【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら

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断罪の一コマ

断罪? 3

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 「アメリ、本当に良かったのかい?」
 「何がです?私自身には何も問題はありません。」
 「ヒューリックが平民に落ちてその身柄を受け入れるなんて、君は何を考えているんだい?」
 「あの方はまだ子供だったのです。更生の場を与えても良いと思いました。」


 ヒューリックが平民に落とされた後、馬車に乗せられて辺境に運ばれた彼は商業地区にある繊維工場に放り込まれた。そこにはラフな格好をしたアメリと工場長が待ち構えていて、その光景を理解出来なかったヒューリックは暫く言葉を発せず視線を向けることしか出来なかった。アメリはいつも通りの冷静な表情でヒューリックが到着したことを確認すると、繊維工場の中にヒューリックを引きずっていった。

 随分と大人しくなったヒューリック。かなりこってりと王様と兄に怒られたようで、今回の出来事がいかに重大な問題だったのかを宰相に説明されすっかりプライドは無くなってしまった。そこそこの頭で理解できたのは、平民に落とされたことすら寛大な処置だということ。本来ならば鉱山で奴隷として数十年働かされてもおかしくないのだと理解してしまえば反抗の意思は無くなってしまった。

 ここで俺は何をされるのだろう。もう立場上言葉を交わせるような人間ではないのに、もう関わることはないだろうと思っていたのにとヒューリックは戸惑いを隠せない。簡素な応接間に放り込まれたヒューリックをアメリは座らせた。何が何だか理解の追いつかない思考で辺りを見回すと工場長は大きく咳払いをして意識を向けさせる。ヒューリックは混乱したまま視線を工場長に向けた。いつの間にかアメリの姿は見えなくなっていて、重たい空気が流れた部屋に紅茶のいい香りが広がる。どうやらアメリが紅茶を用意してくれたようで工場長が申し訳なさそうに頭を下げていた。


 「私が好きでやっています。あまりそう畏まらないでください。ヒューリック、貴方も落ち着いて話を聞いてください。」
 「……奴隷にでもするつもりですか?」
 「そんなものに興味はありません。貴方を平民の労働力として雇うことにしました。」


 アメリはそう言って紅茶に砂糖を入れて満足げにしている。そこからは工場長から説明が始まった。曰く、隣国との取引で新たに手に入れた特殊な繊維で新たに事業を始めるにあたって人員を集めている最中なのだそうだ。そこで平民になり手の空いたヒューリックを使うことをアメリが決めたのだそうだ。小国の王様は反対したが、アメリはいい機会だといって強行し、現在に至る。ここで少し働くということを学ぶと良い。そういって工場長はヒューリックに工場で配布している制服を渡した。徐々に状況が読み込めてきた彼は戸惑ったままの表情でまたおろおろと工場長とアメリを見比べることを繰り返した。

 そんな彼の様子にアメリは気にした様子もなく紅茶を楽しんでいる。有無を言わさずに工場長が今後について説明を始める。近くに住み込みの寮があり、そこで生活をしろと言われてしまえばヒューリックはいてもたってもいられずに声を荒げてしまう。


 「お、俺は情けをかけてもらえるような人間ではありません!」
 「知っています。ですが私には何も問題はありませんでした。ことが大きくなってしまいましたが、大問題にはなりませんでしたから。身一つでここまで来たでしょう?では、ここで生活を始めたほうが身のためだと思いますよ?どうです?」
 「で、でも…。」
 「根性をここで叩きなおして真っ当な人間になればよいです。なかなか、ここでの仕事は楽しいものですよ。手先は器用なほうでしたね?担当場所は工場長に任せますが、何かあれば私が対処しましょう。総責任者は私ですからね。」


 にっこりと笑って、これで話は終わりと言わんばかりにアメルは用事があるからと言って部屋から出て行ってしまった。それからヒューリックは工場長に長々と今後の説明を受けた。一般的な平民の生活などヒューリックは知らないが、好待遇であることはよくわかった。なんでこんな自分を受け入れたのかヒューリックには見当がつかなかったが、工場長はニンマリとして満足そうに話す。

 この特殊商業区画のほとんどが奴隷だった者たちや行き場のない平民であることを話した。アメルは自分の気に入った者は受け入れるタイプであり、この場所に誇りを持っていると断言しているのだと。ここにいる間はほとんど犯罪にも巻き込まれないし差別もない。自身を見つめ直すいい機会だろう?気楽にな、と言って工場長は笑ったのだった。


 「俺は、彼女に…許されているのでしょうか?」
 「もともと眼中になかったからこうなってるんだろ。残念だったな。まぁ、責任感は人一番強いお方だから、決めたからにはそう簡単に見捨てられないだろう。良かったじゃないか。」
 「そうですか…。」
 「そんな顔をするくらいなら、調子に乗らなきゃよかったのによ。」
 「いつも顔色の変わらない彼女を当時は気に入らなくて…浅はかな考えでとんでもないことをしてしまった自覚はあります。もうどうしようも出来ないことも。チャンスを与えてくださったならば、一生をかけて償うことにします。」
 「おう、そうしな。」


 その後、ヒューリックは献身的に務めた。手先の器用さを生かした男性物の刺繍を施したシルクの服は爆発的な人気を誇り、アメリの片腕として働き続けた。ヒューリックを先頭に活躍を続けたことで、アメリの特殊商業区画はさらに拡大し、一国を勝る大都市となったのだった。そんな彼女はいつも自信満々に呟くのだ。


 「はい、何も問題ありません。」と。


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