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逃亡している
1 逃げ足には自信あり
しおりを挟む号泣しながら少ない荷物をまとめて、俊樹から貰ったものを全てゴミ袋にまとめた。指輪とか高く売れるかな?って思ったけど、こんな惨めな思いを含んだ指輪なんか呪われてるとしか思えなかったからまとめてゴミ袋の中に投げ捨てた。
家に帰る前にショップに寄って来た。本当はそのままネカフェで休みたかったけど、このご時世やっぱり携帯電話は必要なわけで、もともと契約してたものを破棄して新しく契約してもらうことにした。ショップの店員さんはめな目の腫れた私にビックリしてたけど、理由を聞かずに慰めてくれた。ありがとうお姉さん…。
新たに手に入れた携帯電話を眺める。凄く気持ちが落ち着いた気がする。やっぱりあの生活そのものがもう苦痛だったんだな。こうやって縁を切ったことで、体が軽くなったよ。
借りていた部屋は直ぐに解約の手続きをして数枚の服が入ったキャリーケースと小物が入ったボストンバッグを抱える。これで暫くはネカフェに避難しよう。即日対応の買い取り業者さんを迎えて要らない荷物を運んでもらって、すっからかんになった部屋に鍵を掛けて移動を始めれば、もう辺りはすっかり暗闇だった。
まだ終電には早い時間でまばらに会社帰りの人が歩いていく。近くの駅から行き先も見ずに飛び乗って、空席にゆったりと腰を掛けて一息ついた。電車はゆっくりと動き出して私が住んでいた土地から離れていく。
まさかここまで木っ端微塵に未練を打ちくだかれるとは思わなかったがなぁ…ぽっかりと心に穴が空いたような感覚は暫く残りそうだけど、そのかわりこの穴を塞がるのも早い気がする。
「……トンカツ食べたい。」
そういやお昼食べてないからお腹空いた。こんな時でも食欲が湧くんだ、なら大丈夫だ。これからも、何とかなるよ。
見慣れない土地を突き進んでいく電車の揺れに、なんだか空腹と一緒に眠気までやって来た。欲求に忠実な体だな、全く。目的地なんてないし、少し眠ってから適当な駅で降りよう。ネカフェがありそうなところにたどり着くのはいつになるだろうか。
瞼をゆっくりとおろして疲れた体を休めることにしよう。なんかバイト探さないとな…忙しくなるだろうから、今くらいは休んでもいいよね?
「いらっしゃいませー。」
「新島ちゃんビールちょうだい!」
「はい、お連れ様もビールにします?」
「僕はハイボールでお願いします。」
「かしこまりました!ご用意しますね!」
あれからもう半年である。適当に降りた駅から更に3日かけて遠くに旅だって県を3つほど跨いだ所にある小さな居酒屋。そので私は働かせてもらっている。掛け持ちで前職で手に入れた事務のスキルを活かして税理事務所でも働かせてもらっている生活をしていた。
前に比べてかなりグレードの下がったアパートに身一つで入れた。たまたま知り合った居酒屋の店長さんの知り合いで、ネカフェ暮らしはダメだと叱られてから住まわせてもらっている。
私を助けてくれた居酒屋の店主は世話焼きおじさんで、その奥さんも来たばかりの私を可愛がってくれた。彼氏なんていなくたってこんな満たされる生活が出来るんだと思った。私は今、幸せだ。
今日も常連のお兄さんや近所のおじさんが店にやって来る。人情に熱い下町は私にはとてもあっている。このままずっと、ここにいてもいいかもしれない。
家出娘かとはじめは思われていたが、私がとっくに成人していて傷心旅行のようなものだと言ったら大層驚かれたものだ。両親の話になったけど、もともと仲良くなくて私の兄を跡継ぎとして優遇するような家系にも未練はなかった。
もう連絡なんてつかないんだよ、そんなこと気づいてないと思うけど。関係ないか。
「飛鳥、ビール頼んだ!」
「は~い、お待たせビールです!」
「やっぱ夏はビールだよな!」
「私はレモンサワーも好きですよ?」
「おっ、いい趣味してるね新島ちゃん。」
「○○会社から出てるレモンサワーに今ハマってるんですよね、9%の。」
「あれ結構辛口じゃない?!もしかして呑兵衛かな?」
「普通ですよ、ふ・つ・う!」
あははと笑い声が絶えない新しい場所は、すっかり私の心に空いた穴を塞いでしまったから、もうあんな後悔をしないように過ごしていきたいな。
……でも、時々やっぱり思い出す。あれから俊樹はどうなっただろう?会社は相変わらず順調に大きくなっていってるだろうか。ちゃんと私の退職届は受理されて、心置きなく全て終わってくれてたらいいんだけど。
少しぼんやりしていたら注文を頼む声がした。いけない、働いてるんだからしっかりしないと!笑顔でお客様に駆け寄って、店長から出された料理を運んで会話を楽しんで。
「最近、飛鳥さん顔色良くなりましたね。」
「本当ですか?嬉しいです!もうすっかり元気ですから!」
「ふふふ、なら今度一緒に出かけましょうか?近くに新しくカフェが出来たのよ。」
「あっ、あの駅前のですか?ママ(店主の奥様)と出かけるの嬉しいから楽しみです!」
互いににっこり笑って、また新しく楽しみが出来た喜びでまた次の日が楽しみになる。あぁ、こんな幸せでいいのかな私。
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