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頼もしい協力者

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「なぁにやってんだ?」

 ほわほわと笑い合っていたら、背後から突然声をかけられて驚く。
 声がした方向へ振り向くと、マヤタが片手を上げながら、近付いてくる所だった。

「マヤタさん!」
「おぅ、お嬢ちゃん。薬草園の整備をもうちっと手伝おうと思ってたんだが、姿を見かけねぇから心配してたんだ」
「わぁ、すみません。あの日運んで頂いた薬草を調合し始めたら、夢中になってしまって……」
「もう何か作ったのか?」
「簡単な傷薬と熱冷まし、後は解毒剤といった簡単でよく使いそうなものを。この間採取した薬草で、出来る分は作りました。持っていた保存容器では足りなくなってしまったので、出来れば容器を貸して頂きたいのですが、どこにお願いすれば良いでしょうか?」
「マジか! すげぇな、助かる。容器は、オレの方で手配するわ。お嬢ちゃんの部屋に、運んだら良いか?」

 ナティスが部屋に籠もって調合していた三日間、マヤタがナティスを手伝う為に薬草園の様子を見に来てくれていたのは、有り難かったし申し訳なかったけれど、驚きの表情を見せ子供を褒めるようにナティスの頭を撫でるマヤタは、とても嬉しそうでほっとする。
 それに調合に夢中になりすぎて、ハイドンから持ってきた保存容器の量を超えて調合してしまったので、すぐに手配して貰えそうなのも助かった。

 マヤタの性格なのか、それともこの魔王城内で力を持っているからすぐに決断できるのか、全てのことに対して対応が早いのは、暇だからと言う理由だけでない様な気がする。
 せっかくなので、もう一つの懸案事項も投げてみる事にした。

「よろしくお願いします。それからマヤタさん、水か風属性の魔力を持った、力のコントロールが得意な方を知りませんか?」
「ん? どういう事だ?」
「ここに育てられていた薬草は、凄く貴重なものも沢山あって、多分ですけど万能薬や回復薬も作れそうなんです。ただ、それには調合を安定させる魔力の供給が必要不可欠で、私では最後まで完成させられないので、協力して頂ける方がいらっしゃったらいいなぁ……と」
「……お嬢ちゃん、そんなもんまで作れんのか?」
「成功するかは、まだわかりません。私には魔力がないので、どの位の量を込めれば良いのか細かいところは未知数ですし……。でも知識として作り方は知っているので、一度試してみたいんです」
「あぁ、それで力のコントロールが得意な奴がいいのか」
「はい。それと難しいかもしれないんですが、私が色々と指示やお願いをしても、お気を悪くされない方だと有り難いのですが……」

 実際の所、一番難しいのはそこだと思う。
 魔力は魔族しか持っていないので、敵対関係にある人間の指示に従わなければならないとなると、反発は大きいだろう。
 だがナティスの予想に反して、マヤタは引き受けてくれそうな人物をすぐに思いついたらしい。
 にやりと笑って、視線を下に落とした。

「良いのがすぐ傍にいるじゃねぇか。なぁ、フォー……」
『わふっ!!』
「……っ、何だよ」

 マヤタが真っ白な狼に呼びかけようとした所を、当の本人が阻止した様に見えた。
 今までの穏やかな鳴き声とは違う、まるで威嚇でもしそうな程の鋭さでびっくりする。

 言葉を止められたマヤタも驚いた様で、不満げにしゃがみ込んで文句を言おうとしていたけれど、その耳に寄せられた真っ白な狼から、発せられた言葉を聞いたのだろう。
 ふむふむと頷きながらそれを聞き、最後には「ふぅん」と楽しげに笑って、何かを了承した様だった。

 その様子からして、やはり真っ白な狼は魔族の言葉を話せる事は間違いない。
 ナティスの言葉も正しく通じていたようだし、となるとやはりまだ話して貰えるまでの信用を勝ち取れていない、というのが正しい気がする。

 もちろん信用を得る事は、一朝一夕で成せるものでは無いとはわかっているものの、仲が良さそうな二人の様子を見ると、そこに入れて貰えないのが少しだけ寂しい。
 しょんぼりしていたナティスに気付いたのだろうか、マヤタと真っ白な狼の二人共がナティスをじっと見上げているのに気付いて、慌てて笑顔を作る。

「あの……私に何か、付いていますか?」
「いいや、お嬢ちゃんはわかりやすくて面白いなぁって、思ってただけ」
「何ですか、それは」
「まぁ、こいつに関してはもうちょっと待ってやってくれ。暫く一緒に居ることになるだろうから、じきに慣れるさ」
「それはどういう……?」

 言葉の意味がわからなくて首を傾げると、マヤタは親指で真っ白な狼を指し示して笑顔を見せた。

「こいつ、水の魔力が得意なんだよ。お嬢ちゃんに協力するって言ってるから、こき使ってやって」
「本当ですか!?」
『わふ!』
「凄く助かります!」
「んじゃ、それで決まりって事で。お前も良いよな?」
『わふ』

 話がとんとん拍子で進んでいくのは有り難いが、ナティスには一つ懸案事項があった。
 真っ白な狼がこの先ナティスを手伝ってくれるというのなら、解決しておきたい問題だ。

「あ、あの!」
「うん?」
「これから協力して貰うのに、お名前を呼べないのは不便と言うより悲しいので、せめてお名前だけでも教えて頂く事は出来ませんか?」
『……わふ』
「あー……、好きなように呼べってよ」

 困った様に頭を掻きながら、マヤタがそう通訳してくれる。
 名前さえ教えて貰えない事実は少し寂しいけれど、この先ナティスの薬作りに協力してくれるというのは間違いないし、嫌々という雰囲気でもない。
 嫌われているのとは違う様なので、もしかしたら何か事情があるのかもしれない。

「私が、勝手に呼び方を決めてしまっても、いいんですか?」
『わふ!』

 念の為、真っ白な狼に確認してもると、元気な回答が返ってきたので、どうやらそれでいいらしい。
 暫く考えて、ふと思いつく。昔この中庭で友達になってくれた子犬の魔族に、ティアが勝手に付けた名前があった。
 その時も言葉が通じなくて名前を聞けず、一方的な呼び名だったけれど、子犬の魔族は気を悪くした風も無く応えてくれていた。

(同じ名前を、付けても良いかしら……?)

 ナティスはきっとこの真っ白な狼が、あの時の子犬の魔族だと信じているけれど、本人がそう言ったわけではないし、姿形も随分変わってしまっているので、決定的な確信はない。
 でもきっと、この中庭を寝床にしているのであれば、真っ白な狼と子犬の魔族の二人は顔見知りの確率は高いだろう。
 もし違ったら、同じ名前を付けられることに拒否反応を示すに違いない。

「それなら……フェン君と、呼んでもいい?」
『わ、ふ……?』

 探る様に提案してみると、真っ白な狼の耳がぴくりと反応した。
 だがそれは拒否と言うよりは驚きに近いもので、更に戸惑った様に揺れる瞳が、ナティスを伺うように見つめていた。

「おー。お前フェンリル族だし、ちょうどいいじゃねぇか」
「フェンリル族?」
「ん? お嬢ちゃんフェンリル族を知ってて、その呼び名を考えた訳じゃねぇのか」
「は、はい。綺麗で立派な狼さんだなぁ……って思ってました」
「ははっ、狼か! まぁ確かに人間から見れば、普通の動物に見えても仕方ないか。こいつ、一族の中でも特に大人しいし」
『わふー』
「ちびの時は、よく一族の奴らにそんなんじゃ駄目だって鍛えられて、しょっちゅう怪我してたよな」
『わふわふ!』

 ぽんぽんっとフェンの頭を叩きながら言うマヤタに、抗議の声を上げるフェンの姿は、兄に恥ずかしい過去をバラされた弟の様で微笑ましい。
 だがその言葉で、やはりフェンがあの時の子犬の魔族であったのではないかという確信を深める。

 苛められているのではないかと心配して、何度か尋ねる度に否定はしていたが、いつもティアの相談を優しく聞いてくれていた子犬の魔族に、わんぱくというイメージは無かったので、いつも小さな怪我をしていた理由がよくわからなかった。
 けれど、マヤタの言う一族に鍛えられていて出来た傷だったのなら、納得がいく。

「まぁこれでもかなり上位魔族だから、魔力に関しては心配いらねぇよ」
「頼りにさせて貰います。それじゃあフェン君、これからよろしくね」
『わふ!』

 そうしてナティスとフェンによる、万能薬作成の試行錯誤の日々が始まった。
 かつてのティアの部屋だった窓から、中庭で話す三人の様子をじっと見つめている影があった事に、その時は誰も気付いていなかった。
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