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第1話:ミノネリラ進攻

#11

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 ウモルヴェ星系会戦におけるノヴァルナの戦術は、第八惑星ではなく第九惑星ニレ・マーダン近郊で、イースキー艦隊に攻撃を仕掛けるというものであった。

 直卒の第1艦隊から戦艦部隊を分離し、第九惑星ニレ・マーダンを半ば飲み込む形で広がっている、『ナグァルラワン暗黒星団域』の星間ガス雲の中に潜ませて、自らの『センクウNX』と『ホロウシュ』のウイザード中隊で先行。ガス雲の至近または、ガス雲内部を通過する敵艦隊に奇襲を仕掛け、二十機程度のBSI部隊ではダメージを与え難い、戦艦などの主力部隊への攻撃は避けて、それを護衛している宙雷戦隊を襲撃、速攻で離脱。敵が陣形を乱した状態で第九惑星ニレ・マーダン付近を航過したところで、ウォルフベルト=ウォーダの第5艦隊に、第1艦隊から分離した宙雷戦隊と空母部隊で第二次攻撃を行うのだ。

 旗艦となる軽巡航艦を先頭に、十四隻あるいは十六隻からなるウォーダ軍の宙雷戦隊が、槍のように単縦陣を組んで次々と突撃する。

「敵宙雷戦隊群、急速接近。突撃して来ます!」

 オペレーターの緊張した声に、前衛部隊のフィビオは腕を振り回して、迎撃を命じた。

「こちらも宙雷戦隊で―――」

 だが味方の宙雷戦隊は後方の星間ガス雲の中に、置き去りにしたままだ。それを思い出して、慌てて言い直す。

「い、いや。艦載機で迎撃させろ。発艦急げ!」

 ただそうは言っても、先手を取られた状況で、それほどの数の艦載機を発艦させるのは不可能だ。しかも三十機ほどのBSIが発艦したところで、宙雷戦隊はやや遠距離ながら、宇宙魚雷による一回目の統制雷撃を行った。三百本以上の宇宙魚雷がイースキー艦隊へ襲い掛かる。

「馬鹿な! 雷撃タイミングが早すぎるぞ!」

 いくら実戦経験が少なくとも、戦闘のセオリーは知っていて当然のナーガイであるから、ウォーダ軍の思いがけない行動に戸惑いの声を上げた。しかも統制雷撃を行った宙雷戦隊群は、一斉に退避を始める。接近する宙雷戦隊に主砲を向けていたイースキー艦隊の重巡、副砲を向けていた戦艦は肩透かしを喰らった形だ。その一方で発艦したBSI部隊は、宇宙魚雷の迎撃に追われる事となった。回避能力を有する自立思考機能を持つ魚雷であるから、撃破するにも簡単にはいかない。

 そしてその時だった。ウォーダ艦隊の後方にいた空母打撃群から発艦した、全てのBSI部隊が戦場に出現したのだ。
 
 ノヴァルナの戦術遂行能力は、昨年の“フォルクェ=ザマの戦い”というウォーダ家の命運をかけた一世一代の戦いを経て、さらに研鑽されていた。そのノヴァルナが今回のミノネリラ宙域進攻においてまず想定したのが、名将“ミノネリラ三連星”を中心とした主力部隊による迎撃である。そしてこの第九惑星ニレ・マーダンを半ば飲み込む、星間ガスを利用した波状攻撃は、彼等との交戦のために練り上げたものだったのだ。
 そのような戦術であるから、実戦経験のほとんどないフィビオやナーガイといった者が、完全に術中に嵌って後手後手に回るのも無理はない話であった。

 急速接近するウォーダ家のBSI部隊は総数約六百。対するイースキー艦隊の艦載機は出遅れて、母艦からの発進は続いているものの、現状ようやく二百を越えたところだった。すぐに三倍もの相手に圧倒的不利な戦いを強いられる。
 しかもウォーダ軍は全機が、昨年より実戦配備が始まった新型BSIユニット、『シデン・カイ』であるのに対し、イースキー軍は六年前にバージョンアップしただけの、『ライカ』を未だに使用していた。ドゥ・ザン=サイドゥに対する、ギルターツの謀叛。そしてそのギルターツの急死という、一連の急転直下な出来事の発生で、バージョンアップも新型機の開発も滞っていたのだ。

「これは『シデン』か?…い、いや。新型だ!!」

 旧型の『シデン』と似たシルエットながら、間合いを詰めて来る速度の速さに戸惑い、目を凝らしたイースキー軍の『ライカ』パイロットが、気付いた時にはすでに手遅れだった。先手を取られた『ライカ』が何機も応戦出来ないまま、超電磁ライフルの射撃で撃破される。

 だがノヴァルナの波状攻撃は止まらない。双方のBSI部隊同士が戦闘に入った直後、前進して来た第5艦隊の戦艦と重巡航艦部隊が、主砲射撃を始めたのだ。目標は無論、イースキー軍の戦艦と重巡である。

 これはイースキー軍にとって、最悪のタイミングだった。敵宙雷戦隊群の陽動から、陣形を立て直そうとしていた矢先にBSI部隊の襲撃。そこに戦艦・重巡部隊からの砲撃。全く違う戦闘局面を次々に作り出されて、イースキーの三個艦隊は大混乱に陥った。

「何をしている。応戦しろ!」

「こちらの宙雷戦隊は、まだ雲海から出てこないのか!?」

 それぞれに叫ぶフィビオとナーガイだが、具体的で効果的な命令などではなく、自分の感情を吐露しているだけであったら、事態は好転するはずもない。
 
 指揮官の能力の低さは、部隊全体に機能不全をもたらす。戦艦と重巡の数なら、ウォルフベルト=ウォーダの第5艦隊の三倍はあるはずの、フィビオとナーガイとキャンベルの艦隊が押されている。いや、個々の戦艦や重巡は機能して、ウォーダ艦隊に反撃は行っているのだが、各艦の艦長やそれが属する戦隊の司令官には、艦隊そのものを指揮する権限はない。そしてその権限を持っている者が、旗艦の司令官席で喚いているだけとあっては、肝心の艦同士、戦隊同士の有機的連携は不可能と言うものだ。

 そしてこの混乱に拍車をかけているのが、ウォーダ軍のBSIと攻撃艇の機動兵器部隊であった。速攻により三倍近い数的優勢を獲得した、ウォーダ軍の機動兵器部隊は、ASGUL『ルーン・ゴート』の一部と攻撃艇『バーネイト』が、イースキー側の戦艦と重巡に攻撃を仕掛けたからである。
 幾ら高い防御力を誇る戦艦であっても、機動兵器による対艦誘導弾や対艦徹甲弾を数多く喰らえば、ボクシングのボディブローのようにダメージが蓄積していく。その上での戦艦同士の砲撃戦では、不利となるのは否めない。

 ウォーダ軍の大量のASGULと攻撃艇が、イースキー側の戦艦と重巡の乱れた艦列の間を飛び回る。艦と艦の間は数百キロもあるが、宇宙空間で行われる超高速の機動戦闘では指呼の距離である。

 そもそも攻撃目標としている敵艦の視認自体が電子画像頼り。全長五百メートル以上ある戦艦も、感覚的には高速道路を走る車から、一つの砂粒を見ようとするようなもので、到底肉眼で補足できはしない。ロックオン情報を得れば、操縦桿のトリガーボタンを押すだけのものだ。攻撃目標に向けて対艦誘導弾を発射したかと思えば、もう次の敵艦が眼の前にいる…そういった感じだった。

 であるなら、敵艦隊の艦列が乱れているのは些細な事のようであっても、攻撃を仕掛けているパイロットにとっては大きい。整然とした艦列を組まれていると、組織的な迎撃砲火を浴び、生存率が低下するからだ。生存率が高まれば戦果も拡大する。そしてそれは翻って、味方の戦艦部隊の攻撃を有利に導くものでもある。これに電子妨害なども加わり、艦隊戦とは実際にはそういった事の積み重ねなのだ。

 機動兵器部隊の攻撃による閃光と爆発が、イースキー軍の戦艦や重巡に立て続けに起こる度に、エネルギーシールドの負荷が増え、そこへウォーダ軍戦艦からの主砲ビームが命中すると、たちまちシールドが崩壊。直撃を受けた艦腹に穴が開いて炎が噴き出した。




▶#12につづく
 
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