異世界に就職しました。

郁一

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戻ってきました、なんちゃって神子の俺っ!

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※『』の中は日本語で話していると思って読んでください。
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 息苦しさを感じて、俺は必死に息を吸いこんだ。
 どっと空気が肺に押し寄せて、限界容量を越えた空気を受け入れきれずに咳きこむ。
 何だ、何が起こってるんだ?
 いままで何をしていたのか、ちょっと前の記憶がもやもやしていて思い出せない。
 しかも高熱を出した後のように全身が重く、激しい頭痛までする。
「落ち着いて、キュカ。大丈夫ですから、ゆっくり呼吸してください」
 背中を撫でる手と、耳元で穏やかな声が聞こえる。
 振り向いた先で心配そうな表情の美青年がいた。
『えっと、どなたでしたっけ?』
「…………」
 なぜか美青年が言葉を探しあぐねて、口を開閉させた後で目を閉じる。
「……すみません」
『あの……何を言っているのかわかんないんだけど』
「落ち着ける場所に移動してから、すべて説明しますから。いまは口を閉じていてください」
 美青年は指を一本立てて、俺の口に当てた。黙ってろってことらしい。
 よくわからないなりに頷いた俺に、美青年が上着脱いで羽織らせた。
 素肌にチリチリと上着の繊維を感じる……ってことは俺は裸なのか?
 我に返って体を見下ろせば、素っ裸な上にあちこちの肌に赤い点や液体がついているのが見えた。
 これ何……?
 少し体を動かすと、腹の奥底に違和感があった。
 俺の体に、何が起きたんだ?
 とにかく汚れまくった体をだれかに見られたくない一心で、上着の胸元をかきよせて体を縮めた。
「話には聞いていましたが……本当に後遺症が重いのですね」
 俺は混乱しているけど、目の前で美青年がものすごく後悔しているらしい顔をしているのが気になって、そっと手を伸ばして触れた。
 何でだろうな、そんな顔するなよって言いたい気分だ。
 俺がいままで何をしていて、ここがどこで、美青年がだれかも知らないってのに。
 ぽっかりと自分の中に虚ろな部分が出来ている。そこにあるはずのものを根こそぎ奪われて、風が通り抜けているような感じがする。
 でも俺は何を失ったんだろう。
 美青年が俺の手をつかんで、何かを言いかけた時だった。
 俺の背後で、男が吠える声が聞こえた。
 びくっと体が震える。
 暗くて低いその声を振り返ると、額を抑えた全裸の男がいた。
 茶色い髪に俺の2倍はありそうな逞しい体をした男が、腹の底から呻る声はまるで呪いのように不吉な響きがある。
 だれだ、このおっさんは……てかおっさんも裸じゃん。
 よく見ると俺たちがいる場所は肌触りのいいシーツがセットされた、ふわふわで広いベッドの上みたいだし。
 男ばかりこんな場所で、しかも年齢も違う俺たちが裸になってすること……って何だよ。
 まったく理解できない状況。推理しようにも頭痛が邪魔して、長時間考え続けることが難しい。
「キュ~カァ~……どうしてだよぉ~」
 少し離れたベッドの上に、もうひとりうずくまっていた。
 ゲームのキャラクターが着ていそうな、軍服にも似た制服姿の金髪の、これまた男が声を上げた。
 両手で顔面を覆っていた金髪の男が、ゆっくり顔を持ち上げる。
『っ、な……』
 ホラー映画も真っ青になる、人間離れした造形の顔が露わになった。
 何本も縦横に切り傷が刻まれ、目元は裂けて肉がめくれている。唇は横に長く裂けて、左側の頬が特に深く切れて歯茎が剥きだしになっていた。
 ぞくぞくと溢れだす血が男の手、服、そしてベッドの上に血だまりとなり、強烈な匂いを放っている。
 少量でも気持ちいいものではない血だ。とんでもない量を目撃して、本能的に拒否反応が起きたらしい。吐き気がこみあげてきて、飲み込めずに俺もその場で吐いた。
「キュ~カ~ァ」
 血まみれの赤い手が俺に伸びてきた。
『……ッ』
 後退りして手から逃げようとするけど、血まみれの男の手は執念を感じさせる素早さで伸びてくる。
 肩を掴まれそうになったところで、背後にいた美青年が俺を抱きよせて、男の手から遠ざけてくれた。
「自業自得ですよ、存分に報いを味わうがいい」
 さっきまでと打って変わった、冷たい硬質な声で美青年が言い放つ。
 ベッドから降りた美青年が俺を抱きあげて歩き出す。
 俺も一応男なんで、お姫様抱っこされるのはとても恥ずかしいんですけど……頭痛に吐き気のペアに、眩暈まで参戦しているいまの体調では、自力で歩けそうにないのはわかるので、美青年に甘えることにした。
 それにしても半端じゃない体調不良だ。何をやらかしたら、こんな風になるんだ?
 二日酔いとか? だれだか知らない男たちと、記憶吹っ飛ぶくらいに酒を飲むような男なのか、俺は。
 もし仮に酒盛りしてたんなら、酒が入ってた空き瓶なり杯なり、形跡が残っているはずなんだけど、美青年が歩く床の上は脱ぎ散らかした服しかない。
 俺がいた部屋はやたらと広い。ベッドやソファに家具があっても、床が見えるスペースの方が多いくらいだ。
 出口に向かって歩いていく美青年がなかなか辿りつけない。
 本当に俺はここで何をしてたんだ……。
「……シュロイ・カエル=アナイゼン……お主の命は、十年前に我の物となったはずだっ!!」
 ようやく重そうな扉の前に美青年が辿りついたところで、ベッドの方から気迫のこもった声が聞こえてきた。
 美青年が振り返る。つられて俺も美青年の肩越しにベッドの方を見た。
 遠くに見えるベッドの上で、茶髪の逞しい男が膝立ちになって俺たちを向いている。
 男の全身の肌には、まるで蛇が巻きついてでもいるように黒い痣があった。元の肌はほとんど見えないほどだ。
 そして両目があるはずの場所には、あるはずのものが何もなかった。
 虚ろな黒い穴が空いた顔が、俺たちの方を向いて吠えている。
「なぜ裏切った!! 貴様と、貴様の兄の命を見逃した恩を忘れたかっ!」
 俺を抱える腕に、一瞬だけ力がこもる。
「……いいえ。あなたは勘違いしている。私はだれの物でもない。そして私に命じることができるのは兄と……もうひとりだけ。あなたはどちらでもない……私は嘘を真として言える人間なのですよ」
「シュロイ・カエル=アナイゼンッ!!」
「それに、私はあなたの願いを叶えてさしあげました。神子を連れて来い、と命じられた。だからこうしてお連れしたのに……あなたが聞かなかったから、私も言わなかっただけですよ。神子を抱く時、忘れてはならない物があることを」
「貴様あぁぁっ!!」
 茶髪の男が吠えるように叫び、見えないままベッドから飛び出した。
 咆哮を上げながら掴みかかってくる。その途中、床に脱ぎ落してあった服につまづいて転んだ。
 笑う場面じゃないはずなんだけど、コントみたいに潔く転ぶもんだから、体調不良も忘れて笑いそうになった。
「せいぜい己がした報いを受ければいい」
 捨て台詞を吐いた美青年が一度俺を床に下ろし、扉を開ける。
 美青年の台詞に、その通りだよなと思ったところで、激しい頭痛に襲われた。
 頭を抱えてうずくまる俺に気づいて、美青年が膝を折る。
「キュカ……大丈夫ですか?」
 俺はどうして茶髪の男の姿に、当然の報いだと思ったんだろう?
 わからない、思い出せない。
 頭が痛い……。
 痛い……。
 遠くで美青年の声が聞こえる。
 頭痛は激しくなる一方で、頭蓋骨の内側から外へ、脳味噌が腫れあがって飛びだそうとしているかのように痛む。
 激痛のせいで意識が途切れた。


 ポコリ。
 斧を振り下ろして薪を割る。
 ちょっと間抜けな音を立てて、薪が半分に割れて落ちていく。
 台座の上に次の薪を置いて、斧を振り上げる。
「セイが出ますね」
 声に振り向けば、白い歯を見せつけるような輝く笑顔の美男子がいる。
「そんなことより、もっと気持ち良くなることしようよ」
 美男子は斧を持ったままの俺に背中から抱きついてきて、何が楽しいんだか胸を揉んでる。
 そのまま美青年にキスされる俺。
 でもって舞台は昼間の屋外から急展開して、どこかの部屋の中で。
 明るくなりかけの部屋、ふたつあるベッドの片側に押し倒されてる俺がいた。
 えっと……何がどうなってんだ……?
 呆然と見上げるしかない俺に、美男子が覆いかぶさっている。
「キュカ……」
 甘ったるい声で囁いた後に、耳元にキスして首筋を舐める。
 ぞわっと背筋が粟立つ。
 そして体内に異物があることに気づく。美男子が動くたびにそれも抜き差しされる。
 美男子の顔が視界に映り、妙に色っぽい表情で微笑む。
「キュカ」
 そうだ、キュカってのは俺の名前だ。
 これは騎士団でチップに抱かれた日の記憶だ。
 ひとつ思い出したとたんに、どっと記憶が戻ってくる。
 神子と呼ばれる存在、災いをもたらすサイカと言う存在、そして十年前にこの地を征服した皇帝。
 彼に抱かれた瞬間に流れ込んできた、過去の神子たちの記憶も思い出したところで、意識が覚醒した。
「……あ、れ……?」
 目を開いたらまた皇帝に連れ込まれた部屋が見えるはずだと思っていたら、そこは狭くて殺風景な小部屋だった。
 ふらふら上下左右に揺れる小部屋には、たくさんの木箱が積まれている。
「気がつきましたか?」
「えっ……と、たしか……」
 山になった木箱と壁との隙間に、俺は木箱に寄りかかるようにして寝かされていたようだ。
 左隣から声をかけられて、顔を向けると茶色い髪の美青年がいた。
 優しそうな顔立ちは整っていて、頭の回転が早そうな雰囲気だ。
 確かに見覚えがある顔なのに、すんなり思い出せない。
 まだ思い出したはずの記憶が定着していないようで、体調の悪さがさらに邪魔をする。
 ……思い出す前に吐きそうだ……。
「あまり大きな声を出さないでくださいね。私たちは密航者ですから」
「……密航?」
 吐き気をこらえて、聞き取れた部分をくり返したら、美青年が驚いたように目を見開いた。
「記憶が……よかった、私の言葉がわかりますね?」
 また声を出すと違う物をぶちまけそうだったので、頷くだけにしておいた。
 頭を動かしただけなのに激しい眩暈がする。目を開けているのが辛くて、目を閉じるとひんやり冷たい手が目元を覆った。
「無理しないで。顔色がまだ蒼白ですよ」
 美青年が手を貸してくれたみたいだ。その冷たさと、頼れる人がそばにいる安心感に息を吐き出した。
 名前は思い出せないままなのに、美青年に頼っていいと思えるのはなぜだろう。
「もうすぐ港につきます。そこでエルヴィーが待っていますから、薬を煎じてもらいましょう。飲めば少しは楽になるはずです。それまで、もう少し眠っていた方が……」
 まただれかの名前が出てきた。えっと、だれだったっけ?
 それきり美青年が口を閉ざし、小部屋の中は揺れと波音、遠くを歩き回る足音だけになる。
 淡々と過ぎていく時間の中で、ゆっくり頭が記憶を整理していく。
 皇帝に抱かれるユーザの姿を見る前に、俺自身が皇帝に抱かれたはず。
 その前にさんざん体を弄ってくれたのが、俺を浚った金髪の男と……親しいと思っていた相手。
「……ロイカ!」
「はい?」
 急に思い出せた名前を呼べば、小首を傾げて美青年が返事をする。
 思い出せそうで思い出せないことを、ちゃんと思い出せた時って快感じゃない?
 あぁ、すっきりした……じゃなくて。
「なぜ、ここ……どこ……?」
 混乱しすぎて何から聞いていいのやら。とにかく焦って質問する俺を、ロイカが落ち着いてと苦笑しながら宥める。
「ここは旧王都から街まで往復する、船の中ですよ。行きと違って、帰りは別の街を中継して帰りますから、違う街に向かっている途中ですけれど……追手をかけられているかもしれませんので、正式な乗客とはなれず、船長の好意で密航させていただいています。キュカが意識を失ってから、あと少しで丸一日が経つところです」
 丸一日俺は眠っていたわけか。
 俺の目元からロイカの手を払いのけようとして、手が動かないことに気づく。
 もぞもぞ動く俺に気づいたロイカが先に教えてくれた。
「行きと同じく、荷物として運び出しました。よく眠っていたので、起こさないようにそのままにしていたのですが……外しましょうか?」
 ロイカの手が離れた。体を見下ろすと、薄汚れた丈夫そうな布で体中をぐるぐる巻かれていた。
 これは動けないわ、うん。
「降りる時にまた変装してもらう必要がありますが」
「え……これをまたつけるのですか?」
 荷運び用の丈夫な布なんだろう。これで巻かれると、身動きがぜんぜん出来なくなる。
 ちょっと息苦しいくらいに締まるので、ちょっとうんざりしながら聞いてみたら、ロイカがふふっと笑う。
「いいえ。もっと気の効いた変装をいたしますよ。ご安心ください、小道具もしっかり整えてありますから」
 ロイカがごそごそと木箱の間から何かを取り出した。
 体を巻いていた布よりも古びた布で出来た袋状の中から、次々と服やら靴が出てくる。
「……いつの間に……?」
 袋から出てきた小物類に呆れ半分で呟けば、ロイカが得意げに笑った。
 やっぱりこいつは頭がいい。俺が考えつくよりも何歩も先を見ていそうだ。
 はじめて顔を合わせた時からそんな奴だと思ってたけど、今回の件でさらにそう思う。
「ロイカ、は……助けてくれたんですよね?」
 皇帝のところに連れて行かれる前に、逃げ出した俺を追ってきたロイカは、俺を逃がさずに皇帝に引き渡した。
 それなら、こうして連れ出してくれたのはなぜだ?
 すると得意げだったロイカの顔から、輝きが消えて沈鬱な表情に変わる。
 目をすっと伏せたロイカが、重いため息をつく。
「ええ……一度裏切った私を信じられないのはわかりますよ。恨んでいただいても結構です。どんな罵りでも甘んじて受けます」
「そうじゃないんです。よくわかってないから……何がどうなっているんですか?」
「……そうですね、説明するとお約束しましたね……」
 軽く頷いてから、ロイカはしばらく沈黙する。
 たぶん考えをまとめたんだろう。決心したように口を開いた。
「十年前。侵略してきた皇国に下った時、皇帝は王家の自害を求めました。時の王と王妃、王太子やその兄弟たちがそれに従いました。私と兄は直系でなかったことと、すでに騎士として騎士団に所属していましたので、見逃す代わりに手先となるように命じられました」
 ロイカの声を聞きながら、気を失う前に見た皇帝の姿を思い出した。
 寒気がして体を抱きしめる。
 同情するほどお人よしじゃない。あいつにされたことは、きっとずっと忘れられないことだから。
 それでも皇帝の姿は人として恐怖心を感じずにはいられない有様だった。
 なぜ、あんな姿になったのか。わからないからよけいに恐ろしい。
「それからは皇帝の犬として振る舞いながら、リアイナー団長やユーザに情報を流してきました。騎士団内部に皇帝の息がかかった者が私の他にいることもわかっていたので、この機会に彼らを焙りだそうとした。同時に皇帝を弱らせるのなら協力すると言う者もおりまして……皇国も一枚岩ではない様ですね」
 怒鳴っているような男たちの声と荒々しい足音がかけ回る。
 しばらくして船が大きく揺れて、少しずつ速度を落としているようだ。
 船が揺れるたびに、落ち着きかけていた吐き気がぶり返す。
 口元を手で覆う俺の背中を、ロイカが優しく擦ってくれた。
「あくまでも皇帝自身の落ち度で失墜させたかった。それが可能だったのがキュカしかいなかったのです」
「……よく、わからない……」
「皇帝に抱かれた時、幻を見たでしょう?」
 まさかロイカもあれを見たのか。
 驚いて顔を上げると、ロイカは申し訳なさそうな顔で首を横に振った。
「ユーザの言う通りならば神子にしか見えないものです。行きの船の中で、私が言ったことを覚えていますか。サイカの正体がわかりますかと」
 ロイカが俺を見て返事を待つ素振りをしたから、頷いた。
「サイカは憎しみ、怒りの感情など人の心の暗い部分そのもの。人ならばだれもが持つ、拭いきれない闇の心です。神子はその反対の明るい光の心を核にしている存在です。けれど人の心は簡単にこちらが光、残りが闇とは言い切れないでしょう? 時としてどちらにもなる……神子とサイカの関係も、人の心と同じ。どこまでが神子で、どこまでがサイカとは呼べないのです」
 ちょっと待ってよ。神子とサイカを簡単には言い切れないと言うことは、俺もサイカも同じってことか?
 騎士団の地下にいた、あの恐ろしい存在はつまり俺ってこと?
 冗談じゃない、俺はあんな化け物なんかじゃない。
「つまり神子はサイカを操れる。神子がだれかを憎いと思った時、その心がサイカとなる……そう言うべきでしょうか。神子本人が了承しないまま行為に及べば、神子は力を使い相手を呪ってしまう。代々の王家はそれを防ぐ方法を編み出していた。キュカが騎士団に入る時に兄に見せた首飾りはそのひとつです。そしてこれも……」
 ロイカがひらひら衿のシャツの袖を捲りあげて、手首に巻き付いていたブレスレットを撫でた。
 銀の蔦が何重にも重なったようなデザインのブレスレットに、首飾りと同じく紫色の宝石が取りつけられていた。
「キュカは皇帝に抱かれた時に、彼を憎いと思ったでしょう? 無意識に力を使ったのですよ。力を防ぐ宝玉を持っていなかった皇帝やヤキョスが、力を受けてあの姿になった」
「……私が、した……?」
「心当たりがありませんか……騎士団に入る前のことも、あなたがしたことです」
 ロイカが沈痛な声で宣告する。
 小さな声のはずが、狭い船室に響き渡ったような気がした。
「キュカが、エクトーザ老と周辺一帯を襲ったサイカを呼んだのです」
 俺はロイカを見つめるしかできなかった。
 思考が痺れて、何も考えられなくなる。
「同じことを皇帝にしてもらい、私が連れて帰る……それが今回の計画で……」
 ロイカが話し続けていたけれど、声がどんどん遠ざかっていく。
 目の前がかすんできた。

 俺が、爺さまを殺した……?

 どのくらい呆然としていたのか、気がつくとロイカが俺の肩をつかんでいた。
「キュカ、聞こえていますか……キュカッ!」
「……は……い」
 どうにか返事をするとロイカは胸を押さえて、ほっと息を吐き出していた。
「キュカの気持ちはわかりますが、もう間もなく港につきます。皇帝の追手がいないとも限らないので、変装していただきます。そろそろ用意してください」
 夢を見ているような、上の空な状態で俺はこくんと頷いた。
 それからロイカにされるがまま、布を外して変装用の服を着た。
 裸になった時、いろんな液で汚れた素肌に吐き気を感じたけど、ロイカが素早く水筒の水で濡らした布でふき取り、服を着せて隠していた。
「これで……完成です」
「……ロイカ……」
 着せてもらっている間に、少し物事を考えられるようになっていた俺は、まさかと思っていた通りの仕上がりに口を尖らせながらロイカを睨みつけた。
 やけにひらひらしているな、と最初に袋から出てきた服を見て感じたんだよ。
 でもロイカが着ている貴族服みたいな、衿元がひらひらした服だからかと思ってたんだ。
 いざ着てみたら全然違ってた。
 ロイカは軽く咳払いをして、俺から目を逸らした。その口元が笑いたそうに震えているのが憎らしい。
 どん、と大きく船が揺れた後、しばらく揺れていた船が安定したところで、ロイカもかつらとマントを被った。
「港につきましたね。いまから私が祖父で、あなたは孫娘ですよ」
 そう言って立ち上がったロイカが用意していた変装用の服は、女物だったのだ。
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