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第1話:ミノネリラ進攻

#04

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「それで?…結果は今回も、引き分けってか?」

「へい。ですがタ・クェルダ軍はシーゲン様の弟シーバル様をはじめ、ヤトマー殿など重臣の方々の討ち死にも多く、人的損害はタ・クェルダ軍の方が、多いと思われるッス」

 キオ・スー城の執務室で、“第四次ガルガシアマ星雲会戦”の顛末を、事務補佐官のトゥ・キーツ=キノッサから聞いていたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、面白くもなさそうに大きな欠伸をした。

「今回も引き分け…お気に召さないッスか?」

 キノッサの問いに、ノヴァルナは「いんや。そうでもねーよ」と、椅子の背もたれに深く背中を預け、天井を見上げて、椅子ごと体をゆっくり回転させながら、緩い口調で応じる。

「今回は双方に、結構な損害が出てるからな。下手すりゃ責任問題も出て、両家とも家中が荒れるかも知んねー。それにこれで連中はどっちも、大きな動きは当分出来ねーだろし…」

 行儀悪く椅子ごと二回、三回と回り続けるノヴァルナ。それをキノッサは無言で待つ。天井を見上げる自分の主君は呑気そうだが、その眼光は鋭く、戦略を練る眼であったからだ。こういう時の主君は、邪魔をしてはならない。

「よしっ!」

 短く強く声を発したノヴァルナは、椅子を回すのをやめてキノッサに命じる。

「コーティ=フーマを呼べ」

 コーティ=フーマは元サイドゥ家家臣で、今はテシウス=ラームと共に、ウォーダ家の外務関係を担当している家老である。フーマがやって来たのは十分ほど経ってからだった。執務机を挟んでキノッサと並んで立つフーマ。そしてこういう時に思いもよらない事を言うのが、相変わらずのノヴァルナだ。

「フーマ」

「はっ」

「シーゲン・ハローヴ=タ・クェルダに、同盟を申し込め」

「はぁ!?」

 つい語尾を上擦らせてしまうフーマの隣で、キノッサもポカンと口を開ける。それもそのはず、これまでタ・クェルダ家は、ウォーダ家とほとんど繋がりはなく、むしろイマーガラ家と同盟を結んでいた、間接的な敵対関係にあったからだ。

「そりゃまた、どういう了見なんスか?」

 また始まった…とばかりに頓狂な声を上げ、キノッサが問う。フーマはよく知ったものでこういった場合、まずキノッサが口を開き、主君に真意を問うのが分かっており、あえて先に発言させていた。

「“どういう了見”て…なんだてめ、その上から目線は?」

「す…すんません。ですが、ウチはイェルサス様のトクルガル家とも、同盟を結んでるんスよ」

「んなこたぁ、てめーに言われなくても、知ってるっての」

「それでいてタ・クェルダ家とも、同盟するんスか?」

「バカてめぇ。これが外交ってもんよ」
 
 一見すると行き当たりばったりのような、ノヴァルナの外交指示。ところがコーティ=フーマがタ・クェルダ家へ同盟申し入れの打診をすると、一週間後にシーゲン自身の名で了承の返答があったのである。まるで二つ返事のようなその早さに、ノヴァルナの重臣達は顔を見合わせた。

 重臣達が集まる会議の場で、筆頭家老のシウテ・サッド=リンがその件をノヴァルナに質問する。

「ノヴァルナ様はこうなる事を織り込み済みで、シーゲン様に同盟を申し込まれたのですか?」

 ここでも行儀悪く、椅子の上で胡坐をかいて座っていたノヴァルナは、シウテの言葉に面倒臭そうに応じた。

「またシウテの爺は、すっとぼけて…ちょっと考えりゃ、分かるこったろが」

「?…」

「え?…マジで分かんねーの?」

 ベアルダ星人のシウテは、全身が短い毛で覆われた熊のようで、表情は読み取りにくいが、眼球の動きでノヴァルナはこの老臣が、タ・クェルダ家の反応を理解していない事を感じ取る。さらに会議室に集まる重臣達を見渡すと、ナルガヒルデ=ニーワスなど半数ほどは理解しているが、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータなど残り半数は、今一つ分かっていないという顔をしていた。やれやれ…と後頭部を片手で掻いたノヴァルナは、ナルガヒルデに告げる。

「ナルガ。おまえの見解を聞かせてくれ」

 その言葉にナルガヒルデは「御意」と応じて席を立つ。赤髪を頭の後ろで纏め、銀縁の眼鏡型NNL投影端末をかけた知的美人のナルガヒルデは、ウォーダ家の紫紺の軍装より、女教師を思わせるスーツ姿の方が似合いそうだった。小さく会釈しておいて、自身の見解を述べ始める。

「先日発生した通算四度目のガルガシアマ星雲会戦で、タ・クェルダ家は引き分けたとは言え、これまでで最も甚大な損害を出したのは、ご存じの通りです―――」

 ナルガヒルデがそこまで言って重臣達に視線を走らせると、何人かがそれは知っているとばかりに軽く頷く。これを確かめて話を続けるナルガヒルデ。

「そのタ・クェルダ家は、領域拡張を基本政策の一つとしており、現在、イマーガラ家が領有するトーミ宙域、スルガルム宙域への進出を図っていますが、そうなると、ホゥ・ジェン家との同盟が解消される事は必定で、周囲は全て敵対勢力となってしまいます」

 一年前にノヴァルナに討たれたギィゲルト・ジヴ=イマーガラに代わり、当主となったザネル・ギョヴ=イマーガラの妻ハーシェルは、ホゥ・ジェン家の姫であった。それもあり、タ・クェルダ家がイマーガラ領へ侵攻すれば、ホゥ・ジェン家とも敵対する事になる可能性は、非常に高いと言える。
 
 そこから先のナルガヒルデの言葉を要約すると、先日の“第四次ガルガシアマ星雲会戦”で大打撃を受けた、タ・クェルダ家が必要としているのは、“戦わずに済む相手”なのだという。

 そしてウォーダ家からの同盟申し入れ―――つまり外交のベクトルは、タ・クェルダ家にとってまさに“渡りに船”であった。

 この背景には、実はキノッサが懸念していた、ウォーダ家とトクルガル家の間で締結された、新同盟が大きく影響している。それはタ・クェルダ家はウォーダ家と同盟を結ぶ事で、今後、タ・クェルダ家がトーミ宙域とスルガルム宙域へ進出する際、トクルガル家に後背を突かれる危険性を、軽減できるという利点だ。

 これは第三者から見るとウォーダ家を抜きにして、タ・クェルダ家からトクルガル家へ同盟を申し込む方が、ストレートで良いように思える。
 だがこの外交ベクトルは、タ・クェルダ家からすれば不利なベクトルだった。トクルガル家はウォーダ家と同盟した事で、後背からの攻撃を軽減されており、タ・クェルダ家との同盟の必要性は薄いからだ。

 したがってタ・クェルダ家がトーミ/スルガルム宙域へ進出するにも、トクルガル家が突然同盟を破棄し、攻撃して来た場合に備えなくてはならなかった。これでは全周囲に敵対勢力を抱え、“第四次ガルガシアマ星雲会戦”で、大きな人的被害を被ったタ・クェルダ家には大きな負担となる。

 ではなぜウォーダ家からの同盟申し入れという外交ベクトルが、タ・クェルダ家にとって“渡りに船”かと言うと、ウォーダ家にはタ・クェルダ家との同盟に利点があるためだ。その利点とは、ウォーダ家がミノネリラ進攻する際、シナノーラン方向からの攻撃の危険性を軽減できるというものである。

 実利が伴う同盟であれば、破られ難いのが道理だ。それにウォーダ家からの申し入れという外交ベクトルであるなら、ウォーダ家から同盟を破棄するような真似も簡単には出来ない。同盟を申し込んでおいて裏切るような信義を失う行為は結局、自らの首を絞める事になるからだ。

 これらの事項をナルガヒルデが述べると、それまで懐疑的であった重臣達も、ノヴァルナの意図と、タ・クェルダ家が早々に同盟を受諾した理由を理解した。このような複雑な外交方策を即断即決したのは、ノヴァルナの政治センスといったところであろう。

 そしてそれはつまり、ウォーダ家によるミノネリラ進攻の準備が、進んだ事を意味していた………




▶#05につづく
 
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