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第1話:ミノネリラ進攻

#16

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 ウォーダ軍による時間差の挟撃。後方から不意を突かれ、陣形の再編を終えつつあったイースキー艦隊は、たちまち大混乱となった。

「戦艦『ベルヴァザン』爆発!」

「戦艦『オクルゾア』に火柱!」

「何事だ!!」

「後方に敵艦隊!」

「戦艦十九、重巡十八…総旗艦『ヒテン』の反応があります!」

「『ヒテン』だと!?」

 そこに全周波数帯通信で再び響く、煽るようなノヴァルナの高笑いと放言。こういった演出をするタイミングの良さは、ノヴァルナの天性のものだ。

「アッハハハハハ!!…罠にハマりやがったなイースキーども。命が惜しかったら、とっとと降伏しやがれ!!」

 まるで悪の親玉のようなノヴァルナの言いようは、まだ他にも罠が仕掛けられているようにも聞こえて、イースキー軍の各艦は心理的動揺に陥った。まず実戦経験の少ない艦長が指揮する艦から、バラバラに動き始める。

「取り舵90度!…い、いや全速前進!」

「反撃しつつ、後進しろ!」

「密集するな、狙い撃たれるぞ!」

 これもビーダとラクシャスが、自分達の子飼いの武将と戦力を、急いで増やそうとした行為の弊害であった。旧来の各艦隊から引き抜いた、自分達に従いそうな将校や上級士官と、自分達が育てた気でいる素人同然の士官を、新造艦の指揮官に据えたために一つの戦隊、一つの艦隊の中でも、練度に差があるモザイク状態となっているのである。

「落ち着け。みだりに動かず、反撃に徹しろ!」

「索敵警戒を充分に、新たな伏兵が出現した場合に備えよ!」

 一部には当然、ドゥ・ザンやギルターツの指揮下にいた事のあるベテラン指揮官もおり、冷静な判断で命令を出すが、慌てふためいた未熟な艦が周囲で艦列を乱していては、その流れに飲み込まれてしまうばかりだ。
 本来なら新編制した艦隊には、こういった状態を解消するため、充分な訓練と演習が必要なのだが、主君オルグターツ、側近のビーダとラクシャス共に、彼等からすればそうのような“軍事予算の無駄遣い”には興味が無いらしく、慣熟訓練を終えないまま、今回の戦いに出て来ていた。

 そして何より、艦隊を指揮するフィビオとナーガイが狼狽していては、落ち着くものも落ち着かない。アーダッツの艦隊と合流した二人は、自分の乗る旗艦を後方深くまで下げていたため、背後から現れたノヴァルナの直率部隊に近くなる結果を招いていた。周囲で爆発の閃光が起こる中、フィビオとナーガイは不毛な通話で時間を浪費するばかりだ。

「どうするフィビオ殿!?」

「て…撤退するか!?」

「そっ…それは駄目だ! 下手をすれば粛清だぞ!」

「む…そうだった! どうする!?」

「どうするか訊いてるのは、こっちだ!」



 イースキー艦隊と対照的であったのが、ウォーダ軍である事は言うまでもない。ノヴァルナ直卒部隊が敵の後背を取り、主君ノヴァルナ自らの全周波数帯通信を聞いて、全部隊が奮い立った。アーダッツ艦隊の合流によって、優勢を覆されかけていた戦況が、一気に押せ押せとなる。

 およそ一年前、“フォルクェ=ザマの戦い”でギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち取り、戦国最大級と言われるイマーガラ家を打倒した、ノヴァルナとウォーダ軍であるから、かさに懸かった攻勢の猛々しさは、一旦火がつくと比類無きものとなっていた。
 ウォーダ軍空母部隊第9航宙戦隊からは、司令官のカッツ・ゴーンロッグ=シルバータが直接率いるBSI中隊が、満を持した形で発艦する。突撃が身上の猪武者と呼ばれるシルバータだが、その突破力、打通力は本物だ。そうであるから今回の戦いでシルバータは、先走らないようにノヴァルナから、直に釘を刺されていたのであった。

「一点突破! 目指すは敵旗艦。かかれ!!」

 シルバータは新型の『シデン・カイFC』ではなく、使い慣れた『シデンSC』に搭乗している。ポジトロンパイクをその手に握る機体の右腕を突き上げ、後続する中隊に号令を掛けた。さらにその通信を受信した、周辺のBSIユニットや攻撃艇も集まって来ると、四十機ほどの集団となる。

 そのBSI集団が目指したのは、直近にいたイースキー軍第9艦隊司令の、スーゲン=キャンベルが座乗する旗艦である。そのキャンベルは、フィビオとナーガイに後退を進言している最中だった。

「いいから話を聞きたまえ! ここは第六惑星方向に後退し、しかるのちに天頂方向から、星系を離脱するしかないんだ!」

 だが司令官席の前方に展開された、二枚の通信ホログラムスクリーンに写るフィビオとナーガイは、周囲の喧騒で音声は聞き取れないものの、キャンベルの反応を見る限りでは、受け入れようとしていないらしい。

「―――何を言っている。今は損害を抑える事が重要だろう!」

「―――!!」何かの怒声を発しているらしいナーガイの顔。

「そんな事は、言われずとも分かって―――」

 とその時、オペレーターの上げた悲壮な声が、キャンベルの言葉を遮る。

「敵BSI部隊に護衛を突破されました! 急速接近中!!」

 艦橋の外に振り向くキャンベル。そして次の瞬間、その視界は爆発の閃光に、覆い尽くされたのであった。




▶#17につづく
 
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