新選組徒然日誌

架月はるか

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桜(山南+沖田)

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「きれいな桜ですね」
「あぁ、総司か」

 月明かりの下、寂しそうな瞳で大きな桜の木を見上げていた山南に、ゆっくりと近づきながら声をかける。
 その声に答えながら振り返ったその表情からは、先ほどまでの寂しさは消え、いつもの優しい笑顔に戻っていた。

「でも少し、怖い気もします」
「怖い?」

 隣に立ち一緒に桜を見上げながらも、意外そうに表情を変化させた山南に気付き、沖田は苦笑する。

「私が桜を怖がるのは、意外ですか」
「少しね」
「壬生浪士組の、沖田総司ともあろうものが?」
「まさか。そういう意味じゃないよ」
「はい。わかってます」

 山南が即座に否定した言葉を受けて、ほっとしたように笑顔を向ける沖田の背中を、山南はまるで子供をあやすようにぽんぽんっと叩いた。

「理由を聞いてもいいかな?」
「そんな、大した理由はありませんよ。なんとなく、です」
「うん」

 優しく促すようにうなずく山南の相槌に、普段真剣な言葉を紡がない沖田のそれが自然に引き出される。
 多分、自分の気持ちを素直に言葉にできる相手は山南だけなのだろう。
 近藤や土方を、信用していないわけではない。
 むしろどちらに着いて行くかと問われれば、迷わず山南ではなく近藤だと答える確信もある。
 けれど、心の奥底にある自分自身を見せられるのは、きっと山南だけだとも思う。

「昼間に見ると優しくてきれいな花なのに、夜になると急に襲われそうな感覚になるんです」
「印象が変わるのかい?」
「えぇ。なんだか夜になると、桜色が濃くなる気がして。まるで散ってくるひとひらの花びらにまで、責められているような……だけど目を離せない」

(そう、まるで桜は山南さんみたいだ)

 最後の呟きは、山南に届くことはなかったけれど、まるでそれが正解の様にストンと胸に落ちた。
 そして沖田は散ってきた花びらを手のひらで受け止めて、再び桜を見上げる。

 目を細めて桜を見上げる沖田が、まるでゆっくりと散りゆくその花びらに取り込まれてしまいそうな印象を受けて、山南は思わずその腕を掴む。
 驚いた沖田が山南へと視線を移すと、山南は苦笑してその手を離した。

「すまない。総司が、どこかへ連れて行かれてしまいそうな気がしたよ」
「子供じゃないんですから、知らない人に付いて行ったりしませんよ」
「そういう事じゃないんだけどね」

 可笑しそうに笑う沖田は、もういつもの明るい青年で、だからこそ山南は沖田の事が気にかかるのだと思った。
 きっと沖田は、今自分に話した様な漠然とした不安を抱えているのだろう。
 けれど、それを決して表に出さない。

 自由に生きているようで、本当は誰よりも誰かのために。きっと、近藤と土方の為に生きている。
 いつもの子供のような振る舞いは、それを周りに勘付かせないための演技ではないのかとさえ思う程だ。

 考え過ぎな性格だということは自分でわかっているから、それを本人に問いだたしたりはしないけれど。
 いつか沖田が、壊れてしまわなければいいと、祈ることしかできない。
 自分がいつまで、心にしまい込んだ言葉を吐き出させてやれるかなんて、わからないのだから。

「そうだ、山南さん。清水さんの近くにおいしい桜餅を出す茶屋があるんですよ。今度一緒に行きませんか?」
「あぁ、いいよ。じゃあ明日、花見も兼ねて足を伸ばそうか」
「わ、やった。約束ですよ」
「わかったわかった。今日はもう遅いからそろそろ行こうか」
「はい」

 ゆっくりと屯所へもどる二人を、月明かりと桜だけが見つめていた。





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