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第二章

我恋歌、君へ。第二部 6:歩み寄り

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 考えてみると、俺はいつもだれかと暮らしている。
 高校在学中にファンのいやがらせから逃れるために身を寄せたアレンさんの実家はもちろん、短い間だったけど神音と、そしてこちらではモーチンさん、そして最後は何の因果か大嫌いなアレクシスとだ。
(まさか日本に帰るまでずっと共同生活するわけじゃないよな? 冗談じゃないよ、ただでさえ眠れないのに)
 モーチンさんと暮らしていた部屋と同じく、この部屋にも個室がふたつある。
 ひとつはもちろんアレクシスが、残る一部屋は物置きになっていた。
 同居が決まってはじめにしたことは、ロベルトも手伝ってその部屋の片づけだった。
 と言ってもジュノさんの部屋よりは物が少なかったので、隅に寄せてスペースを空けて、拭き掃除を済ませたら十分に俺が生活できる状態になった。
 どうしても要らない、邪魔になる物だけはロベルトが処分するからと持って帰ってくれた。
 モーチンさんから合鍵を預かったと言うロベルトが、アレクシスとふたりがかりで俺のベッドを運びだして、この部屋に移してくれたから、ちゃんと体を休める場所は確保できたけど。
 今朝ほど気持ちが乗らない憂うつな朝は、いままでになかったと思う。
(起きたくない~嫌だなぁ……)
 ベッドに座り、頭を抱えて深いため息をこぼす。
 アレクシスと同居をはじめて、三日目の朝だ。
 言葉が通じないだけじゃなく、お互いに悪印象を抱いているから顔を合わせるとギスギスした空気になってしまう。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。できるだけ考えないようにしようとしてたけど、つい考えてしまう。
 なぜか承諾させられた女装してのダンス。
 ロベルトが用意したのはヒールの高い靴だけじゃなかった。
『友人の親類が特殊メイク専門家でしてね。相談したらこれを貸してくれました。ドレスを調整すれば、完璧に化けられますよ』
 じゃじゃ~ん、と効果音を言いそうな得意げな顔のロベルトが取り出して見せたのは、肌色のボディースーツだった。
 そんなもの着たくない、と拒否したんだけど。
『女装してるってバレてもかまわないんですか?』
『やるなら徹底的にした方が、君が恥をかかなくて済むと思うよ』
 ロベルトとアレクシスにまで言われて、それもそうかとあきらめた。
 女性らしいくびれを作るためのボディースーツで、胸のふくらみと腰に肉付けをする。
 その上からカットソーとロングスカートを履かされて、練習場の鏡に姿を映して見せつけられた。
 ちなみに練習場の壁には大きな鏡がはめこんである。四方八方から自分の姿が見えるから、何とも複雑な心境になった。
 ロベルトが手を叩いて、うれしそうに何度も頷いている。
『似合いますよ~当日はウィッグをつけてもらうつもりでしたが、いまのままでも十分に女性らしいです。これなら心配要りませんね。やはり私の目に狂いはなかった』
 その隣に立つアレクシスは、なぜか口元を手で覆って、目を彷徨わせていた。
『……変、ですか?』
 ちくしょう、似合わないなら似合わないって素直に言ってくれないかな。
 ただ服装を変えただけなんだけど、いろんな物を失ったような気がする。
『いや……ロベルト、僕は時々おまえが恐ろしいよ』
『あはは。おまかせください、何組もパートナーを組み合わせてきた私の目は確かでございます』
 さて肝心のダンスの方はと言えば。
『君……わざとやってるのかい』
『……ごめん』
 ダンスの種類やステップなど、基礎を何日もかけて叩きこまれた後でアレクシスと向かい合い、一度踊ってみることになった。
 曲がはじまり、踏み出すタイミングでどうしても俺はアレクシスの足を踏んでしまい、しかめっ面でアレクシスが呻く。
 これは素直に謝るしかない。
(おっかしいな~教わった通りやってるんだけどな)
 ダンスの練習は朝から晩まで、文字通りにダンス漬けの日々になった。
(はぁ……休まる暇がないんですけど)
 先にアレクシスが練習を切り上げ、俺だけが居残り練習をした後に部屋に戻る。
 その間に夕食の支度をしてくれているみたいで、戻って着替えた俺と無言で向き合いながら食事をして、黙ってそれぞれの部屋に戻る。
 毎日がこんな調子で、気が休まる暇がない。
 モーチンさんと暮らしていた時が、どれだけ居心地がよかったのか、いまになって痛感する。
(日本語がわかる人がそばにいるってだけで、あんなにも心強いもんなんだな……はぁ~)
アレクシスの機嫌は日を追うごとに下降して、俺の胃痛も酷くなる一方。
 胃痛に追いうちをかけるのはアレクシスが用意してくれる食事内容だ。
 基本的に魚中心の和食を好んだ実家料理に慣れ親しんだ俺の胃は、肉多めのパスタやフィッシュフライなどの冷凍食ラッシュに適応できなかったらしい。
 キリキリ痛む腹に手を当てて、さらに深くため息を吐き出した。
 食事の支度がどれほど手間がかかるものなのか、長年やってきたから考えるまでもなくわかっている。
 気に食わない相手だろうと、いくら食べ慣れない物を出されたとしたって文句を言うつもりにはなれなくて、胸やけをこらえる日々が続いている。
 それもあと少し我慢すれば慣れるだろう、と自分の体に言い聞かせて立ち上がった時、ドアがノックされた。
 返事を聞いてドアを開いたのはもちろん同居人、アレクシスだ。
『おはよう』
「……おはよう、ございます」
 アレクシスは端正な顔立ちをにこりともさせず、どう見ても歓迎していないことが丸わかりなのに、毎朝顔を合わせると律義に挨拶してくる。
 慣れない英語でも挨拶くらいはできるから、俺も無視せず挨拶を返すんだけど、予想と違うアレクシスの姿に内心ではちょっと戸惑っている。
 だって、夜な夜な眠れぬ声を聞かせてくれた相手なんだよ。 
 部屋の中に入ろうとはせず、アレクシスがぽいっと何かを投げて寄こす。
 放物線を描いて近づいてくるそれを慌てて受け取って、手の中に収まった物を確かめてみたら、アレクシスが投げて寄こしたのはスマフォだった。
 何かが画面に表示されている。
『わからなければ、それを見て確認しなさい』
 アレクシスが少し大きめの声で、はっきりと発音した声を拾ったのか、スマフォ画面上に文章が表示された。
 聞き取れた単語を画面の文章が補ってくれるから、アレクシスの言ったことがよくわかった。
 こんな文明の利器があったとは、と驚く俺に向けて、去り際にアレクシスが釘を刺す。
『頼りきりになるなよ』
「……わ、わかってます!」
 返事までに一瞬間が空いてしまうのは、画面を確認するから。
 ドアの向こうでアレクシスが鼻で笑った気がして、俺の闘志に火がついた。
(一日でも早く、スマフォをアレクシスに叩き返してやる!)


 決意をあらたにしたところで、一朝一夕に何もかもが上手くできるようになるわけもなく。
『……っ』
「ご、ごめんっ!」
 足を踏まれたアレクシスが声もなく呻いて、ホールドを解いて屈みこむ。
 向かい合って基本ステップの練習中、足を下げるべきところで前に踏み出してしまい、アレクシスの足を踏みつけてしまったのだ。
 これで本日何度目になるだろう。自分のセンスのなさに気分が際限なく下降していく。
『……少し休憩しましょうか』
 ロベルトが両手を打ち鳴らし、俺たちを壁際の椅子へ誘った。
『僕は散歩してくる』
 片手を上げて不機嫌そうにアレクシスがロベルトに声をかけ、そのまま外へ出て行った。
 見慣れないダンス練習用の小ホールにロベルトと取り残されて、ちょっとだけ気まずくなる。
 俺と組んでも百害あって一利なしですよ、と言いたいけど英語ではどう言えばいいんだろう、と考えていると、隣にすっと座ったロベルトが何かを差し出した。
『見てください。これがいまの響さんです』
「え……これ……」
 ロベルトがスマフォを差し出して、動画を見せてきた。
 そこには見覚えのある後ろ姿が映っている。
 同居が決まった翌日、さっそくはじまったダンス練習初日の俺だった。
 立ち姿も美しいアレクシスに比べて、足元を見てる俺の後ろ姿は素人丸出しで、明らかにド下手だって見てわかる。
 俯く俺を何度も顔をあげるように、仕草と声でアレクシスが促す。
 それでもすぐに足元を見下ろしてしまう俺を、さぞうんざりして見ているだろうなと思っていたけど、動画に映っているアレクシスは違った。
 真剣な顔で必死にリードをして、どうしたら俺を踊らせることができるのか考えているのがわかる。
「これが……俺の姿……」
(下手すぎるよ、俺……センスないにもほどがあるって!)
 落ち込みに追い打ちをかけるロベルトの声が聞こえる。
『えぇ、そうです。そしてこちらが、ベテランの方々の踊る姿です』
 画面を操作して次に見せてくれたのが、どこかのイベント会場らしい。
 普段着のまま、男女手を取り合い、だれもかれもが楽しそうに踊っている。
 そこには気負いも、緊張もなく、とても自然に音楽を体で楽しんでいる雰囲気に満ちていた。
 お互いに見つめ合って、微笑みあうペアがいる。
 長年連れ添ったご夫婦なのだろうか。踊りも息ぴったりで、見ているこちらも踊りだしたくなるようなペアもいた。
『経験の他に、彼らとの違いがわかりますか?』
 こんなに歴然としていたら、わからないわけがない。
(俺は相手を見ていない……)
 はじめて習い覚えるステップに、慣れるために練習から履かされたヒールの高い靴。
 それらに気を取られすぎて、だれかが目の前にいる、くらいにしかアレクシスのことを気にかけていられなかった。
 俺とアレクシスは、一緒に踊っていないんだ。
「こんな風に踊れるようになるんでしょうか……?」
 がくん、と肩を落とした俺の横で、ロベルトが慌てたように手を動かした。
『大丈夫です、自信を持ってください。響さんがペアを組んだ相手は、腐ってもアレクシスなのですよ!』
 借りたスマフォを経由してロベルトの言葉を理解したけど、翻訳に一部変な表現が入ってる気がする。
(腐っても……?)
 そう言えば自分の姿を客観的に見たことが前にもあったな、と思い出す。
(あれは『i-CeL』に入りたての頃、はじめてのライブ映像を見ていろいろ気づいたっけ……みんなはこんな風に見えているんだなって思って、勉強になったんだ)
 これは良い手法かも、とロベルトに今後も時々動画を撮ってもらうよう、たどたどしい英語で頼んだ。
 どうせやるなら、みっともない姿よりマシな姿を見られたいじゃないか。
 それに真剣なアレクシスの表情を見たら、いまさら逃げ出せない気がした。
 俺の中で印象が変わったからだろうか。
 気がついたら日常の端々で、アレクシスの親切さを感じとれるようになっていた。
 ダンスの練習中はもちろん、まだぎこちない空気の中での食事中も、ぽつぽつと会話をするようになったんだけど、俺が聞き取れない時は何度かくり返して言ってくれるんだ。
 俺がスマフォ越しに理解して、その質問に返事をするまでじっと待っててくれたり。
 覚えるのに苦労していたステップをどうにか踊れるようになった時は、ロベルトと一緒になって笑って喜んでた。
(あっ……こんな近くで笑ってるとこ、はじめて見たかも……)
 屈託のない笑顔に見えて、思わずじっと見つめてしまったら、アレクシスが気づいて眉を寄せる。
『どうしたんだい?』
『い、いえ……何でもありません』
 相変わらず一日の練習時間で三回はアレクシスの足を踏んでしまうけど、最近は顔を上げていられるようになった。
 するとアレクシスが一安心したみたいに、ほっと息を吐いている様子がわかって、複雑な気分だ。
 経験の差があって当然、アレクシスに余裕があるのも当然。だけどこいつには格下として見られたくない。
 そんな俺にもよくわからない気持ちが胸の底にあって、日常会話だけじゃなくダンスでもアレクシスをあっと言わせてやりたい。
 でも現実はほど遠くて、文字通り朝から晩まで練習して部屋に帰り着くと、うまくいかない現実と足の疲れで、ベッドに倒れこむ毎日だった。
 ダンスってただ音楽に合わせて足を動かしてるだけに見えてたけど、全身の筋肉をいかんなく使うんだって、こうなってからよくわかる。
(あっちこち痛くてたまらないよ……腰痛いし、ふくらはぎなんてパンパン。女の人って、みんなあんな靴履いて、よく長時間歩けるよな。しかもダンスを踊るなんて、正気じゃないっ)
 アレクシスに断って、先にシャワーを使わせてもらい、自室のベッドで足を揉みながらつくづく思う。
 ちなみにマッサージに使うクリームや、マッサージのやり方はエレナさんに教えてもらった。
 趣味で友達にマッサージしてあげることもあるらしく、エレナさんはとても上手なんだ。
『響さんも体が資本。無意識に酷使しがちな日本人でもあります。ぜひこまめに労わってあげてください』
 ロベルトにも何度も言い含められているから、練習後はマッサージをしているんだけど。
 富岡さんの贈り物、旅の友になった英語CDをイヤホンで聞きながらマッサージしていたら、いつの間にかすぐそばにアレクシスが立っていた。
「うわっ……びっくりした」
『ごめんよ。これでもノックしたのさ……』
 慌てて英語の再生を止める。
 アレクシスが言葉を一旦切って、俺の隣に座ってもいいかと聞いてきた。
 この部屋にアレクシスが入ってくることが珍しく、戸惑いながらもどうぞと答えれば、足元に座ったアレクシスがさらに予想外のことを言いだした。
『揉んであげよう』
「ええっ……!」
 何度もくり返すアレクシス。スマフォの翻訳画面を見て、またアレクシスを見る俺。
(き、聞き違いじゃない……?)
 痺れを切らしたのか、アレクシスがむずっと足を掴んでマッサージをはじめてしまった。
(いまさら手を振り払ったら傷つけるよな……でもなんでアレクシスがマッサージしてくれるんだろ。このまま甘えていいのか、よくないのかわかんないっ)
 混乱の局地にある俺は気持ち良さなんてこれっぽっちも感じることができず、気まずい時間を耐えるしかなかった。
『……殴って、悪かったね』
「え……?」
 どれくらい経ったのか、アレクシスがぽつりと言った。
『喧嘩した時のことさ。殴ってすまなかった。僕は君の事情を正確には知らなかった。ただジュノに習いに来た新人だと聞いていたんだ。君の前に来ていた奴が最悪で、言葉が通じていないからだとわかっていても、君が奴と同じく高飛車に見えたんだよ』
 言い訳になるけど、と苦く謝罪をしめくくるアレクシスを、俺は呆然と見つめた。
 スマフォを見ていないから正確にはわからない。だけどアレクシスが謝っていることだけはわかった。
 俺が全部理解できていないことは、アレクシスにもわかっていたらしく、俺にスマフォを指差して見ろと促す。
 そしてもう一度謝罪してきた。
(こ、これがあの……アレクシスなのかっ!?)
 女性を連れ込んで、連日連夜俺の睡眠を妨害してくれた。
 こちらを見下すような目、落ち込んでた時に突っかかってきて、殴り合いまでした。
 なのに足を揉んで、謝ってくる。
『……君はなぜ僕を殴りたかったんだい? 何か気に入らなかったんだろう?』
 俺がスマフォを見ているのを確認してから、アレクシスがゆっくり聞いてくる。
 聞かれて、俺はすぐには答えられなかった。
 英語がうまく使えないからじゃない。自分でもよくわからない理由だったから。
 とにかくアレクシスが気に入らなかった。でも、何がきっかけだったっけ。
 モーチンさんとふたりではじめて部屋に入った時、女性と廊下でキスしていたから?
 壁越しに悩ましい声を聞かされたから?
 でも殴るほど追いつめられることじゃなかった気がする。
 そう、喧嘩した時は俺の精神状態がよくなかったんだ。
 否定されて、落ち込んでいたのに話しかけてきて……少し邪魔だなって思っただけ、のはずなんだけど。
 頭がずきっと鋭く痛んだ。
 何だろう、いまになって思い出そうとするとあの時の自分がよくわからない。
 何を考えてたんだろう。
「……あの時は落ち込んでいたので……」
『だれでもいいから、殴って憂さを晴らしたかったのかい?』
「…………」
 そうだろうか。いままでだれかを殴りたいと思ったことがなかったのに。
 あれほど強くて、暗い感情に襲われたことは前にもあったけど……いつだったっけ。
 暗くて足場のない感じ。
 悲しいのに泣けず、息が出来ないほど苦しい。
 けどそれが原因だったっけ?
「……女ったらし、だったから」
 とりあえずの理由を代わりに口に出したら、アレクシスの手が止まった。
 また怒らせてしまっただろうか、と恐る恐るアレクシスを見たら、何とも変な表情をしていた。
 目を丸くして、呆然としてハンサムが台無しな感じ。
 そしてそのまま数秒後に、アレクシスが大爆笑しはじめた。
 両手を打ち鳴らして、体を捩りながら大笑いし続けるアレクシスを、今度は俺が呆然と見る番だった。
(な、何が起こってるの……?)
 ひとしきり笑って満足したのか、少し静かになってきたアレクシスが手を伸ばして、俺の頭をわしゃわしゃ撫でまくった。
『それはそれは失礼いたしました。お子様には刺激的すぎたようで』
 馬鹿にしてるなってことが、声の感じからして伝わってきたから、俺は口を尖らせる。
「笑い事じゃないよ。この階は俺とアレクシスの部屋しかないけど、階下に住んでる人もいるんだよ? 絶対音が漏れて、迷惑かけてたって」
 日本語で言ってしまってから、慌ててスマフォ翻訳を使って言い直した。
『おや? そんなに激しくした記憶はないのだけれどね? もしかして僕たちの声でもんもんとして、夜眠れなかった?』
 スマフォを見た俺が真っ赤になって首を振って否定する姿を、アレクシスがニヤニヤして見てる。
『前にジュノのところに来てた奴は、僕以上だったよ。相手は男性もいてね。ひどい時はふたり以上連れ込んで、さすがのエレナさんも渋い顔して制止かけてた。まぁ、見た目きれいな奴だったから、言い寄る相手が多かったんだろう。あの頃は僕の方が音に悩まされたね』
 アレクシス以上の遊び人だったと言う、前住人を想像してみようとしたけど、そう言う話に縁のなかった俺には無理だった。
『しかし君と彼とは別人だ。色眼鏡で見てしまった僕の落ち度だ。君にはすまないことをしたよ』
 マッサージを再開しながらアレクシスがしみじみと言う。
 俺もまたアレクシスをちゃんと見ていなかったんだな、と気づかされる。
「こちらこそ……ごめん、なさい」
『では喧嘩両成敗。水に流そう。いいかい?』
 こくん、と頷いた俺をちらっと目だけを上げて確認した後、アレクシスとの会話は途切れた。
 だけどいままでみたいなぎこちなさは感じなかった。
「……上手ですね、すごく気持ちがいい……」
『そうかい? 昔はよくやってあげたから……』
 アレクシスは急に表情をくもらせて、足から手を離してしまった。
 何となく俺にもアレクシスがだれにやっていたのか見当がついて、しまった、と唇を噛んだ。
『……もう眠ったがいいよ。お邪魔したね、お休み』
「……お休みなさい」
 アレクシスが引き止める間もなく立ち上がり、後ろ手を振って部屋から出て行った。
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