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黒恵の感覚編
矛盾
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街の中、生きている人々の流れを見つめ流し歩き想う。
感覚は生きている
感情は生きている
想い出は生きている
思考は生きている
心は生きている
身体は――
分からない、それが黒恵の感覚。ものに触れた時の温かみも、心に触れた時の暖かさや冷たさや柔らかさや刺々しさも、目に見える風景も心に映るあの景色たちも、みんな生きているはずなのに、自信を持つことが出来ないでいた。瞳には生きている証と死んでいる事実、どちらもがそこに在って激しい主張を互いに塗り合っていて。
生きているのに死んでいる
相反するふたつが重なり合っているなどという在ってはならない状態。それが黒恵ひとりの身体で起きているのだという。
矛盾している
世界にいるのかいないのか
迷い惑いこみ上げる苦しみに胸を押さえ、目の前の生きた景色を目にした。
そこに在るのは街、いつも歩いている街。
果たしてそうなのだろうか
街はいつも同じ姿をしているように見える、いつも同じはず。しかし、人には視えない単位ではどうだろう。常に変わり果てているのではないであろうか。
全てのモノは、生まれた瞬間に創造と崩壊を、小さな単位での生と死を繰り返し続けている
黒恵だけではない。全ての人物がある意味で生と死を重ね合わせている。全ての存在が矛盾しているように思えた。
ふと、黒恵の目の前の空間が裂けているのが目に入った。
周りにいるはずの人々が視えなくて、しかし視えてもいて、存在していて存在していなくて。景色の街はいつも通りのものと壊れたもの、在る状態と無い状態が重なり合っていて。
全ての情報が重なり合うそこに、その裂け目に靄のように曖昧な獣が存在して存在しない、黒恵の目に映っていて映っていなかった。
――なんだい、これは
獣は声を上げて声を上げなくて動いていて動いていなくてその場にいてその場にいない。
それの観測の中で黒恵が『そこに獣がいる』と確信を持ってしまった途端の出来事だった。
目の前の、背後の、辺り一帯に存在して存在しないその獣が前へ横へ後ろへ同時に移動していて止まっていて、全ての情報が万華鏡を思わせる動きと制止を行なっていた。
獣を認識した途端、頭痛が走り始めた。初めは小さかったそれも次第に大きくなって行って、左目を閉じて頭を押さえてしまうほどの痛みを抱えながら走る。
しかし気が付いてしまった。
その獣は、どこにでもいてどこにもいない――
逃げ場などなくて逃げ場があって逃げ場しかない。
思考すら重なり合って滲んでいた。混乱の渦に飲まれながら目の前にいる常に上下左右前後に動いていてかつ止まっていて在っていて無いモノが止まり続けて逃げて素通りして襲いかかって来て、全てを同時にやってのけていた。
思わず手を伸ばして獣に触れてしまって触れていなかった。
手は握られていて伸ばしていて、動いていて止まっていて力が入っていて力が抜けていて突っ込まれていて引っこ抜かれていて。
頭痛は更に酷くなっていく。獣に手が触れていて触れていなくて見られていて見られていなくて噛み付かれていてなにもされていなくて。
痛みを受けながら痛みを受けていなくて、黒恵の頭では処理が叶わないほどに折り重ねられた情報を全て流し込まれていて引き抜かれていてそもそも何もされていなくて、とてもではないが耐えられるものではなかった。
腕を獣から離そうとするものの、腕は離れて近づいて動かなくて、頭は完全にセカイの情報に飲まれて不具合にも似た万能の状態にあって、全てをこなしていてなにも出来ないでいた。
――離れろ、離れるに決まってる、『離す』んだい!
すると、獣から手は離れて、全てが重なる景色の中で唯一万能を持たない不自由で動くことができた。
先ほどの思考と行動と感覚によって黒恵の中で、ひとつの解決方法が生まれていた。
――そうかい、『認識』かい
目の前にいていなくて見えて見えなくて匂って匂わなくて存在して存在しない獣、しかし黒恵の目によれば確かに『いる』それと向かい合って右目、死の瞳にしっかりと映し込む。生の左目は閉じ、非日常により近い『死』で見つめ、獣の様子を窺う。獣は相も変わらずそこにいてそこにいなくて動いていて動いていなくて止まっていて止まっていなくて見えて見えない唸っていて唸っていなくて黙っていて黙っていないといった有り様だった。
黒恵は獣が襲いかかってきた、そう認識した途端、一気に認識を改めた。
――獣? そんなのいない。なにもいない、そこには何も……景色がきれいででも鬱陶しくて人が大勢通っていて喧騒が絶えない。普通がそこにあっておかしなものは
おかしなものは、『ない』のだと言い切って目を開く。思考の内から忌まわしき認識をずらして無くして。
そうして開かれた瞼。視界に映る景色はいつものもので、隣を、黒恵そのものを、鬱陶しいほどに騒ぐ男子高校生の声が通り抜けて、ファストフード店特有のジャンク感に溢れかえった香りが鼻をくすぐり落ち着かせていた。
――帰ってこれた
安心を抱くと共に薄汚れた黄色と暗い桃色のブロックを敷き詰め作り上げられたような地面にへたり込む。
――死ぬかと思った
黒恵を迎えた安心感、それは紛れもない日常風景だった。
感覚は生きている
感情は生きている
想い出は生きている
思考は生きている
心は生きている
身体は――
分からない、それが黒恵の感覚。ものに触れた時の温かみも、心に触れた時の暖かさや冷たさや柔らかさや刺々しさも、目に見える風景も心に映るあの景色たちも、みんな生きているはずなのに、自信を持つことが出来ないでいた。瞳には生きている証と死んでいる事実、どちらもがそこに在って激しい主張を互いに塗り合っていて。
生きているのに死んでいる
相反するふたつが重なり合っているなどという在ってはならない状態。それが黒恵ひとりの身体で起きているのだという。
矛盾している
世界にいるのかいないのか
迷い惑いこみ上げる苦しみに胸を押さえ、目の前の生きた景色を目にした。
そこに在るのは街、いつも歩いている街。
果たしてそうなのだろうか
街はいつも同じ姿をしているように見える、いつも同じはず。しかし、人には視えない単位ではどうだろう。常に変わり果てているのではないであろうか。
全てのモノは、生まれた瞬間に創造と崩壊を、小さな単位での生と死を繰り返し続けている
黒恵だけではない。全ての人物がある意味で生と死を重ね合わせている。全ての存在が矛盾しているように思えた。
ふと、黒恵の目の前の空間が裂けているのが目に入った。
周りにいるはずの人々が視えなくて、しかし視えてもいて、存在していて存在していなくて。景色の街はいつも通りのものと壊れたもの、在る状態と無い状態が重なり合っていて。
全ての情報が重なり合うそこに、その裂け目に靄のように曖昧な獣が存在して存在しない、黒恵の目に映っていて映っていなかった。
――なんだい、これは
獣は声を上げて声を上げなくて動いていて動いていなくてその場にいてその場にいない。
それの観測の中で黒恵が『そこに獣がいる』と確信を持ってしまった途端の出来事だった。
目の前の、背後の、辺り一帯に存在して存在しないその獣が前へ横へ後ろへ同時に移動していて止まっていて、全ての情報が万華鏡を思わせる動きと制止を行なっていた。
獣を認識した途端、頭痛が走り始めた。初めは小さかったそれも次第に大きくなって行って、左目を閉じて頭を押さえてしまうほどの痛みを抱えながら走る。
しかし気が付いてしまった。
その獣は、どこにでもいてどこにもいない――
逃げ場などなくて逃げ場があって逃げ場しかない。
思考すら重なり合って滲んでいた。混乱の渦に飲まれながら目の前にいる常に上下左右前後に動いていてかつ止まっていて在っていて無いモノが止まり続けて逃げて素通りして襲いかかって来て、全てを同時にやってのけていた。
思わず手を伸ばして獣に触れてしまって触れていなかった。
手は握られていて伸ばしていて、動いていて止まっていて力が入っていて力が抜けていて突っ込まれていて引っこ抜かれていて。
頭痛は更に酷くなっていく。獣に手が触れていて触れていなくて見られていて見られていなくて噛み付かれていてなにもされていなくて。
痛みを受けながら痛みを受けていなくて、黒恵の頭では処理が叶わないほどに折り重ねられた情報を全て流し込まれていて引き抜かれていてそもそも何もされていなくて、とてもではないが耐えられるものではなかった。
腕を獣から離そうとするものの、腕は離れて近づいて動かなくて、頭は完全にセカイの情報に飲まれて不具合にも似た万能の状態にあって、全てをこなしていてなにも出来ないでいた。
――離れろ、離れるに決まってる、『離す』んだい!
すると、獣から手は離れて、全てが重なる景色の中で唯一万能を持たない不自由で動くことができた。
先ほどの思考と行動と感覚によって黒恵の中で、ひとつの解決方法が生まれていた。
――そうかい、『認識』かい
目の前にいていなくて見えて見えなくて匂って匂わなくて存在して存在しない獣、しかし黒恵の目によれば確かに『いる』それと向かい合って右目、死の瞳にしっかりと映し込む。生の左目は閉じ、非日常により近い『死』で見つめ、獣の様子を窺う。獣は相も変わらずそこにいてそこにいなくて動いていて動いていなくて止まっていて止まっていなくて見えて見えない唸っていて唸っていなくて黙っていて黙っていないといった有り様だった。
黒恵は獣が襲いかかってきた、そう認識した途端、一気に認識を改めた。
――獣? そんなのいない。なにもいない、そこには何も……景色がきれいででも鬱陶しくて人が大勢通っていて喧騒が絶えない。普通がそこにあっておかしなものは
おかしなものは、『ない』のだと言い切って目を開く。思考の内から忌まわしき認識をずらして無くして。
そうして開かれた瞼。視界に映る景色はいつものもので、隣を、黒恵そのものを、鬱陶しいほどに騒ぐ男子高校生の声が通り抜けて、ファストフード店特有のジャンク感に溢れかえった香りが鼻をくすぐり落ち着かせていた。
――帰ってこれた
安心を抱くと共に薄汚れた黄色と暗い桃色のブロックを敷き詰め作り上げられたような地面にへたり込む。
――死ぬかと思った
黒恵を迎えた安心感、それは紛れもない日常風景だった。
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