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第2話:キノッサの大博打

#01

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皇国暦1561年12月21日―――

 アイノンザン=ウォーダ家本拠地、惑星アイノゼア。


 夜のとばりに包まれたアイノンザン城の、ヴァルキスの居住区画。光量を下げた寝室の広いベッドの上で、上体を起こしたヴァルキスは、弟の戦死を告げる家老からの報告に、「わかった…」と短く答えて通信を切る。

「ヴァルマス様が亡くなられたのですか…」

 通信を終えるのを待ち、そう言いながらヴァルキスの隣で裸体を起こすのは、副官で愛人のアリュスタであった。雌雄同体のロアクルル星人のアリュスタは、上半身が細身の男性的で、妊娠するまでは胸の膨らみがほとんど無い。

「ああ。イースキーとの戦いで…カルミー星系でね」

「残念です。お悔やみを申し上げます…」

「ありがとう…」

 静かに言葉を返したヴァルキスは僅かながら眼を伏せる。昨日発生したカルミー星系の攻防戦で、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダのウォーダ軍第3艦隊に所属する、第18宙雷戦隊の司令官でヴァルキスの実の弟であったヴァルマスは、戦線を維持するため、攻め寄せて来たイースキー家の大軍に突撃。壮絶な戦死を遂げたのだった。

「捨て駒に使われたのでしょうか?」

 そう尋ねるアリュスタ。だがヴァルキスは首を左右に振る。

「いや、むしろその逆だよ。ヴァルマスは、重用して下さったノヴァルナ様の御恩に報いるため、自分の命を燃やし尽くしたんだ。武人の本懐…これに勝るものは無いだろうね」

 ヴァルマスはかつて、兄ヴァルキスが当主を務めているアイノンザン=ウォーダ家が、ノヴァルナへ忠誠を誓う証の人質を兼ねてノヴァルナのもとへ送られた。これに対しノヴァルナはヴァルマスに、宙雷戦隊司令官の地位を与えて重用した。

 ところがヴァルキスは、昨年のイマーガラ家が侵攻して来た際、イマーガラ側へ寝返ったのである。戦国の常識として、人質として送られて来た者はこういった場合、見せしめとして処刑される事が多い。兄の裏切りを知り、覚悟を持ってノヴァルナのもとへ出頭したヴァルマスだったが、そういった常識に興味が無いのか、ノヴァルナは咎めもせずにヴァルマスを追い返し、重用し続けていたのだ。

 今回の状況でも、圧倒的敵戦力の前にヴァルマスは、撤退しても責められるものではなかった。それでもノヴァルナ直卒の第1艦隊が応援に来た事を知り、“ここが死に際”と敵に立ち向かって行ったのである。
 
 カルミー星系で発生した戦いは、ヴァルマスの部隊が自らを犠牲に敵の接近を遅らせる事に成功したため、ノヴァルナの第1艦隊の増援を受けたルヴィーロ・オスミ=ウォーダの第3艦隊が、戦線を立て直して勝利を収める事が出来た。

 そしてノヴァルナはこの戦いで討ち死にしたヴァルマスの死を悼み、今は敵対者であるものの、ヴァルマスの兄のヴァルキス=ウォーダに対し丁重な弔文を添え、戦死の報告を送ったのである。

「ヴァルマスは私のような歪んだ人間ではなく、根っからの善人だったからね。ノヴァルナ様も、心を痛めて下さったに違いない。有難い事さ」

 ヴァルキスの言葉に羨むるような口調を感じ、アリュスタは訴えた。

「今からでも、もう一度ノヴァルナ様に、お味方されては如何です?…ノヴァルナ様が、ヴァルキス様の言われるようなお方でしたら、きっとお許し頂けると思いますが…」

 それを聞いたヴァルマスはアリュスタを振り向き、薄暗がりの中、指先で雌雄同体の異星人の細い顎先を愛おしげに軽く撫でる。

「たぶん、そうだろうね…だけどそれは、出来ない相談だ」

「………」

 無言でヴァルキスの次の言葉を待つアリュスタ。

「こんな歪んだ私にも、矜持というものはある。敬愛するノヴァルナ様を表立って裏切った以上…それを最後まで貫かなければ、私は私が許せなくなるだろう。たとえ、ノヴァルナ様が私を許して下さってもね」

「となるといずれ、直接ノヴァルナ様と戦う事になりますが?」

 ミノネリラ宙域を制圧し、皇都惑星キヨウを目指そうというノヴァルナにとり、もはや唯一の獅子身中の虫となった、ヴァルキスのアイノンザン=ウォーダ家を、いつまでも放置しておくはずは無い。いずれアイノンザン星系にも、ノヴァルナから攻略部隊が送り込まれる事になるだろう。

「ノヴァルナ様の軍を相手に、一度は勝てる…と思う。だけどその次は、おそらく二度と勝てないだろうけどね」

「ヴァルキス様…」

「ノヴァルナ様は確かにお強い。だけどこれまで戦って勝って来られた相手は皆、結果的に常識人の範囲を出ていなかったからね」

「似た者同士、手の内が読めるという事ですか?」

「ふ…でもまぁ、今はノヴァルナ様のお気持ちへ感謝し、ヴァルマスの冥福を祈ってやろうじゃないか…葬儀の支度をしてくれたまえ」

 ヴァルキスはそう言ってベッドを出る。宇宙の戦いで死んだ者は遺体が無い場合が多く、ヴァルマスも同様だった。それでも送る儀式は必要だ。アイノンザン城の窓の外に広がる夜景を見詰めるヴァルマスの背後では、衣服を着始めるアリュスタの姿があった………




▶#02につづく
 
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