上 下
54 / 195

治療薬不足の現状

しおりを挟む
『皆、聖女様の事が大好きでした。今でも、中庭に座っていて下さったらどんなに助かるだろうと、そう思う事もあります……そう言えば、まだお礼を申し上げていませんでしたね。タオに貴重な治療薬を使って頂いて、ありがとうございました』
『治療薬の在庫が少ないと伺っていましたが、そんなにもお困りなんですか?』
『もちろん兵士の分は、何とか確保出来ていると聞きます。ですがワタシ達の様な偵察隊や、魔王城内で働く者達の様な、前線に出る訳ではない者達の分までは、回らないのが現状ですね』

 確かに、人間よりも強い身体を持つ魔族は、軽い怪我や病気なら数日眠れば治るとも聞く。
 タオだって、ボロボロの身体だったのに、眠れば治るからと言っていた。
 それは比喩などでは無く、本当にそうして今まで治して来たからなのだろう。

 思い返せば、ティアの所に集まっていた魔族達も、兵士という身分の者は少なかったように思う。
 治療薬を使っても癒やしきれない程の大きな怪我をした魔族達が、ティアの元を訪れることはあっても、小さな怪我や病気で訪れる兵士は皆無と言って良かった。

 もちろん、あの頃とは世界の状況も違う。
 ロイトが戦いを止めようと尽力していた頃だったし、人間と魔族との争いは小競り合い程度が関の山だった。
 怪我をする人数としては、今と比べものにならない位に少なかっただろう。

 あの頃は、薬草園の元管理者も存在していただろうから、治療薬も十分備えてあったはずだ。
 だから、兵士がティアの癒しの力を必要とする場面はほとんどなかったし、治療を必要とする魔族もそう多くはなかった。

 だが、今の状況下に置いては、備蓄が少しも他に回らない程に逼迫しているのが感じられる。
 魔王城の備蓄を使う優先順位は、確かにそれで正しいのかも知れない。
 タオやタオの兄も、それで良いのだと納得しているのもわかる。

 けれどそれでも、ティアが居てくれたら、癒しの力を使える者が居てくれたら助かる、という思いもきっと本当なのだろう。
 早く回復するからと言って、辛くない訳ではないのだから。
 それがわかったからこそ、自然とナティスは自分が出来そうな事を口にしていた。

『私が、そのかつての聖女の様に動くことは、ご迷惑でしょうか?』
『それは、どういう……?』
『私は聖女ではありませんから、癒しの力という万能の力はありません。けれど軽傷の怪我や病気なら、症状に合わせた治療薬を作る事は出来ます。皆さんさえ私に拒否反応がないのなら、かつての聖女と同じように中庭を使わせて貰えれば、ある程度の治療が行える思うのです』
『もしや最近、薬草園を復活させて、尚且つ治療薬を作る事が出来る者が現れたというのは?』

 ほんの少し希望の光を見いだした様に、タオの兄がはっと思いついた表情で、ナティスを見た。
 ナティスは、その言葉にこくりと頷く。

『私の事だと思います』
『だとするなら、そのご提案は確かにワタシ達にとって、助かるものではあるのですが……』
『何か問題が? ただここに置いて貰っているのは心苦しいので、私に出来ることがあるのなら、少しでも力になりたいのです』
『許可があれば、可能かも知れません。城内の事については、今までは四魔天である地の長様が担当されていたのですが、お姿を消して久しく……今は代わりに水の……あ、噂をすれば……!』

 タオの兄が視線の先に誰かを捕らえて、頭を垂れた。
 釣られてナティスがその視線の先に目を向けると、そこには廊下を歩くフォーグの姿が見える。
 ナティスに部屋を用意してくれて以来会っていなかったけれど、どうやら元気そうで安心し、同時にタオの兄が言いかけた言葉が何なのかを察した。

『もしかして、フォーグさんに許可を貰う事が出来たら、中庭で診療所を開くことが、可能なんですか?』
『はい。あのお方が許可を出したなら、文句を言う者はいません』
『そうなんですね。じゃあ、ちょっと行ってきます!』
『えっ……ちょ……』

 驚いた様子のタオの兄が止める暇もなく、ナティスは駆け出していた。
 そしてフォーグが、誰かが近付いてくる気配を察知して顔を上げたのと同時に、ナティスはフォーグに向かって大きく手を振る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

処理中です...