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第1章
5. きっと明日は
しおりを挟む今日の僕は一味違う。
昨晩から睡眠時間を削って、クラスメイトの名前と顔を覚えて来たからだ。
顔の特徴は学生証に書いておいた。
そして昨日仁川くんと別れた駅に到着するまで、その学生証に書いたメモを読み返しながら、ミスのないように頭の中で何度も復唱した。
「タツー!おーっす」
「おはよう、仁川くん」
「仁川くん、とか今更止めろよな~」
「ごめんごめん、なんで呼んでたっけ」
「颯人って呼び捨てだったぜ?」
「ん~…颯人、くん」
「いや、だから、くんってなんだよ、くんって」
何にしても、このイケメンを前にして、颯人って呼び捨てできるほど、僕のメンタルは強くない。
今だって、周りの視線が痛いほど颯人くんに向かって注いでいる。
「今日服装検査だってよ、だりーなぁ」
「えっ、そうなんだ、本当だね」
「うーん、何か、やっぱタツ昨日から変だぞ?」
「どこらへんが?」
「具体的にと聞かれると難しいけどなー…んー、喋り方とかちょっと雰囲気とか、とにかく何かいつもと違うんだよなー」
「僕さ、実は…」
「ん?」
記憶、ないんだ。
昨日より前の記憶がないんだ。
だから、教えてくれない?
僕という人間がどんな人物で、どんな風に生きてきたか。
周りと僕の関係性。
僕の身に何が起こったのか。
「……んーん、なんでもない」
「なんだよー」
隣でぶつぶつ呟いてる彼を横目に、電車の窓から知らない景色を眺める。
とてもじゃないけど聞けない。
言ったところで、土台信じられる話ではないんだから。
元々女の子やってたんだけど、転生して異世界来たかと思ったら、よく分からないまま男の子になっちゃった、なんてね。
ひょっとしたら、0から僕を始めた訳じゃないから、転生とも言えないかもしれない。
…でも、昨日が間違いなく私にとって、"僕"のスタートだった。
---
--
-
ふと、思った。
極力人には頼らず、自分の力でどうにかしよう、と思っていたが、あまりに情報量が少なくて、まともに学生生活すら全う出来ないのは困る。
という訳で、あっさり白旗を挙げて、おそらく昨日今日見た感じ1番仲良いだろう颯人くんに事情を言ってみることにした。
あ、もちろん転生の話は伏せて。
「颯人くん、僕さ、あのー…」
「どうした?改まって」
「実はさ、たまに記憶が曖昧になるっていうか…寝ぼけてるっていうか…そんな時があって、そのー…」
「…やっぱりあの時からか?」
休み時間で教室が騒がしい筈なのに、急に静かになったような、気がした。
身体は横を向いているのに、真っ直ぐと僕を見る目線が辛かった。
「あの時…?」
「覚えてないのか…」
「ちょっと、うん、ごめん、実はさっぱり…」
何も覚えてなくて、ごめん。
視線を落とした颯人くんが、悲しそうに教えてくれた。
ーー僕は、事故に巻き込まれたらしかった。
颯人くんと僕は幼稚園からの幼馴染かつ親友だそうで、その日もいつものように一緒に帰ってた。
途中で「最新号の少年漫画買いたいからコンビニ寄っていい?」という颯人くんの提案で、駅近くのコンビニに入った。
颯人くんがレジを通していた、まさにその時、立ち読みしていた漫画コーナーに乗用車が突っ込んできた。
寝不足のドライバーが起こした事故だった。
乗用車の正面からぶつかった僕は、コンビニの棚と車に挟まれてそのままお腹付近が締め付けられたことで、酸欠になり意識を失った。
それ以降、数ヶ月目が覚めなかった。
やっと意識が戻ったのが、1週間ほど前。
そして、退院、久しぶりの登校が昨日だった。
思った以上に壮絶な事故に巻き込まれていたことを知り、何も言葉が出てこなかった。
「おれ、じぶんがコンビニ寄ろうとか言ったから、タツが事故に…とか思っちゃって…本当に、…ごめんな」
「そんなそんな!僕も記憶が曖昧なこと黙っててごめん…」
「いやいや、俺のことは全然大丈夫!気にすんなよ…」
思い出したくないことが頭に浮かんだのか、項垂れる颯人の頭に、ポンポン、と手を置く。
「なんで颯人くんが泣きそうなのさ」
「だって…」
「僕はこうして生きてるし、元気だ。心配要らないよ」
「……そうだよな」
昨日お母さんが泣きそうだったのも、颯人が泣きそうなのも、きっと同じ理由だろう。
言葉が必要なんだろうな。
僕は生きていて、そして元気だと。
(…記憶は所々飛んでいる設定だけれど)
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