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始まりの伝説

第九話

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――――――誰もがその夜、何事もない穏やかな夜を過ごせると思っていた。だが、それは偽りの夜だった。

 静まり帰った夜の泊り、虫や動物の鳴き声が聞こえる中、丘の上を影が動いていた。

 その一団は丘の下にあるガリアン諸王国連合軍の幕営地へと土石流の如く流れ込む。

 予期せぬ夜襲がガリアン諸王連合軍を襲ったのである。

 戦いは一瞬の出来事で、瞬きした時には既に勝敗は決していた。

 ガリアン諸王国連合軍の兵士らは夜襲してきた一団の馬蹄に踏み潰されてしまう。

 幕営地に残ったのは累々たる無残な屍と悲痛な叫び声だけ。

 助けを求める声もやがては消えてなくなる。

 彼らが死ぬ前、最初に耳にしたのは闇夜から聞こえてくる無数の馬蹄と喚声だった。

 最初、何が起きているのか理解できた者はいなかった。

 幕舎から寝ぼけた顔を覗かせて状況を確認した時にはマティアスが率いている深淵騎士団が突っ込んでいた。

 恐怖と混乱。指揮官を失い、どうすることもできないガリアン兵らは逃げ惑うしかなかった。

 そんな彼らを背後からマティアスの深淵騎士団が次々に斬り伏せていく。

 悲鳴も上げる暇を与えず、降伏してきた者にも慈悲を与えず。確実に一人ひとり殺害していくその姿はまさに悪魔の軍団、どこからともかく現れた命を狩る亡霊に見えた。

 深淵騎士団の攻撃からなんとか逃げ延びた兵士らは散り尻に近くにあった森へと逃げ込んでいった。

 彼らは混乱していても叩き込まれた戦術を身体で覚えていたのだ。

 森の中に逃げれば、木々に阻まれた騎兵は突撃ができない。

 機動力と突進力を失ってしまえば、騎兵は役に立たない。

 むしろ、歩兵の方が有利になる。

 マティアスは態勢を整えたガリアン兵からの森の中での反撃を予想し追撃は危険だと判断した。

 部隊に停止の命令を出し、自分の周りに集結させる。

 黒鎧とほっぺたに返り血を浴びたままのモルガがマティアスの隣に馬を並べた。

 森の方に身体を向けたまま、横目でマティアスを見る。 

「……追わないのですか?」
「深追いは禁物だ。それより、こちらの被害状況は?」
「はっ……えっと、まだ、確認していません……」
「はぁ?」
「す、すいません!」
「さっさと確認してこいッ!」

 マティアスはそう言うとモルガの額をデコピンした。

 ぺチっと音が鳴る。

「はぅ……」

 モルガは痛そうにしながらも口元はニヤけていた。
 
 彼女が状況把握に向かうと同時に入れ違いに女騎士が敵兵を数名、連れてきた。

「マティアス様! 捕虜はどうしますか?」 

 それにマティアスは迷うことなく即答する。

「生かす理由もない。そこらで殺しておけ」

 面倒くさいような顔で手の平をひらひらさせた。

「はっ」

 女騎士らも躊躇うことなく、捕虜をその場で跪かせ、首をはねようと長剣を振り上げる。

 若いガリアン兵が女騎士の目を盗み、手を振り解いた。

 逃げ出そうとしたが、すぐに女騎士ら二人掛りで取り押さえられる。

「この野郎!!! くそが!! 離せッ!! 俺は降伏したんだぞッ! なんで殺されないといけないんだッ!!」

 マティアスは横目で暴れる若いガリアン兵を見る。

 彼と目が合った。

「頼む、助けてくれッ!」

 マティアスが小首を傾げた。

「なんで?」
「?!」

 若いガリアン兵は目を見開き、驚く。

 驚いた姿を見て、マティアスは鼻で笑うと小馬鹿にしたように口端を吊り上げた。

「敵を生かしておくとでも思ったのか?」
「なんでだよッ?!」

 マティアスはその問に答えようとはしなかった。

 無視されたことに若いガリアン兵が声を荒げる。

「こ、この悪魔めッ!!! 人間の皮を被った化け物めッ!」 
「貴様ッ!!」

 団長を悪魔と言われたことに怒った女騎士の一人が抜剣したが、それをマティアスが止める。

 彼は軍馬から降りると彼の元まで歩み寄って、相手の顔を覗き込む。

「悪魔か……ふふ。面白い。あー確かに悪魔かもしれんな。なにせ、慈悲という感情を無くしているからな」
「くそッタレ!!!」
「なぁ、一つ、聞くんだが、あそこに転がっているのはお前の仲間だろ?」

 マティアスの視線がある場所へと向けられる。

 それを追うように若いガリアン兵も視線を送った。

 そこでは折り重なるようにガリアン兵の死体がたくさんあった。

 馬蹄に踏みつぶされ、鎧がひしゃげてしまった兵士や、首を撥ね飛ばされた兵士、緑の草が赤く染まっていた。

 若いガリアン兵の目が泳ぐ。動揺しているようだ。

「あいつらみんなこの俺が殺した。いや、楽しかった。一方的な戦いほど楽しいものはない」
「クッ……ふざけやがって……」

 視線をマティアスに戻し睨み付けた。

「怒りの目だな。俺を殺したいか?」
「………」 
「憎しみと復讐に満ちた敵兵を解放してしまったら俺はゆっくりと夜寝れなくなってしまう。それは困る。睡眠は大切にしないといけない」
「だから殺すと?」
「あぁそうだ。殺されないために殺すのさ」

 それになんも答えられなかった。

 彼が言っていることも理にかなっている。

 だが、無抵抗な者を殺す、という行為は許されない。

 それが常識となっていたのだが、そんな常識、彼には通用しない。

 女騎士の一人が長剣を持ったまま、若いガリアン兵を無感情で見下ろす。

「お、俺はもう軍には戻らないし復讐なんて考えていない!! 頼む!!」
「ハハ。笑わせるなよ。そんなこと信用できるわけないだろ? バカなのか?」
「マティアス様、そろそろ」
「そうだな。もう話すのも面倒だ」

 マティアスは立ち上がり、悪い顔をしながら目で合図を送ると女騎士らが若いガリアン兵を起き上がらさせ、首筋に剣を当てる。

「まってく―――」

 彼女らが待つわけもなく、首を撥ね上げた。

 首を失って、血しぶきをあげながら痙攣して、手足をピクつかせる。

 マティアスはピクつく若いガリアン兵の死体を踏みつけた。

「まったく、ピクついているのを見ると気持ち悪くなった」

 呆れているマティアスに報告に戻ってきたモルガが敬礼した。

「報告。我が方の被害――――帝国兵十三人、騎士が五人、他一人が重傷を」

 仲間を五人も失ってしまったことにモルガは唇を噛み締める。

 マティアスが眉をひそめ、怖い顔でモルガに尋ねた。

「……重傷者はどこにいる?」
「い、今、あちらの方で応急手当を受けています……」

 その一人もかなりの重傷を受けていて、モルガから見て、助からないと判断していた。

 ただ、ここの時点ではまだ死亡者として扱いたくない。

 マティアスがモルガが言った場所へ足早に向かった。

 彼の後をその場に居た彼女らも続く。

 少し進んだところで、いくつか、幕舎があった。

 それは敵の幕舎だったが、負傷した者を治療する為の幕舎として、利用しているようで、そこでは負傷者を集めて、軍医らが手当てをしていた。
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