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第2話:キノッサの大博打

#17

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 惑星ラヴランの夕焼けは、大気中に舞う赤く微細な砂塵の影響で、殊更赤く見える。そして赤茶けた大地に、渦を巻く乾いた風…それがキノッサ達の視覚が捉えるものの全てであった。

「相変わらず、何もない場所ッスね。ここは…」

 キノッサは、この地で暮らした二年間を思い返しながら、ボソリ…と呟いた。この惑星が銀河皇国の、アル・ミスリル主要産出植民惑星であった時代には、惑星の環境を快適なものに変える、ライブフォーミングも実施されかけていたらしいが、もっと“まともな環境”で、アル・ミスリルを産出する惑星が多く発見されてからは、ライブフォーミングも中止されて、元の荒涼とした惑星に還っている。

 キノッサがいるのは、ハートスティンガーの組織が根城にしている、アル・ミスリル産出プラントの上部外側に幾つかある、観測・点検台の一つだ。彼の傍らにはカズージとホーリオ、そしてアンドロイドのP1‐0号が並び、同じようにラヴランの光景を眺めていた。P1‐0号がキノッサの言葉に応じる。

「変わらないさ、ここは。お猿が来る前からも…お猿が居なくなってからも」

「そうッスね…って、猿じゃないスってば!!」

 そこにマイペースなカズージが言う。

「キノッサぞん。こかぁ、砂っぽくて敵わんバ。はよ中に入らんケ」

「………」

 寡黙なホーリオはここでも無言で突っ立てるだけ。ただ身長二メートルは、それだけで小柄なキノッサには圧力となる。キノッサは肩を落として、大きな溜息をついた。

「せっかく人が雰囲気出して、珍しく感傷に浸ってるってのに、デリカシーのない連中ッスねぇ!」

「似合わない事をしようとするからだ」

「ほっとけッス!」

 するとそこへ一陣の風が吹いて来る。砂埃を大量に含んだ風だ。思わず身を屈めて風上に背を向け、手で顔を覆う三人。だが風は吹き止まず、三人はたまらずプラント内部に駆け込む。対照的に遅れて悠然と入って来るP1‐0号。三人が頭髪や衣服の砂を払い落としながら、振り向くとP1‐0号は、作業着のポケットから取り出したハンカチで、センサーアイを拭いている。

 その様子を見て、カズージは僅かに驚いた声で指摘した。

「あぁりゃあ。こんアンドロイド、泣いとるバ」

「僕のセンサーアイはデリケートに出来ているんでね。付着した異物は潤滑液で流す仕様になっているのだよ」

 P1‐0号が応えると、キノッサは両手の指先で着衣の襟をはたきながら、軽口で素性を言い放つ。

「何がデリケートなもんスか。百年も前の型で旧式過ぎて、センサーアイのレンズに、砂塵への耐用性が無いだけっしョ!」
 
「はー。百年も前の型っけ、よくまだ動いてるもんだバ」

 センサーアイを拭き終わり、ハンカチをポケットにしまうP1‐0号を、感心するようにまじまじと見るカズージ。確かにP1‐0号は今ではほぼ見かけない、全身の外殻が金属製のままの人型汎用機械アンドロイドであった。

 ちなみに現在のアンドロイドの主流は、表面を保護する半生体シリコンラバーで覆っているタイプで、着脱取り換えが簡単になっているのが普通である。ただ最先端のアンドロイドも、鼻や口は無く顔に表情は出ない。そして話す時は発音にリンクして、センサーアイの光が明滅するのは昔も今も変わらない。

「いんや。ホントはコイツ、ぶっ壊れてたんスよ」

「はぁ?」

 そういうキノッサに振り向くカズージ。

「ハートスティンガー一族がこの星に来た時に、コイツを見つけて修復したんス。このプラントのシステムを再起動するのに、必要だったもんスから」

「なるほだバな。でもはァ、百年前のアンドロイドは、えらく個性的なんだバな」

 カズージの反応にキノッサは肩をすくめて応じる。

「かと言ってコイツ曰く、感情があるわけではないそうッス」

「んな?」

 首をかしげるカズージ。無言のまま会話を聞いていたホーリオも、小さな眼に瞼を瞬きさせる。それに答えたのはP1‐0号自身だった。

「その通りだ。僕に君たちが言うところの、個性や感情は無い」

「?」

 とてもそうは思えないP1‐0号のキノッサとの掛け合いを、すでに何度も見ているカズージとホーリオは半信半疑の眼を向ける。二人の疑念にP1‐0号は、抑揚のない口調で答えた。

「アンドロイドに感情が無いのは百年前も同じだ。僕は今から324年と138日前に銀河皇国が制定した、“コンピューター及びアンドロイドへの疑似感情付与禁止令”に基づいて製造された、『タイプRI‐QアンドロイドP1‐0号』。感情があるように感じるのは、高度な会話システムの賜物さ」

 続くP1‐0号の話によれば、これまでの大勢の人との接触により、会話パターンを学習・蓄積して来た自分は、相手の発言に対してアーカイブから瞬時に、数百通りの受け答え例を引き出し、その中から最適解と思われるものを選択する事が出来るとかで、キノッサとの軽妙かつ独特な掛け合いも、これに沿ったものに過ぎないのだという。

「…だから、勘違いしないでくれたまえ。僕は感情に基づいて、このお猿と会話しているのではなく、このお猿が一番快適に思う会話を行っているだけなのだ」

「猿呼ばわりの、どこが快適なんスか!!」

 言いたい放題のP1‐0号に、キノッサは膨れっ面でツッコんだ………




▶#18につづく
 
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