断末魔の残り香

焼魚圭

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断末魔の残り香(第一シリーズ)

こっくりさん

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 集合場所の駅は寒々しい。いつも足を運ぶ場所とは大違いの人通りの少なさは通り抜ける風の自由を妨げることもない。
 そんな寂しさに充ちた秋の側面に相応しい光景から三人並んで歩き出す。春斗は勿論の事、秋男までもが冬子の歩く速さに合わせていた。一歩もズレを許さないという態度は冬子への嫌がらせだろうか。
 そんな様子を太陽は微笑んで見つめていたであろう。見栄えの寒々しさを抜けた秋の空は広くて涼しくて過ごしやすかった。
 秋男は今回の目的について沸き立つ感情に身を任せながら話し始めた。
「いいか、今日はオカルト仲間を集めて集会みたいなのやるらしいからそこに向かうんだぜ」
「そんな話よく拾って来たな」
 冬子の声色は既に秋という季節を終わらせたような冷気を纏っていた。それに対して陽気な秋男は頭に手を置いて目を細めて笑っていた。
「いやあ、それ程でも」
「褒めてない」
 いつも通りの呆れはしっかりと見えていたはずだが秋男は構わずこの態度。もしかすると冬子の表情など本当の意味では見ていないのかも知れない。
 秋男に振り回され過ぎて更に疲れているのだろう。目の下に刻まれたように居座るくまがますます深くなりそうで心配は深く刻まれるだけ。
 心配に支配された二人の想いを知っての事か知らずに進めているのか、秋男は嫌らしい笑みを更に空気に放ちながら話を進めていく。
「今回俺がこの話を拾って来たわけじゃあないんだぜ」
 春斗は秋男が拾って来たものだと思っていたばかりに突かれた不意に目を見開く。気が付けば驚きを拾っていた。
「マジでオカルト好きなんだろうな、主催者」
 続けられた単純な言葉の中に事実が詰まっていた。不透明であるはずの言葉だけで今直面しようとしている件に繋がる全てを語っていた。
「何せ、都市伝説のように噂話として広めたんだからな」
 とても楽しみにしているのが秋男の表情から窺える。いつもなら言葉を返す春斗と冬子だったものの、今回に関しては危険も大きなものでは無いであろう、精々みんなで占いやホラー映画の鑑賞を行なう程度、そう思ったがために黙って着いて来ていただけ。
 あるアパートにやってきた。階段を上った先に待ち受ける一室のドアに貼られている紙を見て読み上げる秋男。

 オカルト集会、どのジャンルでも大歓迎、お気軽にご参加を検討してみて下さい

 ここが目的地だと知ると迷いの一つも無いといった態度で呼び鈴を押す。すぐさま開かれたドアから覗く顔は健康の文字を切り貼りして作り上げたような整った顔をしている若い男。オカルト集会に参加するような人物への想像からはあまりにもかけ離れすぎていた。男は三人の顔を確認する。
「はい、三名様ご案内」
 そうして手厚い歓迎の言葉と共に三人は部屋へと入っていく。中にいた人物、その全貌に秋男は驚愕し、同時に肩を落とした。
 学校指定のものと思しき紺色のブレザーを着た少女が二人、顔立ちと線に沿って幼さを残した男子高校生が一人、大学生と思しき茶色の髪を懸命に伸ばす男が一人、耳にピアスやイヤリングを着けた煌びやかな女子大生が二人。
 それは見た目や雰囲気からして明らかに冷やかしかオカルト好きだと公言しておきながら軽くしか触れていないであろう、所謂ミーハーと呼ばれると思われる緩い人々の集まり。立案者の性格が文章か用意したかも知れない写真に滲み出ていたという事だろう。
「ちと俺らとはレベルが違い過ぎねえか」
 引きつった表情を浮かべて声を捻る秋男の肩を叩いて冬子は思考を伝えてみせる。
「五十歩百歩、私たちもそんなに凄いわけじゃない」
 言われてみればただ単に心霊スポットに行くだけの不良の存在そのものだった。そんな記憶をたどりながらも集団と軽く話しながら秋男は何も話さない二人を見つめる。
 特にやることも見つけられずにカーペットの敷かれた柔らかな床に座り込む春斗と若い男が淹れたコーヒーを飲む冬子の姿が見られた。
「淹れる前にお湯をもう少し冷ましてもいいな」
 そんな感想を零す冬子は上る湯気を見つめる。男は苦笑いを浮かべながら春斗に耳打ちをした。
「こだわり強いのかな」
「毎日飲んでますし」
 短時間で慣れるはずのない人々と共に始まるこっくりさん。
 くじ引きで初めの四人を選ぶのだが、その結果が示す人選は男子大学生と女子高生、そして春斗と秋男の四人というもの。
 鳥居や文字が並べられた紙、十円玉、そして四人の人差し指に声が乗せられる。
 こっくりさんこっくりさん
 その声かけによって始められるその遊びはどこか不気味で、現実から少しだけズレた所へと忍び込むような背徳感と恐怖感を得てしまう、それらが春斗の心をくすぐっている。
 春斗はふと気になって冬子の方に目を向けた。
 冬子は窓の方を眺めていた。こっくりさんをやっている春斗たちではなく窓の方を。春斗は冬子の目線の先に見える物を見ようと冬子の視線を追いかける。
 そこに映されたのは和服姿の人間。顔に被せられた狐の面はどこか気持ち悪く春斗はこれ以上その人物を見ていたくなどなかった。
「キミ、次はキミの番だよ」
 女子高生に声をかけられて意識をこっくりさんへと戻す。
 春斗はこっくりさんに問いかけてみた。
「こっくりさんこっくりさん、秋男に好きな人はいますか」
 言葉の尾から繋がるように十円玉はゆっくりと動き出し、『はい』の上に止まる。たったのそれだけで秋男には好きな人がいる事が証明された。
「春斗お前卑怯だぞ」
 秋男はこっくりさんに問いかけた。
「こっくりさんこっくりさん春斗は大学を卒業出来ますか」
 再びゆっくりと動き始める十円玉。春斗はその時ひたすら窓の方を見ていた。そう、あの着物姿の人物が糸を引いて操っているのではないか、怨念の想いのままに動かしているのではないだろうか、そんな疑問を抱いて。
 その想像はどうにも当たっていたようで、窓の外の人物が指を忙しなく動かしていた。彼女の指の動きにタイミングに合わせて十円玉は動き、霊が動きを止めると共に十円玉の動きの方も止まった。そこに示された結果を見つめて秋男は嫌らしい笑みを浮かべる。
「春斗中退な」
「やめてくれよ秋男」
 実際、春斗は自身が大学を卒業出来ない事などとうの昔に気が付いていた。花瓶の事故の後、退院までの苦闘、そして後期が始まったと言うにも関わらず満足行くほどに頑張ることが出来ていない自分がいて。
 そんな春斗の想いを置き去りにして女子高生は訊ねた。
「こっくりさんこっくりさんあなたは一体誰ですか」
 途端に春斗は覚悟を決めて十円玉を睨みつける。春斗は分かっていた。最もしてはならない質問。それが平気な顔をして飛んできたのだ。
 春斗と冬子が見ていた幽霊は指を素早く激しく動かして、それに合わせて十円玉が大きく動き続ける。激しく動く十円玉は答えを示す事もなく、ただ動き回る。忙しなく動き続ける姿は生き物のよう。
 みんな混乱を叫びという形で露わにしながら、キョロキョロと辺りをわけもなく見渡す。幽霊に取り憑かれた十円玉が暴走している、祟りだ、などといった言葉が飛び交う末にようやく動きが止まったのは冬子の手に妨げられたからに他ならなかった。
 冬子は儀式に必要な文字を並べた紙を手に取り破り捨て、低い声を張り上げて自分なりに叫ぶ。
「いいか聞け。こっくりさんはな、イカサマトリックと同レベルなんだ」
 周囲の視線を集めてしまった冬子は恥ずかしさに顔を赤くしながらも説明を始める。
「観念運動って知ってるか。思っている事がそのまま外へと放出される動き」
 あくまでも科学的な解釈。ただの現象だと割り切って向き合う事は日頃の冬子の生き様とはかけ離れたもの。
「こっくりさんっていうのはそんな人々の心を自分たちの手によって丸裸にする儀式なんだ」
 そのまま大きく息を吸い、冬子は結論を勢い任せに語りつける。
「つまりお前らは存在すらしない幽霊の手のひらで踊らされて勝手に喚いて泣いてただけさ」
 その言葉を聞いた人々は恐怖のあまり叫び出す。パニック状態、それによる叫びが部屋を充たしてある種の祭りのようだ。春斗は耳を刺すうるさい絶叫に思わず耳を塞いでしまっていた。そんな彼の耳に届くように冬子は春斗に近寄って言の葉を吹いた。
「出るぞ」
 冬子は二人の手を引いて早々に外へと出て行った。


  ☆


 連れて来られたのはあるカフェの中、木目の柱や天井は美しく、コーヒーを落ち着いて飲むには最適な場所。冬子はまたしてもコーヒーを口にするつもりなのだろうか。
「大して面白くなかったな、ちょっとトイレ行ってくる」
 秋男は大きな欠伸をしながら吐き捨てて、二人を置いてトイレへと駆けていく。
 置き去りにされたひと組の男女。春斗は気になった事を素直に冬子に訊ねた。
「さっきの話だけど、こっくりさんの時に窓の向こうにいたよな」
「気付いていたのか。なら」
 冬子は弱々しくも綺麗な微笑みを咲かせてこう続けた。
「それは二人だけの秘密だ」
 言葉の代わりに大きく頷き理解を示す。二人だけの秘密、春斗にはその言葉がとても甘く美しいもののように思えた。
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