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灯された明かりの想い

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「何か、気になる物でもあったか?」
「いえ……っあ! あのお店!」

 ロイトの問いかけに、「気になっているのは貴方です」と言いかけたけれど、前方に見つけたある屋台へと、一気に意識が持って行かれる。

「薬屋だな、覗いてみるか?」
「はい!」

 ナティスの視線の先に気付いたロイトが、頷いて手を引いてくれる。
 デートだという大義名分を抜きにしても、さりげないロイトの行動は、やはり優しい。

「いらっしゃい! ……おや陛下、もうお加減はよろしいので?」
「あぁ、心配をかけた」

 並べられていた治療薬や薬草を覗き込もうとしたら、店主がにこやかに声を掛けてくれる。
 その直後、一緒に居たロイトの存在に気付いた店主が、驚いた表情で声を上げた。
 魔王といえども、城下町によく下りるロイトと人々との関係は気安いもので、ティアと来ていた頃も、城下を歩いていると気軽に声を掛けられていたのを覚えている。

 前魔王がどうだったかはともかく、人間の国の王と平民が直接顔を合せる機会が全くないのと真逆に、魔族の国では人々がロイトと言葉を交す事自体に、今更驚きはしない。
 けれど、交された会話の内容を看過はできなくて、隣に居たロイトに視線を向けた。

「魔王様、どこかお加減が悪いのですか?」
「いや、そうではない。この時期の事は、城下の者達も皆知っているからな……」

 苦笑する表情は、毎年ロイトがティアの部屋に籠もる事も、どうしてそうしているのかも、城下の皆が知っているのだと物語っていた。
 ロイトとティアは、よく二人で城下町に出掛けて来ていた。
 二人の関係を町の人々が察していたのも、当然かも知れない。
 そしてティアを失ったロイトを、皆が心配して気にかけているのだと言う事を、ロイト自身も理解している様だ。

「陛下がお強い事はわかっているのですが、我々が勝手に心配をしてしまっておりまして……」
「この時期は皆が俺の為に、普段より多くの灯りを照らしてくれているのには気付いている。今年はいつもより長くて大変だっただろう……すまなかったな」
「少しでも陛下のお慰めになれば、それで良いのです。こうして無事なお姿を見せて頂けたなら、皆それだけで報われます」
「……感謝する」

 薬屋の店主の言葉に嘘はなく、だからこそロイトはただ感謝を述べたのだろう。
 城下町の灯りがこんなにもキラキラと明るいのは、人々がロイトを心配している証拠だったのだと知って、胸が熱くなる。

 確か魔族の国の灯りは、そこに住む人々の魔力で出来ていると聞く。
 つまり町を照らす灯りの一つ一つに、誰かの魔力が宿っているという事に他ならない。
 ティアの部屋のベランダからは、城下町が広く見渡せるので、その明かりは城下の人々からロイトへのエールなのは一目瞭然だった。
 そしてそれを素直に受け止められる王であるから、ロイトの為に皆が行動を起こし、心配もするのだろう。

「そういう事だったのですね……」
「ところでお嬢さんは、どちら様ですかな?」

 ロイトが外に出て来れたのならばそれで良いのだという風に、店主は話を切替えて商売人の顔をした。
 ナティスが、商品に興味を示していた事は、しっかり把握していたのだろう。

 城下町で取引されている治療薬が、中庭で魔族達から聞いたように自分の作る物と違うのかどうか、この目で確かめたいと思っていた。
 デートには似つかわしくないと理解しつつ、思わず見つけた薬屋の屋台へと足を向けてしまったのは確かなので、その商売人の勘は外れてはいない。

「今年の厄介者だ」
「あぁ! 今回は、一風変わった聖女様がいらしたと噂になっておりましたが……そうですか、お嬢さんが……」
「ここにまで、私が変な娘だって噂が流れてるんですか!?」

 どこに行っても初対面の人に、「変わっている」と評されるのは、何故なのか。
 変な事はしていないつもりなのに、魔族の国には一体ナティスについて、どんな噂が出回っているのだろう。

 悲鳴に近い叫びを上げると、店主は可笑しそうに笑った。
 ロイトまでもナティスから視線を外して肩を震わせているので、表情は見えないけれど面白がっていることは確実だ。

「悪い噂ではないので、ご安心を。それにしても人間の娘さんが、陛下とご一緒に行動されているとは……驚きましたな」
「単なる成り行きだ」
「次回は、ちゃんと魔王様にデートだと言って頂けるように、頑張る所存です」
「お前……」
「ふははっ。確かに、変わったお嬢さんですな」

 更に爆笑する店主を前に、呆れた様な何かを諦めた様な表情で、ロイトがため息をついた。

「……それで? 何が気になるんだ」
「えぇっと、治療薬の調合方法は……教えて貰えませんよね?」
「流石にそれは商売道具ですからなぁ。……あぁでも、調合する前の薬草なら取り扱ってますよ」
「では、それを見せて貰えますか?」
「はいよ」

 薬草の数々を用意してくれている店主の姿を前に、ロイトが不思議そうにナティスを見る。

「治療薬なら、お前は自分で作れるだろう? 材料は中庭の薬草園で十分だろうし、使用した者達から品質も問題ないと聞いているが?」
「この国で使われている治療薬と、私が調合した物では効きが違うみたいなので……」
「あぁ……確か原因が知りたいと言っていたな」
「調合方法がわかれば、明確な差がわかるのかもしれませんけど、それを教えて貰うのは難しいとわかっているので……せめて実物を見られたらと」
「なるほど……店主」

 ナティスの言葉に納得したように頷いて、ロイトは薬草の束を集めている最中の店主に声を掛けた。

「はい」
「ここにある治療薬と扱っている薬草を、各一つずつ城に届けてくれ」
「全種、ですか?」
「あぁ」
「かしこまりました」
「魔王様?」
「お前の部屋に届けさせる。好きに使うと良い」
「あの、でも……私お金を持っていなくて……」
「俺は一応、この国の王なんだが?」
「そうですね?」
「……金の心配はいらない」

 ナティスが首を傾げると、ロイトは苦虫を噛み潰した様な顔をした。
 そんな二人を見て、店主の笑いは止まらない。
 先程から店主は笑いっぱなしで辛いと主張するように、脇腹を抱えている。

「お嬢さん、陛下とデートしたいのならば、素直に奢られておく事をお勧めしますよ。扱っている自分で言うのも何ですが、治療薬と薬草では贈り物として色気がなさ過ぎますがね」

 心外だと言う様にため息を落としたロイトの姿に、デートをしたいと言ったのはナティスの方だったはずなのに、甘え所を間違っていた事に気付く。
 ナティスの望みを受けてくれた時点で、恋人の様に心はこもっていなくても、そういう扱いをしてくれると了承してくれたに違いないのに、変に気を遣いすぎていたようだ。

「いくら人間のマナーに疎くても、お前に代金を払わせるつもりは最初からない」

 店主に料金を支払っているロイトの横顔を眺めながら、ここは素直に喜んでおくべき所だったと気付いた。
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