上 下
23 / 52

第二十三話 正義はどちらにあるのか その2

しおりを挟む
「な、何事だ!?」

 驚く指揮官にやってきた帝国兵たちが慌てて報告をする。

「大変です! オークの襲撃です!!」
「オークだと?!」
「はっ。それも完全武装した重装甲兵です」

 それに指揮官は言葉を失う。オークは知能は少しだけ高いが武装したとしても、こん棒などの原始的な武器しか持たず、鎧などは身に着けることはない。再び、オークの咆哮がしたとき、指揮官はハッと我に返り、慌てて怒鳴り声を上げた。

「ば、馬鹿者!  なぜ、それを早く言わんのだ!!」
「申し訳ありません。突然、森から現れ、気が付いたころには街に入られていました」
「すぐに応援を呼べ!  奴らを殺すんだ!!」
「了解しました」
「総員!! 南門へ集まれッ!!!」

 その号令と共に慌ただしくなる帝国兵たちを横目にマーガレットは思考をめぐらせていた。

「オーク……しかも武装している……


 マーガレットもオークが完全武装している、という話をこれまでに聞いたことがなかった。鎧や武器を持っているということはそれだけの財力と製造するための生産力、さらには扱える知能があるということだ。厄介にもほどがある。マーガレットは教会へと視線を向ける。そこには今もなお、教会を燃やす炎が上がっている。南側からオークが侵入したらしく、帝国兵らがそっちへと向かっていく。その隙をみて、マーガレットは教会へ駆け寄り、塞がれた扉を開けようとする。しかし、木板で塞がれたそこはびくりともしなかった。

「ッ!!」

 マーガレットは焦た。不意に背後から声を掛けられた。

「人間、そこをどけ!」
 
 振り返ると大きな体躯をした鎧をみにつけたオークがいた。手に持った斧を振り上げ、今まさに振り下ろそうとしていた。

「なッ!!?」

 咄嵯に身を屈める。すると、その頭上を斧が通り過ぎ、扉を破壊したのである。木片が飛び散っていく。

(――――外れた? いや、最初から扉を狙った……?)

 オークは斧を引き抜き、再び、扉を叩きつける。

 何度も、何度も。やがて、木片が飛び散ると同時に教会内へと通じる通路が開かれた。

「うむ。これでよし。人間ども、さっさと逃げよ!!!」

 その声と同時に教会から住民たちが飛び出してきた。何が何だかわからない混乱状態で、目の前にいる大きなオークを見ても誰も驚くこもなく、ただひたすらに逃げていく。一人の若者が目の前にいるオークに言った。

「あんた、頼む! まだ中に女の子がいるんだ」
「ん?」
「教会の天井が焼け落ちて、女の子が下敷きに」
「なんと?! 任せよ。このオド様が助けてやる!」

 そう言うと、そのオークは大きな体を揺らしながら教会の中へと入っていった。中へ入ると真っ赤に燃える教会内で、若い男が言う通り、天井が崩れ落ちており、大きな柱の下に一人の少女の姿があった。

「ふぇええええんっ!!! 痛いよぉおおお」

 泣きじゃくる少女を見て、オドは右手に持つ斧を投げ捨て、慌てて駆け寄る。

「大丈夫かっ!!」
「痛いよぉおお苦しいよぉおお」
「今、待ってろ!」

 オドは瓦礫を片手で軽々と持ち上げるとそれを放り投げた。そして、女の子を抱きかかえた。火の粉が舞い上がったため、オドが出て女の子の顔を覆う。助け出された女の子は不思議そうな顔で、見上げてきた。

「……おじさん、だぁれ……?」

 その問いにオドは牙を見せながらどや顔をした。

「俺様はオド。正義の味方だ。 だから人間の子よ、安心するといい」
「……うん。ありがとうオドおじさん」

 そういうとオドの太い手をギュッと握りしめる。

「うむ。いい子だ」

 そういうとオドは女の子を抱えながら教会から出た。



♦♦♦♦♦



 教会から女の子を抱いたオークが出てきたことにマーガレットは自分の目を疑った。ただ、本能のままに行動するオークが人を助けたのだ。その行動は偶然のはずがなく、明らかに意思があっての行動だった。

「あなた、一体何者なの……?」

 マーガレットの言葉にオドは鼻息荒く答えた。

「俺様は至高なるお方にお仕えする幹部が一人、オド様だ」
「至高なるお方……ですって」

 マーガレットはその言葉に引っかかる。明らかに普通のオークとは違い、知性も、そして、力も強い。身体からあふれ出るオーラからしてそこらのオークとは違うのだ。そんな強力な魔物が敬意を示して、「至高なるお方」と言った。

 忠誠を誓う相手がまだいる、そう考えた瞬間、ある存在が頭をよぎる。

「まさか……?!」
「フェレン聖騎士よ。それ以上、口にするな。名を言った瞬間、お前を殺さねばならぬ」
「ッ!?」

 オドの瞳が鋭く光る。それはマーガレットの想像が正しかったことを示していた。
マーガレットは腰に下げている剣柄に手をしのばせる。しかし、それは見抜かれていた。

「やめておけ。お前は俺様よりも弱い」
「…………」
「それに俺様は無益な殺生はしない主義だ。だから、今は見逃してやろう」

 その言葉と共にオドは石の階段を下りて、女の子をおろし、頭を撫でた。髪の毛をくしゃくしゃにして、ニカッっと笑う。その表情は優しいものだった。和んだ雰囲気を壊すようにマーガレットが立ち上がり、口を開いた。

「一つだけ聞かせてほしいことがあります」
「質問を許そう。人間よ」
「どうしてその子を助けたのですか? 本来、あなたたちが忌み嫌う人間ですよ」

 その質問にオドは鼻で笑った。

「ふん。どうして? だと……面白い質問をする」

 オドはマーガレットを見据えて、はっきりと答えた。

「誰かを助けることに理由などいるのか?」
「……なっ」

 そのセリフにマーガレットは驚かされた。オークがいう言葉ではない。むしろ、自分がいうべき言葉だった。その驚いて、理解できないという顔にオドは付け加えた。

「まあ、あえていうなら……そうだな。俺様は困っている奴は絶対に見捨てない。助けを求める者の味方になりたい。それが強者としての務めだ」

 その返答はオークとは思えないほど清々しいものだった。マーガレットは思う。この目の前にいるオークはオークとしてではなく、一人の男だと。それは正義を謳うフェレン聖騎士よりもずっと眩しいもののように思えた。マーガレットは悔しくも思った。どちらが悪で、どちらが正義なのか、行動をもって示されたのだ。自分たちはいつも縛りの中で行動している。教会が焼かれ、中にいる民を見捨ててまでも、フェレン聖騎士の誓いを守ろうとした。それがどれだけ愚かな行為だったのか、今更ながら思い知らされる。

(―――――私は……私たちは……何を正義としているのだろうか……)

 マーガレットは静かに剣柄から手を離す。オドもそれを見て頷いた。

「ふむ。良い判断だ。さらばだ、人間よ」

 そう言い残し、オドはその場を立ち去ろうとした。しかし、いつの間にか、オドの前に騒ぎを駆け付けてきたフェレン聖騎士たちが取り囲んでいたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

♀→♂への異世界転生~年上キラーの勝ち組人生、姉様はみんな僕の虜~

高嶺 蒼
ファンタジー
痴情のもつれ(?)であっさり29歳の命を散らした高遠瑞希(♀)は、これまたあっさりと異世界転生を果たす。生まれたばかりの超絶美形の赤ん坊・シュリ(♂)として。 チートらしきスキルをもらったはいいが、どうも様子がおかしい。 [年上キラー]という高威力&変てこなそのスキルは、彼女を助けてくれもするが厄介ごとも大いに運んでくれるスキルだった。 その名の通り、年上との縁を多大に結んでくれるスキルのおかげで、たくさんのお姉様方に過剰に愛される日々を送るシュリ。 変なスキルばかり手に入る日々にへこたれそうになりつつも、健全で平凡な生活を夢見る元女の非凡な少年が、持ち前の性格で毎日をのほほんと生きていく、そんなお話です。 どんなに変てこなお話か、それは読んでみてのお楽しみです。 感想・ブックマーク・評価などなど、気が向いたらぜひお願いします♪ 頂いた感想はいつも楽しみに読ませていただいています!!! ※ほんのりHな表現もあるので、一応R18とさせていただいてます。 ※前世の話に関しては少々百合百合しい内容も入ると思います。苦手な方はご注意下さい。 ※他に小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しています。

左遷されたオッサン、移動販売車と異世界転生でスローライフ!?~貧乏孤児院の救世主!

武蔵野純平
ファンタジー
大手企業に勤める平凡なアラフォー会社員の米櫃亮二は、セクハラ上司に諫言し左遷されてしまう。左遷先の仕事は、移動販売スーパーの運転手だった。ある日、事故が起きてしまい米櫃亮二は、移動販売車ごと異世界に転生してしまう。転生すると亮二と移動販売車に不思議な力が与えられていた。亮二は転生先で出会った孤児たちを救おうと、貧乏孤児院を宿屋に改装し旅館経営を始める。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

聖女の妹は無能ですが、幸せなので今更代われと言われても困ります!

ユウ
ファンタジー
侯爵令嬢のサーシャは平凡な令嬢だった。 姉は国一番の美女で、才色兼備で聖女と謡われる存在。 対する妹のサーシャは姉とは月スッポンだった。 能力も乏しく、学問の才能もない無能。 侯爵家の出来損ないで社交界でも馬鹿にされ憐れみの視線を向けられ完璧を望む姉にも叱られる日々だった。 人は皆何の才能もない哀れな令嬢と言われるのだが、領地で自由に育ち優しい婚約者とも仲睦まじく過ごしていた。 姉や他人が勝手に憐れんでいるだけでサーシャは実に自由だった。 そんな折姉のジャネットがサーシャを妬むようになり、聖女を変われと言い出すのだが――。

森に捨てられた俺、転生特典【重力】で世界最強~森を出て自由に世界を旅しよう! 貴族とか王族とか絡んでくるけど暴力、脅しで解決です!~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 事故で死んで異世界に転生した。 十年後に親によって俺、テオは奴隷商に売られた。  三年後、奴隷商で売れ残った俺は廃棄処分と称されて魔物がひしめく『魔の森』に捨てられてしまう。  強力な魔物が日夜縄張り争いをする中、俺も生き抜くために神様から貰った転生特典の【重力】を使って魔物を倒してレベルを上げる日々。  そして五年後、ラスボスらしき美女、エイシアスを仲間にして、レベルがカンスト俺たちは森を出ることに。  色々と不幸に遇った主人公が、自由気ままに世界を旅して貴族とか王族とか絡んでくるが暴力と脅しで解決してしまう! 「自由ってのは、力で手に入れるものだろ? だから俺は遠慮しない」  運命に裏切られた少年が、暴力と脅迫で世界をねじ伏せる! 不遇から始まる、最強無双の異世界冒険譚! ◇9/25 HOTランキング(男性向け)1位 ◇9/26 ファンタジー4位 ◇月間ファンタジー30位

処理中です...