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ルイン
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恐ろしい程に研ぎ澄まされた感覚は数々の戦いで得られたもので、それこそ日常生活に戻るには邪魔なものでしかなかった。
彼らがかつて住んでいたのは遠い未来、車が空を走り建物が環境データを計算することで最も快適な生活を与えることの出来る角度にお辞儀をして世界のありとあらゆる娯楽や雑用などは人の姿を持った機械が担う世界。そこで様々な出来事を流れるままに見つめて過ごす、そんな日々に浸かっていた。親が金持ちで研究家でなければとうの昔にその地域を追い出されていただろう。
カイルはあの日々を思い返す。住まいの地域の外側はどうなっているのか目にしたことはない、しかしながら人々は常に耳元でささやかな声を靡かせては子どもに躾を施していた。
「しっかりと勉強しないとAIに出来ない仕事が取れない。そうしたらこの街を追い出されて肉体労働漬けの日々を過ごすことになるぞ」
そう、あの世界、カイルが住んでいた街では殆どの仕事が人工知能を搭載したロボット、人の形を模して生まれることを強いられた鉄の塊が行なっていた。故に一部の職業従事者、研究者や政治家、AI整備士といった必要な職を持つ者を除いては先端技術に頼ることのない古びたローテクの街を造ってはそこで充実した、負の集いによる旧世代的な日々を送っていたのだという。農家がAIの手を一切借りずに生み出し育て上げる農産物や畜産物は収穫量はおろか味さえも不安定。漁師の獲る魚はそれこそ種類も量も性格に選ぶことなど叶わない、意志の力で自然環境に逆らおうにも自然のもたらす手に敵うはずもなかった。AIによって安心を得た世界に適わなかった、その程度の人物たちは外のセカイでそれなりの生き様を見せているのだという。それに加えて反抗意識なのだろうか、そこに住まう人々はAIの手によって生み出された創作物から芸術作品といったものには一切手を伸ばさないのだという。
そうした事実を知ったのは、既に別の世界に移された後のことだった。ある研究、曰く、元々住む世界とは別の可能性で動く世界、並行世界。そこでは同じ姿、同じ心を持った人々が異なる生活を送っていた。そうした並行世界を覗き込み、更に時代を遡って過去へ、その過去にもまた並行世界が存在し、あの観測点は大量の枝分かれを繰り返して無限にも思える程に増えた並行世界のひとつに過ぎないことも分かった。それからのこと。
ある世界線を覗いた時のことだった。過去、遠い時代の今がそこで止まってしまった世界線、魔王の手によって滅び、世界そのものが終焉を迎えたという最も恐ろしい可能性の世界。
そうした今に至ることもなく時の動きを止めてしまった世界を目の当たりにして研究者は思いついてしまった。その世界を変えてみせよう。遠い並行世界、向こうからは到底見えない程に高い所にまで進んだ世界からの介入。それを行なうことでどのような変化をもたらすことか、気になったのだという。
それから程なくして少年少女が集められた。この街の落ちこぼれから外の街で暮らしていた人物まで。かき集められて三人ずつに振り分けられて。
――なあ、これって結局俺、街から追い出されるってことだよな
失望、心の嘆きは声として出て来ることもなく、ただただ己という深淵を這いずり回り続けるのみ。
そうして送り込まれたそこは書籍の中の世界と呼んでも差し支えのない光景。鉄の塊を思わせる人物、剣を手にした騎士が馬に乗って騎士の意思の示す場所へと運ばれていた。空は心なしか澄んでいて、鍬を手にした人々は汗に身を濡らし、苦労を腰に手を当てる仕草で示しながらも達成感を身に沁み込ませていた。
その様を驚きの目で見つめるカイルに対して隣に立つ少女はメガネ越しに見つめるその世界を微笑みで出迎えて視界の中へと送り込んでいた。
「いつでも変わらないこともあるものね」
メガネをかけた短髪の少女、ルインはカイルの住む街の外、AIの目が行き届いていない街の生まれだった。自然を愛しながらもアスファルトの道路を歩き、ある日ある時の社会をそのままなぞったような生活を送っていたのだという。
ルインは首を振りながら辺りを見回し、ひとり足りないことに気が付いた。
「ここに来るのに失敗したのでしょう」
首を揺らすごとに髪が揺れながら流れる様にカイルは見惚れてしまっていた。元の街では見られない様々な表情を想いに合わせて浮かべる素直な顔に惚れ切ってしまっていた。
☆
それから旅を続けることによって、ひとつひとつ進むことによって初めて味わう景色、外の街に住んでいた人々が普通に行なっていたという様々なこと、ルインの手や声、表情やちょっとした仕草を挟み込んで教えられる様々なこと、その全てが幸せに満ちていた。
身体が今の冒険について行けた、そんな旅の終着点が、魔王の娘との戦いが始まってからのことだった。そこにはカイルと同じ場所から訪れた人々が大量にいて魔王の娘によってその命を身体から落とす羽目にあっていた。
その光景を目にした瞬間のことだった。カイルは腹に強い痛みを感じて蹲る。眼を落してみればそこには立派な通り道が出来上がっていた。
強すぎる、カイルはその言葉を声に出すことも叶わずただ命の火が書き消えるまでの絶望の余韻に包み込まれていた。
そこからである。ルインはメガネを外し、大きな剣を構えてカイルの手を取って、大きく息を吸った。
「全ての亡き者の恨み、これから失われようとする者の無念、その全てを乗せて、私はあの女を……殺す」
唱えるように言葉を放ち、乾いた空気に張り詰めた感情を乗せたその時のことだった。突然、背後から水があふれ出してきた。城を飲み込み、生きる者全てに触れて何もかもを消し去って行く。蒼黒い水、それに触れた者は術者であれども平等に破滅に身を奪われる。
魔王の娘もこの世界の人物全ても、カイルもルインも全て飲み込んだ水はやがて蒼黒いルインの姿を取った。
辺りを見回し、空間を引き裂いて並行世界へと向かう。差別なき人類無差別殺人術式はそうして人類の新たなる脅威へと、ルインの名の通り、破滅をもたらす存在へと成り果てた。
彼らがかつて住んでいたのは遠い未来、車が空を走り建物が環境データを計算することで最も快適な生活を与えることの出来る角度にお辞儀をして世界のありとあらゆる娯楽や雑用などは人の姿を持った機械が担う世界。そこで様々な出来事を流れるままに見つめて過ごす、そんな日々に浸かっていた。親が金持ちで研究家でなければとうの昔にその地域を追い出されていただろう。
カイルはあの日々を思い返す。住まいの地域の外側はどうなっているのか目にしたことはない、しかしながら人々は常に耳元でささやかな声を靡かせては子どもに躾を施していた。
「しっかりと勉強しないとAIに出来ない仕事が取れない。そうしたらこの街を追い出されて肉体労働漬けの日々を過ごすことになるぞ」
そう、あの世界、カイルが住んでいた街では殆どの仕事が人工知能を搭載したロボット、人の形を模して生まれることを強いられた鉄の塊が行なっていた。故に一部の職業従事者、研究者や政治家、AI整備士といった必要な職を持つ者を除いては先端技術に頼ることのない古びたローテクの街を造ってはそこで充実した、負の集いによる旧世代的な日々を送っていたのだという。農家がAIの手を一切借りずに生み出し育て上げる農産物や畜産物は収穫量はおろか味さえも不安定。漁師の獲る魚はそれこそ種類も量も性格に選ぶことなど叶わない、意志の力で自然環境に逆らおうにも自然のもたらす手に敵うはずもなかった。AIによって安心を得た世界に適わなかった、その程度の人物たちは外のセカイでそれなりの生き様を見せているのだという。それに加えて反抗意識なのだろうか、そこに住まう人々はAIの手によって生み出された創作物から芸術作品といったものには一切手を伸ばさないのだという。
そうした事実を知ったのは、既に別の世界に移された後のことだった。ある研究、曰く、元々住む世界とは別の可能性で動く世界、並行世界。そこでは同じ姿、同じ心を持った人々が異なる生活を送っていた。そうした並行世界を覗き込み、更に時代を遡って過去へ、その過去にもまた並行世界が存在し、あの観測点は大量の枝分かれを繰り返して無限にも思える程に増えた並行世界のひとつに過ぎないことも分かった。それからのこと。
ある世界線を覗いた時のことだった。過去、遠い時代の今がそこで止まってしまった世界線、魔王の手によって滅び、世界そのものが終焉を迎えたという最も恐ろしい可能性の世界。
そうした今に至ることもなく時の動きを止めてしまった世界を目の当たりにして研究者は思いついてしまった。その世界を変えてみせよう。遠い並行世界、向こうからは到底見えない程に高い所にまで進んだ世界からの介入。それを行なうことでどのような変化をもたらすことか、気になったのだという。
それから程なくして少年少女が集められた。この街の落ちこぼれから外の街で暮らしていた人物まで。かき集められて三人ずつに振り分けられて。
――なあ、これって結局俺、街から追い出されるってことだよな
失望、心の嘆きは声として出て来ることもなく、ただただ己という深淵を這いずり回り続けるのみ。
そうして送り込まれたそこは書籍の中の世界と呼んでも差し支えのない光景。鉄の塊を思わせる人物、剣を手にした騎士が馬に乗って騎士の意思の示す場所へと運ばれていた。空は心なしか澄んでいて、鍬を手にした人々は汗に身を濡らし、苦労を腰に手を当てる仕草で示しながらも達成感を身に沁み込ませていた。
その様を驚きの目で見つめるカイルに対して隣に立つ少女はメガネ越しに見つめるその世界を微笑みで出迎えて視界の中へと送り込んでいた。
「いつでも変わらないこともあるものね」
メガネをかけた短髪の少女、ルインはカイルの住む街の外、AIの目が行き届いていない街の生まれだった。自然を愛しながらもアスファルトの道路を歩き、ある日ある時の社会をそのままなぞったような生活を送っていたのだという。
ルインは首を振りながら辺りを見回し、ひとり足りないことに気が付いた。
「ここに来るのに失敗したのでしょう」
首を揺らすごとに髪が揺れながら流れる様にカイルは見惚れてしまっていた。元の街では見られない様々な表情を想いに合わせて浮かべる素直な顔に惚れ切ってしまっていた。
☆
それから旅を続けることによって、ひとつひとつ進むことによって初めて味わう景色、外の街に住んでいた人々が普通に行なっていたという様々なこと、ルインの手や声、表情やちょっとした仕草を挟み込んで教えられる様々なこと、その全てが幸せに満ちていた。
身体が今の冒険について行けた、そんな旅の終着点が、魔王の娘との戦いが始まってからのことだった。そこにはカイルと同じ場所から訪れた人々が大量にいて魔王の娘によってその命を身体から落とす羽目にあっていた。
その光景を目にした瞬間のことだった。カイルは腹に強い痛みを感じて蹲る。眼を落してみればそこには立派な通り道が出来上がっていた。
強すぎる、カイルはその言葉を声に出すことも叶わずただ命の火が書き消えるまでの絶望の余韻に包み込まれていた。
そこからである。ルインはメガネを外し、大きな剣を構えてカイルの手を取って、大きく息を吸った。
「全ての亡き者の恨み、これから失われようとする者の無念、その全てを乗せて、私はあの女を……殺す」
唱えるように言葉を放ち、乾いた空気に張り詰めた感情を乗せたその時のことだった。突然、背後から水があふれ出してきた。城を飲み込み、生きる者全てに触れて何もかもを消し去って行く。蒼黒い水、それに触れた者は術者であれども平等に破滅に身を奪われる。
魔王の娘もこの世界の人物全ても、カイルもルインも全て飲み込んだ水はやがて蒼黒いルインの姿を取った。
辺りを見回し、空間を引き裂いて並行世界へと向かう。差別なき人類無差別殺人術式はそうして人類の新たなる脅威へと、ルインの名の通り、破滅をもたらす存在へと成り果てた。
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