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第1話:ミノネリラ進攻

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 まるで濃密な朝霧の中を進んでいるような、イースキー軍の『ナズック』型駆逐艦の一隻。全ての能力において標準的な艦隊随伴型駆逐艦だ。長距離センサーで周囲を探索しながら航行している。

 するとその上空を、推進機を停止させた親衛隊仕様『シデン・カイXS』が、ステルスモードで通過していった。昨年採用された先行量産型に続いて開発された、正式量産型『シデン・カイ』をベースに、この夏に採用されたばかりの、ウォーダ軍の新型親衛隊仕様機である。旧型の『シデンSC』に比べて幾分肩幅が広がり、頭部も精悍さを増した印象を与える新型機は、その機体を紫色ベースに染めていることから、パイロットはラン・マリュウ=フォレスタだと知れる。

 そしてここにランの機体がいるということは無論、彼女が『ホロウシュ』として護衛すべき主君、ノヴァルナが至近距離にいるという意味となる。言わずもがな、ランの『シデン・カイFC』に続いて、ひと回り大きな『センクウNX』がステルスモードで、ガス雲の中から出現した。ところがこれも、イースキー家の『ナズック』型駆逐艦は気づかないで、航過していく。さらに『センクウNX』に続いて、次々と『ホロウシュ』達の機体が姿を現した。

 結論から言えば、哨戒駆逐艦へ向けたキャンベルの命令がマニュアル通り、“敵艦の索敵警戒”に絞っていたための弊害を引き起こしたのである。まんまとイースキー家の哨戒戦を潜り抜けたノヴァルナと『ホロウシュ』は、敵の主力の内懐へ飛び込むことに成功した。もしキャンベルが哨戒駆逐艦に、BSIユニットのような小型の戦闘兵器への警戒を命じていれば、ノヴァルナ達を発見できていた可能性はあるが、後の祭りというものだ。
 
 対消滅反応炉を停止し、慣性飛行によって哨戒駆逐艦をやり過ごした、『センクウNX』のセンサーアイが緑色の光を放つ。そしてバックパックが重力子の黄色い光のリングを発生させたかと思えば、一瞬のうちに機体を最大戦速まで加速した。それに合わせて二十機の『ホロウシュ』も、一斉に加速をかける。

 そうなると、対艦レベルにしていたセンサーにもかからないはずは無い。哨戒駆逐艦は突然後方に現れた機体反応に驚き、緊急警報を発するが遅かった。その時にはすでにノヴァルナ達は、イースキー家艦隊主隊の目前に迫っている。

「六番哨戒艦より、敵機出現!!」
「敵機接近。至近距離です!!」

 ナーガイとの雑談を続けていた前衛部隊のフィビオは、通信科と電探科双方のオペレーターから、同時に飛び込んで来た緊急報告に、司令官席から転げ落ちそうになった。実戦経験の無さからなのか、「う、あ、あ…」と、司令官席に背もたれにしがみついて、咄嗟に言葉が出ない。
 ただそのような司令官でも、座乗する旗艦の艦長などは有能だった。即座に戦闘態勢を第一種へ引き上げ、迎撃態勢を取るように命令を下す。重巡航艦以上の艦はアクティブシールドを射出。CIWSのビーム砲塔が起動して回転する。

 ところが敵艦隊に肉迫したノヴァルナ達“ウイザード中隊”の目標は、戦艦などの“大物”ではなかった。『センクウNX』のノヴァルナから、『ホロウシュ』達へ命令が飛ぶ。

「いいな。護衛の連中を狙い撃ったら、ズラかるぞ!」

 そう言うノヴァルナの『センクウNX』は、両腕に対艦誘導弾のランチャーを抱えていた。超電磁ライフルの弾倉も通常より多数の、対艦徹甲弾タイプを搭載してある。

全機散開ブレイク!」

 ノヴァルナの言葉で散開した『ホロウシュ』は、戦艦部隊の護衛についている宙雷戦隊へ、襲撃行動を開始した。戦艦や空母を狙って来るものと考えていた、宙雷戦隊の軽巡や駆逐艦の乗員は、自分達へ向かって来るBSIユニットの姿に動揺する。セオリーからすればBSI部隊が先行して襲ってくる場合は、先手を打って相手のBSI部隊を叩くか、主力部隊同士の砲撃戦を有利にするために、戦艦部隊へ予めダメージを与えておくのが一般的だからだ。

「緊急回避しつつ、迎撃!」

「迎撃誘導弾発射!」

 イースキー軍の軽巡や駆逐艦が、急速に針路を変更し、小振りな誘導弾を連続発射する。だが機動性が持ち味の軽巡や駆逐艦であっても、BSIユニットの比ではない。『ホロウシュ』達は大した労力も必要とせず、敵艦を射点に収めた。
 
「いただきだ!」
「いくぜっ!!」
「誘導弾、発射っ!!」

 射点を得た『ホロウシュ』達が口々に叫んで、対艦誘導弾ランチャーのトリガーを引く。紫の星間ガスに煙る宇宙空間に、幾つもの白い閃光が連続して起こった。防御力の低い軽巡航艦や駆逐艦は、数発の誘導弾を受けただけで行動不能に陥る。個々に回避運動に入った宙雷戦隊は、たちまち隊列がバラバラになった。

 こういった時に、BSIユニットよりサイバーリンク深度が大きい、BSHOは格段に有利だ。周囲の警戒センサーや、照準センサーのホログラム画像を見なくとも、頭の中に描いた自分を中心とした立体図に、複数の敵の位置をリアルタイムで感じ取る事が出来る。ノヴァルナは『センクウNX』を加速させたまま、機体を左スクロールさせ、五分の三回転したところでランチャーの一連射を放った。六発の誘導弾が一列に飛び出す。ただ撃ち出された対艦誘導弾の前方には何もない。

 すると一瞬後、突然視界を横切った何かが、誘導弾と“激突”した。六つの爆炎を纏いながら通り過ぎたそちらを見ると、右艦腹に直撃を喰らったイースキー家の軽巡航艦が、破片を撒き散らしながら遠ざかっていく姿がある。超高速下で、敵艦の未来位置を読み切ったノヴァルナの一撃だ。

 ヘルメット内に今の誘導弾の命中報告音と、ロックオン警報が同時に鳴る。立体音響により自分を狙っている敵が分かる。ノヴァルナは即座に操縦桿を引き上げ、垂直急上昇に入った。こちらを狙っているのは、いま通り過ぎた軽巡航艦の斜め左下方にいた駆逐艦だ。その艦上のVLS(垂直発射システム)から、八発の迎撃誘導弾が発射された。超高速で追い縋って来る誘導弾に対し、ノヴァルナは頃合いを見計らって、急上昇からほぼ直角にターン。その瞬間、『センクウNX』の腰部背後に装備している筒状の散布装置から、欺瞞用のチャフを放出する。

 銀色の粉雪のようなチャフの塊の中に突っ込んだ誘導弾は、八発のうち五発までが『センクウNX』を見失って、藪蚊のようにふらふらと飛び回り、安全装置が作動して自爆した。一方ノヴァルナはランチャーではなく超電磁ライフルを使い、自分へ向けて誘導弾を放って来た駆逐艦へ、一弾倉分の徹甲弾八発を全て発射。すぐに空の弾倉を投げ捨てて、通常弾倉に換装。間近まで接近していた残り三発の誘導弾を撃ち抜いた。爆発の閃光が『センクウNX』の機体を明るく照らし出す。
 
 次々と撃破されたり、行動不能になっていく味方の宙雷戦隊に対し、慌てたフィビオやナーガイらの出した命令は、ノヴァルナの思う壺なものであった。

「宙雷戦隊が敵機を引き付けている間に、星間ガスを抜けろ!」

「ガス雲の外で態勢を立て直す。急げ!」

 最初に宙雷戦隊への攻撃を受けたフィビオは、これを味方宙雷戦隊がウォーダ軍のBSI部隊が盾になって、効果的な防御行動を取ったためだと誤判断したのだ。

 であれば自分達も即座にBSI部隊を発進させるなりして、迎撃態勢を強化するべきであった。ところがフィビオもナーガイも戦艦や重巡、空母といった中核戦力を星間ガスから出す事を優先した。つまりは宙雷戦隊を見捨てて、先に脱出するという事である。
 戦闘に際し、センサー精度が低下し光学機器による視界も限定される、『ナグァルラワン暗黒星団域』から流入する星間ガスを抜け出すべきなのは無論だが、艦隊戦も開始されていない段階で、護衛部隊に大損害を被るのは如何なものか。

 この事態に、最後方にいたロックベルト=アーダッツは、さすがに誤判断が過ぎると感じ、麾下の空母部隊からBSI部隊を発艦させ、ノヴァルナ達の迎撃に向かわせる。だがアーダッツのBSI部隊が到着した時にはもう、ノヴァルナは最初に出した命令通り、『ホロウシュ』達を連れて疾風の如く引き揚げてしまっていた。

 親衛隊仕様『シデン・カイXS』二十機と『センクウNX』による奇襲は、ものの二十分もかからなかった。しかしその被害はイースキー側は軽巡航艦4隻撃破、4隻中破。駆逐艦32隻撃破、14隻中破という大きさであった。

 そしてフィビオ、ナーガイ、キャンベルの中核部隊が第九惑星に纏わりつく、雲海の中から脱して間もなく、“それ”は現れた。

「前方にウォーダ軍!」

 “それ”とは第八惑星にいると考えていた、ウォーダ軍の宇宙艦隊である。ウォルフベルト=ウォーダの第5艦隊と、ノヴァルナ直卒の第1艦隊から分離した宙雷戦隊だ。

「なんだと!?」

 星間ガスを抜けたところで、態勢を立て直そうと思っていたフィビオとナーガイは、虚を突かれた表情になった。「どうする!?」と困惑した声のナーガイ。ここで防衛艦隊出身だが実戦経験はあるキャンベルが、「すぐに応戦態勢を!」と進言した。だがウォーダ軍の動きは速い。イースキー艦隊の前方に立塞がるように展開したウォーダ軍の中から、全ての宙雷戦隊が突撃を開始した。




▶#11につづく
 
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