上 下
35 / 344
第2話:キノッサの大博打

#14

しおりを挟む
 
 FT‐44251星系の宇宙基地はキノッサが告げた通り、1555年の秋頃、ノヴァルナとノアが熱力学的非エントロピーフィールドを抜け、皇国暦1584年のムツルー宙域へ飛ばされた際、当時のサイドゥ家がオ・ワーリ宙域内に建設したものであった。

 ドゥ・ザン=サイドゥはノヴァルナと共に、『ナグァルラワン暗黒星団域』内のブラックホールへ落ち込んだ娘ノアの絶望的状況に鑑み、非情ではあるがこれを最大限利用する事を考え、ノアの死をウォーダ家の責任だとして、オ・ワーリ宙域侵攻の大義名分とした。そして腹心ドルグ=ホルタの指揮する遊撃艦隊の活動で、陽動を仕掛けている間に、ドゥ・ザンらの本隊がオ・ワーリ宙域へ侵入。国境から約三百光年入ったところに位置する、FT‐44251星系にパーツ組立式の基地を建設し、補給と整備の拠点としたのである。
 ウォーダ側のどこかの基地を奪い取ると、初めから拠点が知られてしまう事になるが、基地を運び込む事でその所在を知られるには時間が掛かる。このドゥ・ザンの計略に掛かったウォーダ家が、基地の存在に気付いた時にはすでに基地は完成してしまっていた。(第1章 第9話:動乱の宙域)

 ところがその後に事態は一変し、ドゥ・ザン艦隊とウォーダ艦隊の決戦に、セッサーラ=タンゲン率いるイマーガラ艦隊も介入した三つ巴の戦いの最中、ノヴァルナとノアは自力で生還、戦場の真ん中で婚約発表をぶち上げるという、驚天動地の離れ業で戦いを一気に終息させてしまう。

 その結果、ウォーダ家とサイドゥ家は和解し、イマーガラ家も撤退を余儀なくされ、オ・ワーリ宙域は一応の安定を得た。するとこれにより、FT‐44251星系に建設した整備・補給基地も無用となって、放置されたのであった。
 ただ、放置されたと言ってもそこは“マムシのドゥ・ザン”。当初はノヴァルナとノアの婚約など、イマーガラ家の介入で窮地に陥った、ウォーダ家との戦いを打開するための方便と考えており、再びウォーダ家と戦う事になった際に、“手駒の一つ”として、どのようにでも使う目的で、公式に譲渡も破壊もせずに置いていったのである。

 このような経緯であるから、停戦直後はウォーダ家でも、基地が放置されている事は把握はしていた。しかしその後、ヒディラス・ダン=ウォーダの殺害とノヴァルナの当主継承。さらにそのノヴァルナのオ・ワーリ統一の騒乱の間で、基地の存在は記録の中に埋もれていったのだった。
 
「しかしてめー…そんなもんに、よく気付いたな」

 データパッドの映像を見ながら、誰も憶えていないような宇宙基地の存在を知っていたキノッサに、ノヴァルナは感心したように言う。キノッサは「ヘヘ…」と片手で頭を搔きながら笑みを浮かべ、種明かしをした。

「実は以前に、フーマ様からサイドゥ家時代の事を、色々とお聞きする機会がありまして、その時にこの話が出てたんスよ」

「なるほど、フーマか」

 コーティー=フーマはドルグ=ホルタと共に、かつてサイドゥ家の武将であり、ドゥ・ザンの腹心として六年前のオ・ワーリ宙域侵攻にも参加している。そして現在のフーマはノヴァルナのもとで、外務を担当する家老職に就いていた。ただそのフーマが、キノッサとよしみを通じているとは、ノヴァルナの与り知らぬところだ。この辺りはキノッサの人脈を作る上手さであろう。

「はいッス。それを思い出して記録を探った上で、この前フーマ様がラゴンに帰られた時に、基地の事を詳しく聞き直したんスよ。これはもしかして、使えるんじゃないかと…」

「よし。具体的にどうするか話せ。場合によっちゃ、こちらも大規模陽動をして、てめーに協力してやる」



******―――

 そこからノヴァルナに打ち明けた具体的な作戦内容を、キノッサはハートスティンガーにも同じように打ち明けた。これを聞いたハートスティンガーは、髭面の顎を指でゴリゴリ…と撫でて、「うーむ…」と唸り声を漏らす。その厳めしい顔は、難しい表情のままだ。

「ハートスティンガーの親分!」

 呼びかけるキノッサの背後で、カズージとホーリオが固唾を飲み、傍らに立つアンドロイドのP1‐0号は、センサーアイの光を僅かに明滅させた。しばし無言を続けたハートスティンガーは、やがてゆっくりと口を開く。

「確かにおまえの話通りなら、現地で城を組み立てるよりは、可能性が高いだろうぜ。ノヴァルナ様も乗っかりたくなるだろうさ…だがな―――」

「だがな?」

 追い訊きするキノッサに、ハートスティンガーは吐き捨てるように告げた。

「俺達が命を懸けてまで、お前の話に乗っかる理由はねぇ」

「だからそれは―――」

「聞いたさ。莫大な報酬。それに話によっちゃあ、もう少しマシな環境の惑星に、居留地を提供してくれるってんだろ。だがな、成功の可能性が幾らか高まったぐらいじゃあ、やっぱり協力する気にはなれねぇな」



▶#15につづく
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

性転換ウイルス

廣瀬純一
SF
感染すると性転換するウイルスの話

現実的理想彼女

kuro-yo
SF
恋人が欲しい男の話。 ※オチはありません。

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

関白の息子!

アイム
SF
天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。 それが俺だ。 産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった! 関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。 絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り! でも、忘れてはいけない。 その日は確実に近づいているのだから。 ※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。  大分歴史改変が進んでおります。  苦手な方は読まれないことをお勧めします。  特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。

Solomon's Gate

坂森大我
SF
 人類が宇宙に拠点を設けてから既に千年が経過していた。地球の衛星軌道上から始まった宇宙開発も火星圏、木星圏を経て今や土星圏にまで及んでいる。  ミハル・エアハルトは木星圏に住む十八歳の専門学校生。彼女の学び舎はセントグラード航宙士学校といい、その名の通りパイロットとなるための学校である。  実技は常に学年トップの成績であったものの、ミハルは最終学年になっても就職活動すらしていなかった。なぜなら彼女は航宙機への興味を失っていたからだ。しかし、強要された航宙機レースへの参加を境にミハルの人生が一変していく。レースにより思い出した。幼き日に覚えた感情。誰よりも航宙機が好きだったことを。  ミハルがパイロットとして歩む決意をした一方で、太陽系は思わぬ事態に発展していた。  主要な宙域となるはずだった土星が突如として消失してしまったのだ。加えて消失痕にはワームホールが出現し、異なる銀河との接続を果たしてしまう。  ワームホールの出現まではまだ看過できた人類。しかし、調査を進めるにつれ望みもしない事実が明らかとなっていく。人類は選択を迫られることになった。  人類にとって最悪のシナリオが現実味を帯びていく。星系の情勢とは少しの接点もなかったミハルだが、巨大な暗雲はいとも容易く彼女を飲み込んでいった。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

処理中です...