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お守りの魔石を手放す勇気
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(それはまだ、難しいわよね……)
ナティスがティアだという証拠は、何もない。
唯一といえるのは、問題となっている魔石そのものだけれど、それを持って生まれてきた事を示す証はなかった。
信じて貰えなければ、逆にロイトを傷付ける人間として判断を下されかねない。
ナティスがそんな事をする理由も必要もないと、三人はきっと分かってくれている。
けれど、隠し事をしているのもまた事実だ。
ティアの遺体が握りしめていたはずの魔石は、ナティスが生まれ変わる時にどうなっていたのだろう。
その場から忽然と消えたならまだしも、ティアと一緒に弔われたのだったとしたら、それをどこで手に入れたのだと責められてしまう可能性は高い。
お墓やそれに準ずる物が、魔族の国にあるのかどうかさえナティスにはわからないけれど、きちんと弔ってくれたのだとしたら、墓荒らしの疑いだってかけられても可笑しくない状況になる。
せっかく期待を寄せて貰っているのに、全てを壊す事にもなりかねない。
だからといって何も対策をしなければ、ある日突然封印が解けて、更なる混乱に陥る事は目に見えていた。
涙をのんで大切にしまっておいたとしても、いつ誰に見つかるかもわからない。
それは、自分から真実を告げるより悪手な気がした。
本当はリファナから離れた時点で、厳重にしまっておくのが正しい事は明白だったし、ちゃんとわかってもいたのに。
それでも尚、まだ肌身離さず持っていたい気持ちを抑えられないでいる。
(わかっては、いるんだけれど……)
お守りという存在に頼らずとも、ナティスを支えてくれる人達は沢山居て、一人じゃない事は自分自身が良く理解している。
普通とは違う娘を、最期まで守ってくれた父母を始め、リファナやヴァルター、ヴァルターの母や今代の聖女、それにハイドンの人々は皆、厄介者であるはずのナティスを快く受入れてくれた。
魔族の国に来てからも、一方的に送られてきた偽物の聖女という迷惑な存在にも関わらず、フェンやタオを始め友達だと言ってくれる魔族や、マヤタやセイル、中庭に集まってくれる魔族達の様に、ナティスを受入れてくれる魔族だって沢山増えた。
辛く苦しい状況でも、優しい人々に囲まれて幸せを感じるし、その人々のお蔭で今のナティスでいられると頭ではわかっているのに、最後の心の支えはやっぱりロイトなのだ。
だが、本人がすぐ傍に居ても、今のロイトはナティスを見てはいない。
それは覚悟して来た事で、わかっているからこそ、ナティスの為だけに唯一存在するロイトの力に、頼りたくなってしまうのかもしれない。
「もっと強く、ならなくちゃ……」
思考と共にぽろぽろと零れ落ちるナティスの声は、周りに人の居ない町から離れた丘の上という環境の中、誰に聞かれる事もなく夜に溶ける。
そっとロイトの様子を伺うと、未だ瞳は閉じられたままナティスの膝の上にあった。
ただ、ナティスの独り言が大きすぎたのだろうか。
聞こえていたはずの寝息は、少し小さくなってしまっている気がする。
どこまでが頭の中で考えた事で、どこまでを声に出してしまっていたのか少し不安ではあるが、小さくはなっても変わらず紡がれている呼吸音が耳に心地よいので、ロイトにその言葉の数々を拾われてはいないはずだった。
再びロイトの白銀の髪に、そっと指を絡める。
「ロイトの髪、随分伸びたなぁ」
ティアと過ごしていた頃は、肩ほどの長さだったと記憶している。
相変わらずサラサラの指触りは、女性としては少し羨ましい位だ。
魔力を持つ者の髪には、多くの力が宿っているという。
ロイトが魔力を持たないナティスの髪に触れることを好む様に、他の魔族達に弾かれてしまうと言っていた。
ロイトの髪に触れられるのもまた、ナティスが魔力を持たない人間だからこそなのだろう。
そう考えると、ロイトが髪に触れてくれる事も、そしてこうしてロイトの髪に躊躇無く触れられる事も、今はナティスだけの特権である様に感じて少し嬉しい。
ティアには、常に同じ長さで整えていると教えてくれたと記憶しているけれど、無造作に伸びたそれはティアを亡くしてから十八年間、手を加えていない証拠の様だった。
指を通すその長さは、今はもうナティスとそう変わらない。
それはつまり、ティアと同じ位の長さになったのだともいえる。
単に切りそろえることを止めただけかも知れないけれど、もしかしたらこれもロイトがティアを悼む気持ちからの行動なのかもしれないと、考えてしまう自分がいた。
ナティスがティアだという証拠は、何もない。
唯一といえるのは、問題となっている魔石そのものだけれど、それを持って生まれてきた事を示す証はなかった。
信じて貰えなければ、逆にロイトを傷付ける人間として判断を下されかねない。
ナティスがそんな事をする理由も必要もないと、三人はきっと分かってくれている。
けれど、隠し事をしているのもまた事実だ。
ティアの遺体が握りしめていたはずの魔石は、ナティスが生まれ変わる時にどうなっていたのだろう。
その場から忽然と消えたならまだしも、ティアと一緒に弔われたのだったとしたら、それをどこで手に入れたのだと責められてしまう可能性は高い。
お墓やそれに準ずる物が、魔族の国にあるのかどうかさえナティスにはわからないけれど、きちんと弔ってくれたのだとしたら、墓荒らしの疑いだってかけられても可笑しくない状況になる。
せっかく期待を寄せて貰っているのに、全てを壊す事にもなりかねない。
だからといって何も対策をしなければ、ある日突然封印が解けて、更なる混乱に陥る事は目に見えていた。
涙をのんで大切にしまっておいたとしても、いつ誰に見つかるかもわからない。
それは、自分から真実を告げるより悪手な気がした。
本当はリファナから離れた時点で、厳重にしまっておくのが正しい事は明白だったし、ちゃんとわかってもいたのに。
それでも尚、まだ肌身離さず持っていたい気持ちを抑えられないでいる。
(わかっては、いるんだけれど……)
お守りという存在に頼らずとも、ナティスを支えてくれる人達は沢山居て、一人じゃない事は自分自身が良く理解している。
普通とは違う娘を、最期まで守ってくれた父母を始め、リファナやヴァルター、ヴァルターの母や今代の聖女、それにハイドンの人々は皆、厄介者であるはずのナティスを快く受入れてくれた。
魔族の国に来てからも、一方的に送られてきた偽物の聖女という迷惑な存在にも関わらず、フェンやタオを始め友達だと言ってくれる魔族や、マヤタやセイル、中庭に集まってくれる魔族達の様に、ナティスを受入れてくれる魔族だって沢山増えた。
辛く苦しい状況でも、優しい人々に囲まれて幸せを感じるし、その人々のお蔭で今のナティスでいられると頭ではわかっているのに、最後の心の支えはやっぱりロイトなのだ。
だが、本人がすぐ傍に居ても、今のロイトはナティスを見てはいない。
それは覚悟して来た事で、わかっているからこそ、ナティスの為だけに唯一存在するロイトの力に、頼りたくなってしまうのかもしれない。
「もっと強く、ならなくちゃ……」
思考と共にぽろぽろと零れ落ちるナティスの声は、周りに人の居ない町から離れた丘の上という環境の中、誰に聞かれる事もなく夜に溶ける。
そっとロイトの様子を伺うと、未だ瞳は閉じられたままナティスの膝の上にあった。
ただ、ナティスの独り言が大きすぎたのだろうか。
聞こえていたはずの寝息は、少し小さくなってしまっている気がする。
どこまでが頭の中で考えた事で、どこまでを声に出してしまっていたのか少し不安ではあるが、小さくはなっても変わらず紡がれている呼吸音が耳に心地よいので、ロイトにその言葉の数々を拾われてはいないはずだった。
再びロイトの白銀の髪に、そっと指を絡める。
「ロイトの髪、随分伸びたなぁ」
ティアと過ごしていた頃は、肩ほどの長さだったと記憶している。
相変わらずサラサラの指触りは、女性としては少し羨ましい位だ。
魔力を持つ者の髪には、多くの力が宿っているという。
ロイトが魔力を持たないナティスの髪に触れることを好む様に、他の魔族達に弾かれてしまうと言っていた。
ロイトの髪に触れられるのもまた、ナティスが魔力を持たない人間だからこそなのだろう。
そう考えると、ロイトが髪に触れてくれる事も、そしてこうしてロイトの髪に躊躇無く触れられる事も、今はナティスだけの特権である様に感じて少し嬉しい。
ティアには、常に同じ長さで整えていると教えてくれたと記憶しているけれど、無造作に伸びたそれはティアを亡くしてから十八年間、手を加えていない証拠の様だった。
指を通すその長さは、今はもうナティスとそう変わらない。
それはつまり、ティアと同じ位の長さになったのだともいえる。
単に切りそろえることを止めただけかも知れないけれど、もしかしたらこれもロイトがティアを悼む気持ちからの行動なのかもしれないと、考えてしまう自分がいた。
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