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地の魔石
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「兄様」
「うん、わかる。彼女の力だ」
ナティスが触れた時には、ロイトの魔石と共鳴する様な反応を見せただけで、魔石そのものが姿を見せる事はなかった。
けれどヴァルターが手をかざしただけで、いとも簡単にリファナの瞳と同じ濃い茶色をした小さな石が地中から浮き出てきて、ヴァルターの掌の上に着地する。
薬草園全体に広がって、植物達に力を分け与えていた魔石の力が、急速にヴァルターを守護するように集まってくるのが、ナティスにもわかった。
それはリファナの魔石が、ヴァルターを真の持ち主だと認めた証。
つい昨夜、守護対象者の変更を自身で体験したばかりのはずなのに、目の前で繰り広げられた愛に溢れた現象に、新鮮な感動を覚える。
「魔石の力が、薬草園から離れた……」
「これぞまさしく、女神の加護ってやつかな?」
愛おしそうに魔石を握りしめたヴァルターは、その力が既に自分の為のものであると、知っている様子だった。
そしてそれが、リファナの意思によるものだという事も。
ナティスと違って、ヴァルターは魔石という存在そのものを知らなかったはずだ。
だからそれが、どんな力を持つ物かも知らないはずなのに、ヴァルターは正しくその力を受け入れている。
例え自分にとって未知なる存在であっても、リファナに関係する物なのであれば全部受け止めるという、ヴァルターの度量の広さを物語る様で、ただただ感心する。
「私がお手伝いするまでも、なかったですね」
「そんな事はないよ。ナティスが居なかったら、僕はきっとこの場所には辿り着けていなかった」
「そんな事……」
「ねぇ、ナティス。これを持ち帰ったら、僕の言葉は今度こそ、彼女に届くかな?」
ナティスが否定の言葉を紡ぐ前に、ヴァルターの真剣な声が重なる。
幼かったナティスと出会った頃から、いやきっとそれよりもずっと前から、リファナに愛を囁くヴァルターはいつも真っ直ぐだった。けれど真っ直ぐだからこそ、リファナにはいつも上手に躱されていた。
ヴァルターとリファナがお互いを想い合っている事は、幼いナティスにもすぐわかる程だったのに、リファナの最後の壁はとても分厚くて、ヴァルターの想いは届かない。
幸せそうに笑う二人の顔以上に、拒絶の後に見せる寂しそうな二人の顔を、ナティスは良く知っていた。
人間と魔族の垣根を越える難しさは、よくわかる。
魔力の有無と寿命の差は、種族間を超えて手を取り合うには小さな問題であっても、愛し合うには大きすぎる。
一方的に力の差がある関係も、領地を治めるという地位にいるヴァルターにとっては、領民の理解を得るには高い壁だろう。
自分たちを守ってくれるべき領主よりも強く、畏怖の対象でもある存在がすぐ近くに居る。
どんなに二人が愛し合っていて、それを領民達が表面上で受け入れたとしても、何かあった時ふと覚えた恐怖というのは伝染してしまう。
そして一度広がった疑心暗鬼は、容易に拭えるものではない。
幼いナティスは、そんな二人をずっともどかしく感じていたけれど、リファナもヴァルターも、そんな人間の抱く感覚を、正しく知っていた。
だから二人の関係は、最後の一歩を超えることはなかったのだと、今ならわかる。
それでも、乗り越えられないなんて事は、絶対にないとも思う。
ロイトとナティスが一緒に歩んでいく未来を選んだ様に、ヴァルターとリファナにも幸せになって欲しい。
大好きな二人には、ずっと笑っていて欲しいから。
「えぇ、必ず」
真っ直ぐな目をして力強く頷いたナティスに、ヴァルターはふわりと愛おしい人を想う笑顔を浮かべた。
そしてそれを境に、ヴァルターの表情は、恋する一人の男性からナティスの兄へと切り替わる。
「僕は明日、ハイドンに帰るよ」
「え? もう、ですか?」
「摺り合わせも、今後の方針決定も、滞りなく終わったからね」
ヴァルターが魔王城へ来て、まだ一週間程だ。聞いていた予定より、随分早い。
だがヴァルターは、かなりの覚悟を決めてここまで来ていたはずで、中途半端に話し合いの途中で離脱するとは思えない。
となると、その言葉通り、本当にロイトとの会合は無事に終わったのだろう。
「そう、ですか……」
想像よりも早い別れに戸惑うナティスの頭を、ヴァルターが優しく撫でる。
「ありがとう。世界が明るい未来を描けるのは、全部ナティスのおかげだよ」
「私は、何もしていません」
頑張ったのはロイトや四魔天、ヴァルターや勇者と共に立ち上がった仲間達だ。
ナティスに出来た事はほとんどなくて、ただ守られていただけだった。
「そんな事はない。人間と魔族の和平の為に、これ以上ない位、尽力してくれた」
「……何か私がお役に立てていたのなら、嬉しいです。でも、寂しくなりますね」
ヴァルターの言う尽力が、何を指すのかはやっぱりわからなかった。
けれど、例えほんの一滴だったとしても、ナティスの行動が世界の未来に役立てたのなら嬉しい。
揉める事も争う事もなく、穏やかにそして迅速に物事が決まったのだとしたら、それはとても良い事なのだろう。
ずっといがみ合ってきた人間と魔族との関係を考えれば、ロイトとヴァルターが出会った事で、信じられない位に事は上手く進んでいると言えた。
けれどまだ暫くの間は、ゆっくりヴァルターと話せる機会があると思っていた分、突然の別れに寂しさが募る。
しょんぼりと表情を暗くするナティスに、ヴァルターは心配要らないと明るく笑った。
「そう遠くない内に、ロイト殿とナティスの結婚式に参加する為に、また来るよ。今度はリファナと母上も一緒に連れて来るから、期待していて」
「……っ、はい! 楽しみにしています」
寂しさの先にあったのは、再会の約束。
確かにその日の為なら、今は少し寂しくても、未来が待ち遠しくて笑って見送る事が出来そうだ。
期待を寄せて頷くと、ヴァルターは「それじゃ、準備があるから行くね」とナティスに背を向けかけて、ふと振り返った。
「あ、そうだ。花嫁のドレスの色だけはどうしても決着がつかなかったから、それはナティスに任せるよ」
「ま、まだそのお話、引きずっていたんですか?」
「最重要事項だからね!」
何処かで聞いた様な台詞を当然の様に告げて、ヴァルターはこれで魔王城における全てのやるべき事を終えたと言う様に、爽やかな表情で薬草園から去って行った。
入れ替わるようにしてロイトが現れたので、ヴァルターは気配を察知して、気を利かせてくれたのかもしれない。
「うん、わかる。彼女の力だ」
ナティスが触れた時には、ロイトの魔石と共鳴する様な反応を見せただけで、魔石そのものが姿を見せる事はなかった。
けれどヴァルターが手をかざしただけで、いとも簡単にリファナの瞳と同じ濃い茶色をした小さな石が地中から浮き出てきて、ヴァルターの掌の上に着地する。
薬草園全体に広がって、植物達に力を分け与えていた魔石の力が、急速にヴァルターを守護するように集まってくるのが、ナティスにもわかった。
それはリファナの魔石が、ヴァルターを真の持ち主だと認めた証。
つい昨夜、守護対象者の変更を自身で体験したばかりのはずなのに、目の前で繰り広げられた愛に溢れた現象に、新鮮な感動を覚える。
「魔石の力が、薬草園から離れた……」
「これぞまさしく、女神の加護ってやつかな?」
愛おしそうに魔石を握りしめたヴァルターは、その力が既に自分の為のものであると、知っている様子だった。
そしてそれが、リファナの意思によるものだという事も。
ナティスと違って、ヴァルターは魔石という存在そのものを知らなかったはずだ。
だからそれが、どんな力を持つ物かも知らないはずなのに、ヴァルターは正しくその力を受け入れている。
例え自分にとって未知なる存在であっても、リファナに関係する物なのであれば全部受け止めるという、ヴァルターの度量の広さを物語る様で、ただただ感心する。
「私がお手伝いするまでも、なかったですね」
「そんな事はないよ。ナティスが居なかったら、僕はきっとこの場所には辿り着けていなかった」
「そんな事……」
「ねぇ、ナティス。これを持ち帰ったら、僕の言葉は今度こそ、彼女に届くかな?」
ナティスが否定の言葉を紡ぐ前に、ヴァルターの真剣な声が重なる。
幼かったナティスと出会った頃から、いやきっとそれよりもずっと前から、リファナに愛を囁くヴァルターはいつも真っ直ぐだった。けれど真っ直ぐだからこそ、リファナにはいつも上手に躱されていた。
ヴァルターとリファナがお互いを想い合っている事は、幼いナティスにもすぐわかる程だったのに、リファナの最後の壁はとても分厚くて、ヴァルターの想いは届かない。
幸せそうに笑う二人の顔以上に、拒絶の後に見せる寂しそうな二人の顔を、ナティスは良く知っていた。
人間と魔族の垣根を越える難しさは、よくわかる。
魔力の有無と寿命の差は、種族間を超えて手を取り合うには小さな問題であっても、愛し合うには大きすぎる。
一方的に力の差がある関係も、領地を治めるという地位にいるヴァルターにとっては、領民の理解を得るには高い壁だろう。
自分たちを守ってくれるべき領主よりも強く、畏怖の対象でもある存在がすぐ近くに居る。
どんなに二人が愛し合っていて、それを領民達が表面上で受け入れたとしても、何かあった時ふと覚えた恐怖というのは伝染してしまう。
そして一度広がった疑心暗鬼は、容易に拭えるものではない。
幼いナティスは、そんな二人をずっともどかしく感じていたけれど、リファナもヴァルターも、そんな人間の抱く感覚を、正しく知っていた。
だから二人の関係は、最後の一歩を超えることはなかったのだと、今ならわかる。
それでも、乗り越えられないなんて事は、絶対にないとも思う。
ロイトとナティスが一緒に歩んでいく未来を選んだ様に、ヴァルターとリファナにも幸せになって欲しい。
大好きな二人には、ずっと笑っていて欲しいから。
「えぇ、必ず」
真っ直ぐな目をして力強く頷いたナティスに、ヴァルターはふわりと愛おしい人を想う笑顔を浮かべた。
そしてそれを境に、ヴァルターの表情は、恋する一人の男性からナティスの兄へと切り替わる。
「僕は明日、ハイドンに帰るよ」
「え? もう、ですか?」
「摺り合わせも、今後の方針決定も、滞りなく終わったからね」
ヴァルターが魔王城へ来て、まだ一週間程だ。聞いていた予定より、随分早い。
だがヴァルターは、かなりの覚悟を決めてここまで来ていたはずで、中途半端に話し合いの途中で離脱するとは思えない。
となると、その言葉通り、本当にロイトとの会合は無事に終わったのだろう。
「そう、ですか……」
想像よりも早い別れに戸惑うナティスの頭を、ヴァルターが優しく撫でる。
「ありがとう。世界が明るい未来を描けるのは、全部ナティスのおかげだよ」
「私は、何もしていません」
頑張ったのはロイトや四魔天、ヴァルターや勇者と共に立ち上がった仲間達だ。
ナティスに出来た事はほとんどなくて、ただ守られていただけだった。
「そんな事はない。人間と魔族の和平の為に、これ以上ない位、尽力してくれた」
「……何か私がお役に立てていたのなら、嬉しいです。でも、寂しくなりますね」
ヴァルターの言う尽力が、何を指すのかはやっぱりわからなかった。
けれど、例えほんの一滴だったとしても、ナティスの行動が世界の未来に役立てたのなら嬉しい。
揉める事も争う事もなく、穏やかにそして迅速に物事が決まったのだとしたら、それはとても良い事なのだろう。
ずっといがみ合ってきた人間と魔族との関係を考えれば、ロイトとヴァルターが出会った事で、信じられない位に事は上手く進んでいると言えた。
けれどまだ暫くの間は、ゆっくりヴァルターと話せる機会があると思っていた分、突然の別れに寂しさが募る。
しょんぼりと表情を暗くするナティスに、ヴァルターは心配要らないと明るく笑った。
「そう遠くない内に、ロイト殿とナティスの結婚式に参加する為に、また来るよ。今度はリファナと母上も一緒に連れて来るから、期待していて」
「……っ、はい! 楽しみにしています」
寂しさの先にあったのは、再会の約束。
確かにその日の為なら、今は少し寂しくても、未来が待ち遠しくて笑って見送る事が出来そうだ。
期待を寄せて頷くと、ヴァルターは「それじゃ、準備があるから行くね」とナティスに背を向けかけて、ふと振り返った。
「あ、そうだ。花嫁のドレスの色だけはどうしても決着がつかなかったから、それはナティスに任せるよ」
「ま、まだそのお話、引きずっていたんですか?」
「最重要事項だからね!」
何処かで聞いた様な台詞を当然の様に告げて、ヴァルターはこれで魔王城における全てのやるべき事を終えたと言う様に、爽やかな表情で薬草園から去って行った。
入れ替わるようにしてロイトが現れたので、ヴァルターは気配を察知して、気を利かせてくれたのかもしれない。
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