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人体実験とは
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次の日の朝。
アリーシアが、いつものように部屋を訪れる。
ディアンにドレスは要らないのだと話した次の日から、アリーシアが毎朝持ってくるのは、ハーブ園で咲いた小さな花に変わっていた。
今日はカモミールの白い花、香りも良い。
今日のハーブティーは、カモミールブレンドなのかもしれない。
きっとディアンが黒仮面の男へ、マルガリータがドレスを貰って困っている事を伝えてくれたのだろう。
有り難く思うのと同時に、やはり黒仮面の男は使用人達とは何らかの方法で毎日連絡を取っているのだという確信も持ててしまって、ますますマルガリータだけが避けられている事をつきつけられる。
黒仮面の男とは、これと言った会話さえもしていないはずだけれど、何かしでかしてしまったのだろうかと本気で悩む程の徹底ぶりだ。
やっと袖を通すのが二度目になったドレスへと着替えると、アリーシアは念入りに髪型を整えてくれた。
こんなに綺麗にしてくれなくてもいいと毎朝訴えるのだが、当然のように却下され続けている。
そして、これももう「毎朝の恒例行事なのかな?」と思ってくしまう位に見慣れてしまった、「おはようございます」の挨拶と同時の、ダリスの困り顔兼謝罪の言葉を戴く。
今日も今日とて、黒仮面の男は大変お忙しいらしい。
ドレスの贈り物攻撃は止まったし、ディアンとの外出についても誰からも何も咎められたりはしなかったので、黒仮面の男に話が通った上で、好きにして良いという事だと判断している。
使用人達の誤解は一向に解けないけれど、奴隷としての底辺生活を自ら望んでいるわけでもないので、考え様によっては、今のこの状況はかなり自由度も高く恵まれていると言わざるを得ない。
もういっそ黒仮面の男とは一生会わずに、この屋敷にこのまま置いて貰えないものか。
(まぁ、何の仕事もしていない人間をずっと好待遇で置くなんて、あり得ないけど)
恐らく黒仮面の男は、人体実験という名の下でマルガリータで試した結果を受け、ハーブの様々な効能が証明できるまでは、このまま何も言わず置いてくれるつもりなのではないだろうか。
その割に、最初に身体全体を採寸されてからは、一度も医者が体調を確認しに来る事も無く、血圧や心拍数の数値を測ったり等、身体の変化を見る様子もないのが解せない。
むしろ最初の採寸さえ、ドレスのオーダーメイド用だったのではないかという疑惑さえ、最近は感じ始めている。
ハーブティーは、毎日朝昼夜の食後とティータイム時、いわゆる今まで伯爵令嬢のマルガリータが紅茶を飲んでいたのとほぼ同じタイミングで出されているし、種類や味も毎日違う。
けれど、実験だと言われているのに、何も成果に繋がるような確認を口頭でさえされないのは不自然だ。
唯一それらしい事と言えば、給仕してくれるアリーシアに「美味しいですか?」「苦くはありませんか?」と味の感想を聞かれる位だろうか。
それは効果を確認しているのではなく、ハーブティーの入れ方に慣れていないアリーシアが、マルガリータの好みを探るために聞いてくれているだけの様な気が、しないでもない。
せめてこれだけは協力しなくてはと思っているから、自発的に「このハーブティーのおかげで良く眠れた」とか「疲れが取れやすくなりました」とか「リラックス出来ていいですね」とか言ってはみているが、その点についてはアリーシアはにこにこと嬉しそうに聞いているだけで、具体的に普段とどこが違うのか等を突っ込んで確認して来たりはしない。
正直、こんな感じでハーブティーの効能人体実験になっているとは到底思えない。
毎日マルガリータの好みに近付いていく新しいブレンドが届くから、何か知らないところで成果を確認しているのかもしれなかったけれど、それはそれでちょっと怖い。
今日の朝食のお供は、予想通りカモミールティー。
(ちょっとだけ、前回とは紅茶の茶葉とのブレンド率が変わったかしら?)
段々と細かい味の差までわかるようになって来て、ちょっとしたハーブティーソムリエの様だ。
ちなみに、この世界にそんな職業はない。気持ち的な問題だ。
元々、紅茶の茶葉の違いを利き分けるのは、貴族の子女の嗜みでもある。
特に、自領地で取れる茶葉の味を知っておく事は必要不可欠とも言え、貴族の子女の間で頻繁に開かれるお茶会では、出される茶葉を褒めるところから会話が始まると言っても過言ではない。
お茶会という名前に反して、優雅にお茶とお菓子を食べるだけの会では決してない。
茶葉の味の違いがわかるかわからないかで、自分のひいては家名の格が見定められる。
表向きは、遊びの一環の中での噂話と見せかけて、政治的な色合いがとても強い会でもあるのだ。
また、噂話が広まるのは異常に早い。
少しでも気を抜いて失敗すれば、一気に蹴落とされる。
だからこそ、マルガリータの利き紅茶は完璧だった。
そこに真奈美の好きだったハーブが加わったブレンドなのだから、ソムリエと言えるレベルになるのは当然の流れとも言える。
ハーブが雑草扱いで、流通もしていないこの世界の今の状況では、何の役にも立たないけれど。
でもいずれは、黒仮面の男の実験が上手くいって、効能が広がれば良いなとは思う。
薬のように、一度飲めばすぐに効くというものではないけれど、じわじわと身体に染み込んで少しだけ不調の改善を助けてくれる存在は、きっとこの世界でも役に立つものばかりなはずだから。
何よりも、雑草だと思われている位には沢山存在するのなら安く供給出来るだろうし、高級な薬等を買えない平民層には、特に広まって欲しい。
とは言え、結局今日も今日とて黒仮面の男とは会えそうもなく、アリーシアもハーブティーの効果実感について何も尋ねて来ない。
ただただ美味しいカモミールティーに舌鼓を打つだけで、何の協力にもなっていなさそうな食後の人体実験を優雅に終え、マルガリータは食器を片付け始めたバルトにそっと耳打ちする。
ダリスやアリーシアに聞かれると、漏れなく反対されそうな予感がしたから、あくまでこっそりと今日の計画は進めたい。
「この後、厨房にお邪魔しても良いですか?」
「俺は別に構わねぇが、嬢ちゃんが楽しめそうなもんは特にねぇぞ」
「明日の昼食の件で、ご相談したい事があって……」
「明日? あぁ、そういや出掛けるから、持ち運べるもん用意しろって言われたっけな」
「そうなのですか?」
どうやら既に、ディアンからバルトへ昼食の依頼が入っているらしい。
と言う事は、やはり多少の遠出になるのだろうか。
(昼食は、バルトさんお手製の昼食が用意されるなら、私が作るのはやっぱり甘い物の方がいいかもしれない。メニューによっては、昼食も手伝いたい所だけれど……)
「この後は使用人達で朝メシ食うから、それが終わった後なら大丈夫だ。でもわざわざ厨房でなくても……俺が出向こうか?」
「いえ、ぜひ厨房でお願いしたいのです。お仕事の邪魔はしませんから」
「そうか? じゃあまぁ、待ってるわ」
「はい。では、後ほど伺いますね」
「了解」
こっそり相談したい事を察してくれたのか、いつもはびっくりするくらい大きな声で豪快に話すバルトが、近くに居たダリスやアリーシアに気付かれないようにこっそり合わせてくれた。
皿を下げながら軽く手を振る事で、この後の訪問許可を示してくれる。
大ざっぱなようでいて、やはり繊細な料理を作るシェフと言ったところか。
こういった小さなサインに気付いてくれるのは、流石だと思う。
今日は、日課になりつつあったハーブ園を訪れるのは止めにしておく。
ディアンも明日の仕入れの支度があるかもしれないし、邪魔はしたくない。
部屋に戻ると同時に、恒例の何もする事を与えられない自由すぎる自由時間に突入したマルガリータは、昨日見つけて借りてきた料理本を開いた。
真奈美の頃の記憶と共に確認するのは、作ろうと思っている物に必要な材料の、主にこの世界と日本との違いだ。
ちらりと窓の外に目をやると、ディアンがハーブの世話をしている後ろ姿が目に入り、自然と表情が緩む。
(喜んでくれるといいな)
最後にもう一度だけ本に目を通してから、時間を見てマルガリータはそっと部屋を出た。
アリーシアが、いつものように部屋を訪れる。
ディアンにドレスは要らないのだと話した次の日から、アリーシアが毎朝持ってくるのは、ハーブ園で咲いた小さな花に変わっていた。
今日はカモミールの白い花、香りも良い。
今日のハーブティーは、カモミールブレンドなのかもしれない。
きっとディアンが黒仮面の男へ、マルガリータがドレスを貰って困っている事を伝えてくれたのだろう。
有り難く思うのと同時に、やはり黒仮面の男は使用人達とは何らかの方法で毎日連絡を取っているのだという確信も持ててしまって、ますますマルガリータだけが避けられている事をつきつけられる。
黒仮面の男とは、これと言った会話さえもしていないはずだけれど、何かしでかしてしまったのだろうかと本気で悩む程の徹底ぶりだ。
やっと袖を通すのが二度目になったドレスへと着替えると、アリーシアは念入りに髪型を整えてくれた。
こんなに綺麗にしてくれなくてもいいと毎朝訴えるのだが、当然のように却下され続けている。
そして、これももう「毎朝の恒例行事なのかな?」と思ってくしまう位に見慣れてしまった、「おはようございます」の挨拶と同時の、ダリスの困り顔兼謝罪の言葉を戴く。
今日も今日とて、黒仮面の男は大変お忙しいらしい。
ドレスの贈り物攻撃は止まったし、ディアンとの外出についても誰からも何も咎められたりはしなかったので、黒仮面の男に話が通った上で、好きにして良いという事だと判断している。
使用人達の誤解は一向に解けないけれど、奴隷としての底辺生活を自ら望んでいるわけでもないので、考え様によっては、今のこの状況はかなり自由度も高く恵まれていると言わざるを得ない。
もういっそ黒仮面の男とは一生会わずに、この屋敷にこのまま置いて貰えないものか。
(まぁ、何の仕事もしていない人間をずっと好待遇で置くなんて、あり得ないけど)
恐らく黒仮面の男は、人体実験という名の下でマルガリータで試した結果を受け、ハーブの様々な効能が証明できるまでは、このまま何も言わず置いてくれるつもりなのではないだろうか。
その割に、最初に身体全体を採寸されてからは、一度も医者が体調を確認しに来る事も無く、血圧や心拍数の数値を測ったり等、身体の変化を見る様子もないのが解せない。
むしろ最初の採寸さえ、ドレスのオーダーメイド用だったのではないかという疑惑さえ、最近は感じ始めている。
ハーブティーは、毎日朝昼夜の食後とティータイム時、いわゆる今まで伯爵令嬢のマルガリータが紅茶を飲んでいたのとほぼ同じタイミングで出されているし、種類や味も毎日違う。
けれど、実験だと言われているのに、何も成果に繋がるような確認を口頭でさえされないのは不自然だ。
唯一それらしい事と言えば、給仕してくれるアリーシアに「美味しいですか?」「苦くはありませんか?」と味の感想を聞かれる位だろうか。
それは効果を確認しているのではなく、ハーブティーの入れ方に慣れていないアリーシアが、マルガリータの好みを探るために聞いてくれているだけの様な気が、しないでもない。
せめてこれだけは協力しなくてはと思っているから、自発的に「このハーブティーのおかげで良く眠れた」とか「疲れが取れやすくなりました」とか「リラックス出来ていいですね」とか言ってはみているが、その点についてはアリーシアはにこにこと嬉しそうに聞いているだけで、具体的に普段とどこが違うのか等を突っ込んで確認して来たりはしない。
正直、こんな感じでハーブティーの効能人体実験になっているとは到底思えない。
毎日マルガリータの好みに近付いていく新しいブレンドが届くから、何か知らないところで成果を確認しているのかもしれなかったけれど、それはそれでちょっと怖い。
今日の朝食のお供は、予想通りカモミールティー。
(ちょっとだけ、前回とは紅茶の茶葉とのブレンド率が変わったかしら?)
段々と細かい味の差までわかるようになって来て、ちょっとしたハーブティーソムリエの様だ。
ちなみに、この世界にそんな職業はない。気持ち的な問題だ。
元々、紅茶の茶葉の違いを利き分けるのは、貴族の子女の嗜みでもある。
特に、自領地で取れる茶葉の味を知っておく事は必要不可欠とも言え、貴族の子女の間で頻繁に開かれるお茶会では、出される茶葉を褒めるところから会話が始まると言っても過言ではない。
お茶会という名前に反して、優雅にお茶とお菓子を食べるだけの会では決してない。
茶葉の味の違いがわかるかわからないかで、自分のひいては家名の格が見定められる。
表向きは、遊びの一環の中での噂話と見せかけて、政治的な色合いがとても強い会でもあるのだ。
また、噂話が広まるのは異常に早い。
少しでも気を抜いて失敗すれば、一気に蹴落とされる。
だからこそ、マルガリータの利き紅茶は完璧だった。
そこに真奈美の好きだったハーブが加わったブレンドなのだから、ソムリエと言えるレベルになるのは当然の流れとも言える。
ハーブが雑草扱いで、流通もしていないこの世界の今の状況では、何の役にも立たないけれど。
でもいずれは、黒仮面の男の実験が上手くいって、効能が広がれば良いなとは思う。
薬のように、一度飲めばすぐに効くというものではないけれど、じわじわと身体に染み込んで少しだけ不調の改善を助けてくれる存在は、きっとこの世界でも役に立つものばかりなはずだから。
何よりも、雑草だと思われている位には沢山存在するのなら安く供給出来るだろうし、高級な薬等を買えない平民層には、特に広まって欲しい。
とは言え、結局今日も今日とて黒仮面の男とは会えそうもなく、アリーシアもハーブティーの効果実感について何も尋ねて来ない。
ただただ美味しいカモミールティーに舌鼓を打つだけで、何の協力にもなっていなさそうな食後の人体実験を優雅に終え、マルガリータは食器を片付け始めたバルトにそっと耳打ちする。
ダリスやアリーシアに聞かれると、漏れなく反対されそうな予感がしたから、あくまでこっそりと今日の計画は進めたい。
「この後、厨房にお邪魔しても良いですか?」
「俺は別に構わねぇが、嬢ちゃんが楽しめそうなもんは特にねぇぞ」
「明日の昼食の件で、ご相談したい事があって……」
「明日? あぁ、そういや出掛けるから、持ち運べるもん用意しろって言われたっけな」
「そうなのですか?」
どうやら既に、ディアンからバルトへ昼食の依頼が入っているらしい。
と言う事は、やはり多少の遠出になるのだろうか。
(昼食は、バルトさんお手製の昼食が用意されるなら、私が作るのはやっぱり甘い物の方がいいかもしれない。メニューによっては、昼食も手伝いたい所だけれど……)
「この後は使用人達で朝メシ食うから、それが終わった後なら大丈夫だ。でもわざわざ厨房でなくても……俺が出向こうか?」
「いえ、ぜひ厨房でお願いしたいのです。お仕事の邪魔はしませんから」
「そうか? じゃあまぁ、待ってるわ」
「はい。では、後ほど伺いますね」
「了解」
こっそり相談したい事を察してくれたのか、いつもはびっくりするくらい大きな声で豪快に話すバルトが、近くに居たダリスやアリーシアに気付かれないようにこっそり合わせてくれた。
皿を下げながら軽く手を振る事で、この後の訪問許可を示してくれる。
大ざっぱなようでいて、やはり繊細な料理を作るシェフと言ったところか。
こういった小さなサインに気付いてくれるのは、流石だと思う。
今日は、日課になりつつあったハーブ園を訪れるのは止めにしておく。
ディアンも明日の仕入れの支度があるかもしれないし、邪魔はしたくない。
部屋に戻ると同時に、恒例の何もする事を与えられない自由すぎる自由時間に突入したマルガリータは、昨日見つけて借りてきた料理本を開いた。
真奈美の頃の記憶と共に確認するのは、作ろうと思っている物に必要な材料の、主にこの世界と日本との違いだ。
ちらりと窓の外に目をやると、ディアンがハーブの世話をしている後ろ姿が目に入り、自然と表情が緩む。
(喜んでくれるといいな)
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