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治療薬不足の現状
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『皆、聖女様の事が大好きでした。今でも、中庭に座っていて下さったらどんなに助かるだろうと、そう思う事もあります……そう言えば、まだお礼を申し上げていませんでしたね。タオに貴重な治療薬を使って頂いて、ありがとうございました』
『治療薬の在庫が少ないと伺っていましたが、そんなにもお困りなんですか?』
『もちろん兵士の分は、何とか確保出来ていると聞きます。ですがワタシ達の様な偵察隊や、魔王城内で働く者達の様な、前線に出る訳ではない者達の分までは、回らないのが現状ですね』
確かに、人間よりも強い身体を持つ魔族は、軽い怪我や病気なら数日眠れば治るとも聞く。
タオだって、ボロボロの身体だったのに、眠れば治るからと言っていた。
それは比喩などでは無く、本当にそうして今まで治して来たからなのだろう。
思い返せば、ティアの所に集まっていた魔族達も、兵士という身分の者は少なかったように思う。
治療薬を使っても癒やしきれない程の大きな怪我をした魔族達が、ティアの元を訪れることはあっても、小さな怪我や病気で訪れる兵士は皆無と言って良かった。
もちろん、あの頃とは世界の状況も違う。
ロイトが戦いを止めようと尽力していた頃だったし、人間と魔族との争いは小競り合い程度が関の山だった。
怪我をする人数としては、今と比べものにならない位に少なかっただろう。
あの頃は、薬草園の元管理者も存在していただろうから、治療薬も十分備えてあったはずだ。
だから、兵士がティアの癒しの力を必要とする場面はほとんどなかったし、治療を必要とする魔族もそう多くはなかった。
だが、今の状況下に置いては、備蓄が少しも他に回らない程に逼迫しているのが感じられる。
魔王城の備蓄を使う優先順位は、確かにそれで正しいのかも知れない。
タオやタオの兄も、それで良いのだと納得しているのもわかる。
けれどそれでも、ティアが居てくれたら、癒しの力を使える者が居てくれたら助かる、という思いもきっと本当なのだろう。
早く回復するからと言って、辛くない訳ではないのだから。
それがわかったからこそ、自然とナティスは自分が出来そうな事を口にしていた。
『私が、そのかつての聖女の様に動くことは、ご迷惑でしょうか?』
『それは、どういう……?』
『私は聖女ではありませんから、癒しの力という万能の力はありません。けれど軽傷の怪我や病気なら、症状に合わせた治療薬を作る事は出来ます。皆さんさえ私に拒否反応がないのなら、かつての聖女と同じように中庭を使わせて貰えれば、ある程度の治療が行える思うのです』
『もしや最近、薬草園を復活させて、尚且つ治療薬を作る事が出来る者が現れたというのは?』
ほんの少し希望の光を見いだした様に、タオの兄がはっと思いついた表情で、ナティスを見た。
ナティスは、その言葉にこくりと頷く。
『私の事だと思います』
『だとするなら、そのご提案は確かにワタシ達にとって、助かるものではあるのですが……』
『何か問題が? ただここに置いて貰っているのは心苦しいので、私に出来ることがあるのなら、少しでも力になりたいのです』
『許可があれば、可能かも知れません。城内の事については、今までは四魔天である地の長様が担当されていたのですが、お姿を消して久しく……今は代わりに水の……あ、噂をすれば……!』
タオの兄が視線の先に誰かを捕らえて、頭を垂れた。
釣られてナティスがその視線の先に目を向けると、そこには廊下を歩くフォーグの姿が見える。
ナティスに部屋を用意してくれて以来会っていなかったけれど、どうやら元気そうで安心し、同時にタオの兄が言いかけた言葉が何なのかを察した。
『もしかして、フォーグさんに許可を貰う事が出来たら、中庭で診療所を開くことが、可能なんですか?』
『はい。あのお方が許可を出したなら、文句を言う者はいません』
『そうなんですね。じゃあ、ちょっと行ってきます!』
『えっ……ちょ……』
驚いた様子のタオの兄が止める暇もなく、ナティスは駆け出していた。
そしてフォーグが、誰かが近付いてくる気配を察知して顔を上げたのと同時に、ナティスはフォーグに向かって大きく手を振る。
『治療薬の在庫が少ないと伺っていましたが、そんなにもお困りなんですか?』
『もちろん兵士の分は、何とか確保出来ていると聞きます。ですがワタシ達の様な偵察隊や、魔王城内で働く者達の様な、前線に出る訳ではない者達の分までは、回らないのが現状ですね』
確かに、人間よりも強い身体を持つ魔族は、軽い怪我や病気なら数日眠れば治るとも聞く。
タオだって、ボロボロの身体だったのに、眠れば治るからと言っていた。
それは比喩などでは無く、本当にそうして今まで治して来たからなのだろう。
思い返せば、ティアの所に集まっていた魔族達も、兵士という身分の者は少なかったように思う。
治療薬を使っても癒やしきれない程の大きな怪我をした魔族達が、ティアの元を訪れることはあっても、小さな怪我や病気で訪れる兵士は皆無と言って良かった。
もちろん、あの頃とは世界の状況も違う。
ロイトが戦いを止めようと尽力していた頃だったし、人間と魔族との争いは小競り合い程度が関の山だった。
怪我をする人数としては、今と比べものにならない位に少なかっただろう。
あの頃は、薬草園の元管理者も存在していただろうから、治療薬も十分備えてあったはずだ。
だから、兵士がティアの癒しの力を必要とする場面はほとんどなかったし、治療を必要とする魔族もそう多くはなかった。
だが、今の状況下に置いては、備蓄が少しも他に回らない程に逼迫しているのが感じられる。
魔王城の備蓄を使う優先順位は、確かにそれで正しいのかも知れない。
タオやタオの兄も、それで良いのだと納得しているのもわかる。
けれどそれでも、ティアが居てくれたら、癒しの力を使える者が居てくれたら助かる、という思いもきっと本当なのだろう。
早く回復するからと言って、辛くない訳ではないのだから。
それがわかったからこそ、自然とナティスは自分が出来そうな事を口にしていた。
『私が、そのかつての聖女の様に動くことは、ご迷惑でしょうか?』
『それは、どういう……?』
『私は聖女ではありませんから、癒しの力という万能の力はありません。けれど軽傷の怪我や病気なら、症状に合わせた治療薬を作る事は出来ます。皆さんさえ私に拒否反応がないのなら、かつての聖女と同じように中庭を使わせて貰えれば、ある程度の治療が行える思うのです』
『もしや最近、薬草園を復活させて、尚且つ治療薬を作る事が出来る者が現れたというのは?』
ほんの少し希望の光を見いだした様に、タオの兄がはっと思いついた表情で、ナティスを見た。
ナティスは、その言葉にこくりと頷く。
『私の事だと思います』
『だとするなら、そのご提案は確かにワタシ達にとって、助かるものではあるのですが……』
『何か問題が? ただここに置いて貰っているのは心苦しいので、私に出来ることがあるのなら、少しでも力になりたいのです』
『許可があれば、可能かも知れません。城内の事については、今までは四魔天である地の長様が担当されていたのですが、お姿を消して久しく……今は代わりに水の……あ、噂をすれば……!』
タオの兄が視線の先に誰かを捕らえて、頭を垂れた。
釣られてナティスがその視線の先に目を向けると、そこには廊下を歩くフォーグの姿が見える。
ナティスに部屋を用意してくれて以来会っていなかったけれど、どうやら元気そうで安心し、同時にタオの兄が言いかけた言葉が何なのかを察した。
『もしかして、フォーグさんに許可を貰う事が出来たら、中庭で診療所を開くことが、可能なんですか?』
『はい。あのお方が許可を出したなら、文句を言う者はいません』
『そうなんですね。じゃあ、ちょっと行ってきます!』
『えっ……ちょ……』
驚いた様子のタオの兄が止める暇もなく、ナティスは駆け出していた。
そしてフォーグが、誰かが近付いてくる気配を察知して顔を上げたのと同時に、ナティスはフォーグに向かって大きく手を振る。
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