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結婚式

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『『おめでとうございます!!』』

 開かれた扉の先、まず視界に飛び込んできたのは、頭に花輪を付けて可愛らしく着飾ったタオとサラ。
 その両足には沢山の花が入った籠を抱えていて、ナティスとヴァルターの頭上を飛ぶ。
 二人の持つ風の魔力を上手く使う事で、籠に入った花が舞い降りて、花嫁の辿る玉座までの道のりを彩ってくれた。

 広い謁見の間の最奥には、壇上にある魔王の玉座と王妃の玉座。
 その中心に、ロイトが一人立っていた。
 いつもの魔王としてのものではなく、花婿衣装に身を包んだロイトの姿を目に留めて、ナティスは思わず目を見張る。

(ロイトの、あの姿は……)

 格好良くて見惚れた、というのももちろんだけれど、それよりも驚きが勝った。
 ナティスの花嫁衣装がロイトには内緒で進められたのと同様に、ロイトの衣装もナティスには秘密裏に用意されていた。

 準備期間が短かったので、衣装が出来上がったのがほんの数日前だった事もあり、お互い当日まで楽しみは取っておこうと話し合ったからだ。
 けれど、魔王の花嫁衣装が黒一色であるのと同じ様に、花婿衣装も黒一色であることは明らかだったし、正式な魔王としての衣装を着たロイトを何度か見た事もあったので、それと大きく変わらないだろうとも思っていた。

 だから、ナティスとしては何となくの予想が出来ていたはずだった。なのに今、その予想は完全に裏切られている。
 ナティスの目指す先に居るロイトは、確かに予想通りの豪華な黒の衣装を身につけているものの、その肩から足下まで掛かるマントは純白。
 ロイトが純粋な白を纏う姿を見るのは初めてで、思わず足が止まってしまいそうになるほど驚く。

 加えて、内側は美しい刺繍が施された漆黒の生地になっている様で、遠目で見ればしっかりと魔王らしい黒一色の装束にも見える。
 つまりロイトもナティスも打ち合わせすることなく、二人とも前を向いていれば黒一色、背を向けると白一色に見える衣装を、仕立てていた事になる。

 まるで揃えて誂えたかの様な、黒と白の婚礼衣装に、参列者達からは感嘆のため息が漏れた。
 そう、今回の結婚式にはロイトとナティスを祝う為に、参列者が存在している。

 本来魔王の結婚式は、魔王の宣言を受け取る立会人が二人程いれば済むものだ。
 参列者と呼べる者はおらず、儀式が終わった後に祝辞を述べに来る者達を、魔王と新たに迎えられた王妃が玉座で迎え入れるという、普段の謁見に近い形のものらしい。

 ただ今回は、人間と魔族の和平の象徴という役割もある事から、魔族側と人間側からそれぞれ立会人を出すという名目の元、儀式内にごく僅かな参列者を招き入れている状況になっている。
 魔王の玉座側に、魔族側の立会人であるセイル、マヤタ、フォーグ。
 王妃の玉座側に、人間側の立会人として、今代の聖女とリファナが立ってくれていた。

 リファナは今回、四魔天の一人として魔王を祝う為に戻って来たのではなく、勇者の婚約者として、人間側の関係者の立場でこの空間にいた。
 数日前、結婚式に参加する人間側の一行と共に現れたリファナの姿に、四魔天の三人だけでなく、ある程度の事をヴァルターから話を聞いていたはずのロイトまで、驚いた様に言葉を失っていたのが印象的だ。

 それだけヴァルターとリファナの関係は、意外性が高かったという事だろう。
 ここ数日は準備に忙しくて、ゆっくり話す機会がなく、魔王城に到着したその日に顔を合せたきりになっていたけれど、後日リファナにはヴァルターの婚約者と名乗る事になった経緯について、詳しく話を聞かせて貰わなくてはと思っている。

 ナティスのエスコートが終わり次第、人間側の三人目の立会人として、ヴァルターが加わる予定だ。
 そして立会人に加えて、ナティスを育ててくれたヴァルターの母親と、今回も御者として同行したゲイリーの姿もあった。
 タオとサラを加えると、魔族側と人間側のお互いの立会人および参列者はちょうど同数になる。

 綺麗に一列に並んでいる参列者達の間を通り抜ける際に、ゆっくりと集まってくれている全員に視線を向けると、皆一様に祝福の笑顔をくれた。

 マヤタは口笛を鳴らしていたし、セイルはいつも冷静な顔が少し緩んでいて、フォーグは感情全開でとても嬉しそうに尻尾を振ってくれている。
 リファナが優しく微笑んでくれて、母とゲイリーがまだ始まってもいないのに感極まって泣きそうになっている隣で、聖女はナティスの無事な姿を確認する様に何度も頷いている。

 堅苦しい決まりはないのか、皆が自由に感情を表現してくれていて、ナティスの知るいつもの優しい雰囲気がそこにあった。
 気の置けない仲間達ばかりなので、結婚式という儀式としての緊張感はあるものの、広く冷たい謁見の間は暖かい空気が包み、和やかだ。

 やがて、玉座の手前でロイトの元まで導いてくれた、タオとサラの花のシャワーが止む。
 同時に、エスコートしてくれていたヴァルターの歩が緩み、続いてナティスも足を止めた。
 壇上から、ゆっくりとロイトがナティスを迎えに降りて来る。

「大切な妹を頼んだよ、ロイト殿」
「任せておけ。必ず幸せにする」

 ヴァルターが声を掛けると、ロイトがしっかりと頷いた。
 その表情に嘘がない事を確認して、ヴァルターはナティスをエスコートしていた腕を解く。

「行っておいで」
「はい。行って参ります」

 別れの挨拶は、「さようなら」ではなく「行ってきます」にして欲しい。
 何かあった時には、いつでも帰って来られる場所が、変わらずここにあると覚えておいて。

 一年前、聖女の身代わりとしてハイドンを出る時に交わした約束を、ナティスもヴァルターもはっきりと覚えていた。
 そしてもうその言葉に頼らなくても良くなった今でも、有効なのだと知っている。

 聖女の身代わりとしてハイドンを旅立った日と同じ言葉を、前回の様に悔しさや悲しみの涙を堪えながらの笑顔ではなく、今回はお互い心からの笑顔で交わす。
 ハイドンを出たあの時と今では、状況は全く違っているけれど、ヴァルターがナティスを温かく見守ってくれているのは、ずっと変わらない。

 ヴァルターから離れると同時に、ロイトが優しい笑顔で手を差し伸べてくれた。
 そっと右手を乗せると、手の甲にちゅっと短いキスが贈られ、顔を覆っていたヴェールが上げられる。
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