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第2話:キノッサの大博打

#16

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 同じ頃、イースキー家では今や政治の実権を握る、当主オルグターツの側近にして愛人のビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマの二人と、前当主ギルターツやそれ以前から仕えている家臣達との間の軋轢が、さらに広がっていた。

 イナヴァーザン城の会議室に集めた艦隊司令官達の前で、『ナグァルラワン暗黒星団域』の星図を大型ホログラムスクリーンに映し出し、ビーダとラクシャスは口調こそ丁寧だが、尊大な態度で発言している。

「ヴァルキス=ウォーダ様から頂いた情報によると、ウォーダ家は再び、この『スノン・マーダーの空隙』に拠点を建設しようと、部隊を動かしているようですわ」

 ビーダの言葉に、ラクシャスが続ける。

「今回は、惑星ラゴンで資材調達を行っている動きを見せていない事から、輸送船団の残りがおり、現在対アイノンザン=ウォーダ家用の城を建設中の、カーマック星系から資材を運び込む算段であるようです」

 発言に従い、スクリーンは『スノン・マーダーの空隙』から、カーマック星系周辺にかけての星図をピックアップして重ねた。再び口を開くビーダ。

「今回の迎撃作戦は第9艦隊のセルザレス=アンカ殿、第11艦隊のラムセアル=ラムベル殿、第13艦隊のバムル=エンシェン殿にお願い致しますわ」

 それを聞いて、“ミノネリラ三連星”をはじめとする、ベテラン武将達は“またか…”という眼で互いに顔を見合わせた。名前を挙げられた三人の司令官は、ビーダとラクシャスの子飼いの武将だったからである。つまり昨年の11月に、ウモルヴェ星系でウォーダ軍に敗れた時と同じ、という事だ。しかも第9艦隊などは、その“ウモルヴェ星系会戦”に参加し、前任の司令官の戦死を含む壊滅的打撃を受けたものを、新たに編制し直したものだった。

 それでも起立する三人の司令官に、ビーダとラクシャスにも一応思う所はあるのか、「今度は油断しないようにして下さいな」と、ビーダが釘を刺す。ただ納得できないのは、ベテラン武将達である。

「よろしいかな? お二方」

 そう言って右手を軽く掲げたのは“ミノネリラ三連星”の一人、リーンテーツ=イナルヴァだ。わざとらしい愛想の良さでビーダが応じる。

「もちろんですわ。イナルヴァ様」

「今ご指名された三名は、昨年のウモルヴェ星系で討ち死にした者達と同様、実戦で艦隊指揮を行った事は無いと記憶しておる。しかるに、『スノン・マーダーの空隙』への築城を阻止するのは、ウモルヴェ星系を奪われるのとは、戦略的重要性が桁違い。些か荷が勝ちすぎるのではあるまいか?」

「それは充分承知しております。そのうえで、三名を指名したのです」

 さも当たり前のようにラクシャスが言葉を返すのを、イナルヴァは疑わしい目つきで見返した。ラクシャスは「充分承知している」と言ったが、相棒のビーダと合わせ、この二人に軍事的センスが皆無なのは、イースキー家のベテラン武将達にはもはや常識的な情報である。

「恐れながら、不安は拭えぬ…と申すほかはないですな」

 そう言うのはナモド・ボクゼ=ウージェル。こちらも“ミノネリラ三連星”の一人の黒人武将だ。さらに三連星のもう一人の、モリナール=アンドアも意見した。

「一度築城を許してしまうと、攻略は一気に困難となる。ここは確実性を優先すべきではないか?」

 それに応じたのはビーダであった。“ミノネリラ三連星”を前にしても、尊大さには変わりが無い。

「三連星の皆様のご意見も尤もですわ。しかしながら、これから先の我等がイースキー家の、戦力の底上げを図るには絶好の機会…これも三連星の皆様でしたら、当然お分かり頂けるはず」

「………」

 煽るビーダの言葉に、三人は不快げに眉をしかめた。ビーダは三人のそんな反応を気に留めるふうもなく発言を続ける。

「前回の戦いでは、デュバル・ハーヴェン=ティカナック殿が、かねてよりの噂でありました高い才覚を発露され、見事勝利を収められました。我が軍には同様に、才覚に溢れた若手武将が数多あまたと居ります。彼等にも均等に機会が与えられるべきであろう…オルグターツ殿下は、そう申されておられます」

 この発言に会議場のそこかしから、「オルグターツ様が…?」という囁きが聞こえて来た。ただその声に含まれる響きは、称賛ではなく疑念だ。政治には全くの無関心で、日々放蕩三昧の主君が、そのような発言をするとは思えないからである。

“チッ!…”

 イナルヴァはビーダとラクシャスを見据えて、内心で舌打ちした。要は今回の防衛作戦の司令官人事が、前回の築城作戦を阻止した、デュバル・ハーヴェン=ティカナックへの妬みである可能性に思い当たったのだ。
 事実、昨年のウモルヴェ星系で子飼いの武将達が敗北した事もあって、ハーヴェンの功績は二人にとって屈辱であった。オルグターツにノア姫の捕獲を命じられていた事もあり、敗北の責任は討ち死にした司令官達に押し付けたものの、面目を潰されたのは間違いない。それもあって、『スノン・マーダーの空隙』への築城阻止の勝利報告は、オルグターツへ報せもしていない有様だった。

 だが事実はどうであれ、実権を握っているビーダとラクシャスが、“黒を白と言えば白になる”のが、現在のイースキー家なのだ。ベテラン武将達の不満など無視し、ビーダは白々しく言い放った。

「無論、三連星の方々には、後詰めとしてサポートをお願い致します。頼りにしておりますので宜しくお願い致しますわ………」




▶#17につづく
 
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