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傍に居る為の決意

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(私が居なくなった後は、別の大切な人を見つけて幸せになって欲しい。そう伝えるのは、簡単だけれど……)

 実際ティアは、最期にそう願った。
 けれどロイトは、その気持ちの切替が簡単には出来ない程、一途でとても愛情深い人なのだ。
 ナティスを選んでくれたのだって、様々な奇跡が重なったからこそ受け入れられたに過ぎないと、今でも感じている。

 今更ティアの記憶がなくなる訳でも、消せる訳でもないから、実際の所は分からない。
 もしナティスにティアの記憶がなかったとして、それでもナティスはロイトにまた恋をしただろうし、いくら拒絶されても諦めることはなかった自信はある。

 けれど、ナティスにティアの記憶が全く無かったなら、ロイトの心を開くまでには、ロイトを根負けさせて受け入れて貰うには、もっとずっと時間がかかったに違いない。

 だから「何度でも生まれ変わって、また会いに来ます」なんて約束は、例え自分が本気でそう思っていても、気軽にしてはいけないと感じていた。
 奇跡なんて簡単には起きないものだし、きっとその言葉はロイトを縛ってしまうから。

 ロイトがナティスの持つ魔石を見て、そしてロイト自身に魔力が戻らずナティスに属する物であると知って、震えていた理由がようやくわかった。

 ティアとの思い出を、取り戻せた事に感動したのではない。悲しみを、思い起こしてしまったのでもない。
 この先ナティスを失わず、同じ時を刻んでいける可能性がそこにあったから。
 ティアではなくナティスを想ってくれたからこその、驚きと感動によるものだったのだ。

(今度こそ、ロイトを一人で残して逝く事は、絶対にしたくない)

 性格は、早々変えられない。
 ナティスはこの先も、大切な人の為になると思えば、多少の無茶はしてしまうだろう。
 自分では誰かの為にばかりに生きているつもりはないけれど、周りから見ればそう思われてしまうのだろう選択をしてしまう事も、きっと多い。

 けれどナティスには、あまり嬉しい事ではないけれど、命の危機に対して積み重ねた経験がある。
 何よりも、もし自分が傍から居なくなった後、ロイトがどれだけ悲しみに飲まれるのか、身をもって知っている。
 あんな光の灯らない瞳を、感情の抜け落ちた表情を、二度とさせる訳にはいかない。

 ロイトからの愛をナティスとして受け取った今、ティアと同様もしかしたらそれ以上に、この命一つで世界全てを滅ぼす程の威力があると、自覚しておく必要がある。

 自分の価値以上の責任がのし掛かるのは、少し怖くもあった。
 けれど、それだけの愛情を贈られた嬉しさもあるのだから、何があってもロイトの傍に居る覚悟を決めるしかない。

(ロイトへの愛情は、この先も絶対になくならない自信はあるし、与えられる愛がどれだけ大きくても、受け止める覚悟もあるけれど……だからこそ危機管理能力は、もっと高めておかなくては)

 ロイトとヴァルターが居れば、魔族と人間が手を取り合える未来は、きっとそう遠くない。
 けれど種族の意識差はまだまだ大きいし、魔王の配偶者という立場になる以上、危険が伴うのは避けられないだろう。

 力を持たないただの人間であるナティスに、出来る事は少ない。
 魔族との能力差はどうしようもないし、相手が人間であっても、ティアを襲った様な訓練された暗殺者から一人で逃れられる術を身につけるのは、きっととても難しい。

 ならばせめて、正しく周りに頼れる様に。何より、ロイトを悲しませる事にならない様に。
 自分に出来る範囲で最大限の努力をする事が、隣に並び立つ為の大切な一歩だ。

 ロイトの為にナティスが出来る事は、きっとそう難しいものではない。
 ずっと笑って、隣に居る事。
 大好きな深い海の様な碧色の瞳を、二度と悲しみと憎悪で濁らせない事。

 それならきっと、ナティスにだって出来る。
 いや、ナティスにしか出来ないのだと、自惚れでも良いから心に留めておく。

 魔族としての長い寿命を捨ててまで、大切にしてきたこの国を手放してまで、ナティスを望むと決意してくれたロイトの気持ちを、ようやく本当の意味で全部受け止められた気がした。

「ナティス?」
「私は絶対に、お傍を離れません!」

 一人決意を新たにしていたナティスの様子を、どうかしたのかと心配そうに覗き込んで来たロイトに、声高らかに宣言する。
 ナティスの気合いの籠もった言葉を受けて、ロイトは一瞬驚いた顔をし、そして次の瞬間、とても嬉しそうに笑った。

「よろしく頼む」

 ぎゅっと更に力の込められた腕の中は、少し息苦しい。
 けれどロイトがとても幸せそうな顔をしていたから、抗議の声を出す事は出来なかった。
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