキノッサは、通路の先のT字路を顎でしゃくって「まずはあそこを、左ッス!」と告げ、先頭をきって早足で歩き出した。

「おい、キノッサ。そんなに急ぐな!」

 小声で引き止めるハートスティンガーをよそに、キノッサはカズージとホーリオを引き連れて、早くもT字路へ差し掛かる。ところがキノッサが角を左に曲がった瞬間、何かが眼にも留まらぬ速さで飛び掛かって来た。するとキノッサが反射的に身をすくめるより早く、後ろから伸びて来た太い腕が軍装の襟をむんずと掴み、力任せにキノッサの小柄な体を後方へ引き倒す。キノッサに従っていたホーリオだ。「うえええっ!」と声を上げて転がっていくキノッサ。

 一方で、キノッサを狙って飛び掛かって来た“何か”は、空振りを喰らわされて壁に激突すると、その反動を利用したかのように跳びはねて、通路上に着地した。

「なっ…なに!!!!」

 その襲い掛かって来たものの姿を見て、ハートスティンガーは息を呑んだ。四つん這いになった半裸の人間男性だったからだ。
 男は長期間、光に当たっていないらしく、肌は蝋細工のように白く所々で酷くただれている。どうやら一部が壊死しているようだ。頭髪も大半が抜け落ちており、残った毛は伸び放題に長かった。眼には生気がなく、まるでゾンビである。
 そしてなにより異様なのは、背中にへばりついている巨大な昆虫だった。水棲昆虫のタガメを大きくしたようなものが、六本の脚で背中にしがみつき、先端の鋭い鉤爪は両脇腹の皮膚に深く食い込んでいる。

「フリーズ! 両手を頭の後ろに置き、腹這いになれ!!」

 ライフルを構えて命令するホーリオ。だが男は真っ白な顔を禍々しく歪めるだけだった。




▶#06につづく
 
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