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第2話:キノッサの大博打
#20
しおりを挟むキノッサが自分の考えも包み隠さず交えて述べた、築城作戦の概要は以下の通りであった―――
『ナグァルラワン暗黒星団域』内にある『スノン・マーダーの空隙』の周囲は、“上流”の濃密なガス星雲から“下流”の大型ブラックホールに向け、光速の三十パーセントにも及ぶ速度で、星間ガスが流れている。
これは“下流”のブラックホールに向かうまでの間に幾つか存在する、複数のブラックホールが引き起こす重力勾配によって、星間ガスが加速されているためである。そしてこの亜光速の急流が、ウォーダ家の築城部隊の艦列を乱し、統制の取れた築城を妨げて敵の迎撃を許していたのだ。
そこでFT‐44215星系にある、旧サイドゥ家の宇宙ステーションだった。
旧サイドゥ家がかつて、オ・ワーリ宙域侵攻最初の拠点として組み上げた、この宇宙ステーションが存在するFT‐44215星系は、ミノネリラ宙域との国境近く、さらに幸いな事に『スノン・マーダーの空隙』の周囲を流れる急流の、上流方向にあったのである。
この宇宙ステーションが放置されたままをである事を、旧サイドゥ家の重臣コーティー=フーマから聞いていたキノッサは、これを移動させて『ナグァルラワン暗黒星団域』へ投入。急流に乗せて『スノン・マーダーの空隙』まで、運べるのではないかと思いついたのだ。
ただしその移動に、ウォーダ家の部隊は使えない。内部のどこにイースキー家と結託する、ヴァルキス=ウォーダの内通者が潜んでいるか、不明のままだからである。またステーション自体も、桁材による細木細工のような構造の立方体に、対消滅反応炉を中心に据えて、その周囲に補給や整備、医療・居住などの各セクションを配置した簡易型基地で、『スノン・マーダーの空隙』へ向かう星間ガスの急流の衝撃には、計算的にも耐えられそうになかった。
そしてキノッサが出した答えが、以前世話になっていた、ハートスティンガーを頼る事だ。
彼の組織の貨物船団と彼等の密造した資材を上手く使えば、ヴァルキスに知られる事無く宇宙ステーションを補強し、さらにそれを『スノン・マーダーの空隙』まで牽引する事も、可能なように思えたのである。
無論そのハートスティンガーの説得にあたって、彼の一族が星帥皇室直臣の武将だった過去と、その血脈が今も息づいている点を鑑みて、ノヴァルナの志すものが星帥皇室のためである事を訴えるのも、キノッサにとって突破口となる重要なポイントであった。これが功を奏し、協力を得る事が出来たのだ。
キノッサがこれらの経緯を、まるで講談師のように面白おかしく説くと、ハートスティンガーの呼び掛けに応じた四人は、重大な話にも拘らずつい笑顔で聞き入ってしまう。この辺りがキノッサの持ち味だ。
キノッサの話が終わると、ハートスティンガーは四人に頭を下げた。
「これは、俺と俺の仲間…ひいてはおまえ達のためにもなる話だ。どうか一つ、力を貸してやってくれ」
すると四人は頷いて、口々に賛意を示す。
「いいって事よ」
「あんたにゃ、色々と借りがあるからな」
二人のヒト種の男の言葉に、ハルピメア星人の男も「そうとも」と告げた。
そして最後の男は、立ち居振る舞いと言葉遣いが違う。黒い髪をきちんと分けていて年齢は二十代後半と思われ、着ている物も質が良い。
「親分が居なければ、私と家臣達は路頭に迷うところだった。その借りを返せるのであれば、命は惜しくない」
その男に対し、ハートスティンガーは苦笑いしながら告げる。
「ダイナンの若旦那。肩肘張るのは無しだぜ」
その後に続けた、細部への擦り合わせは三時間余りに及び、幾つかの修正意見を交わしたのち、各々の船へと向かった。その道すがらの反重力車の中で、キノッサは立ち居振る舞いなどが違った男について、ハートスティンガーに尋ねた。
「…ところで親分。さっきのダイナンて人、誰なんスか?」
「ああ、あの若旦那か。名はティヌート=ダイナン…元は俺と同じく武家。しかもこの間までイル・ワークラン=ウォーダ家の、家老の息子だった男だ」
「なんスと?」
驚いて眼を剥くキノッサ。イル・ワークラン家と言えば、キオ・スー家に続いてノヴァルナに滅ぼされた、ウォーダ一族の宗家である。
「ちょちょちょ! そんな人に頼んで、大丈夫なんスか!?」
滅ぼされたイル・ワークラン家の家老の息子だと、ノヴァルナに恨みを抱いていてもおかしくはない。そう考えたキノッサは、焦りを隠さず問い質した。ただその辺りの事情は、ハートスティンガーも察しているらしく、「大丈夫だ!」と陽気な声で応じる。
「あの旦那の父君は以前に、イル・ワークラン家がキルバルター家とロッガ家の間で、水棲ラペジラル人の人身売買を行っている情報を漏らしたため、カダールが党首の座を奪い取った際に粛清され、ダイナンの旦那は追放されたんだ」
これを聞き、キノッサは「えっ!?」と声を上げた。水棲ラペジラル人の人身売買の話は、キノッサ自身にも関りがある―――自分がノヴァルナに仕えるようになれた、きっかけの事件だったからである。まさに因縁の人物だ。
「だから、カダールを追放して始末したノヴァルナ様は、若旦那にとって、父君の仇を討ってくれた恩人でもあるって事さ。それで当人もやる気になってるぜ」
ハートスティンガーにそう言われて、キノッサは複雑な表情になる。ノヴァルナに追放されたカダール=ウォーダがその後、何者かの手にかかって死亡したという情報は入ったが、ノヴァルナが殺害を指示したのではないからだ。アイノンザン星系のヴァルキスが独断で動いた線が濃厚だが、証拠があるわけでは無かった。
しかしこのティヌート=ダイナンは、ハートスティンガーから聞いた話では、かなり使えそうである。父の代までイル・ワークラン家の家老であり、武将だったうえに旧式だが三隻の重巡航艦を、貨物船代わりに保有しているらしい。万が一の場合、武装貨物船だけしかないハートスティンガーや、他の同業者にとって、心強い存在となるに違いない。
「準備万端! あとは前に進むだけってもんよ!」
いつしかすっかり乗り気になっているハートスティンガーが、ニタリ!と大きな笑顔を見せると、キノッサも「そうッスね!!」と笑顔を返した。腕組みをして座席の背もたれに上体を預けたハートスティンガーは、興味深そうにキノッサに言う。
「しかしおまえは、不思議な奴だな…」
「は?…なんスか?」
「あの若旦那はまだ染まり切っちゃねぇから別として、こういう仕事をしてると人が悪くなるってもんだ。いくら俺が見込んだ連中でも話によっちゃあ、降りてもおかしくはねぇ。実際、俺の予想でもダイナンの若旦那と、あと一人が話に乗ってくりゃいい方だと踏んでたんだ。それがおまえの話を聞くうちに、みんな旨い儲け話を聞いているような眼になりやがった」
「それは俺っちの話術じゃなくって、日頃の親分の、人徳のおかげッスよ」
口にする人間によっては皮肉であったり、いやらしい追従口に聞こえるような台詞を、さらりと言ってのけるキノッサだが、その響きには不思議とそういった邪なものを感じさせない。それはハートスティンガーも認めるところだ。
「口八丁手八丁な奴は、信用されない事が多いってのに、おまえが喋り始めると、誰もが話を聴いちまうようになる。九年前にウチに来た時も、気難し屋の俺の親父を、ちゃっかり丸め込みやがって。」
「へへへ…誰にも一つぐらい、取り柄はあるもんスねぇ」
まるで他人事のように応じたキノッサに、ハートスティンガーは「ハハハ…」と笑い声を上げ、愉快そうに言い放った。
「まったく…この“人たらし”野郎が」
【第3話につづく】
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