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断末魔の残り香(第一シリーズ)
猫を轢いた怪
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秋男のふざけた企みによって始まったドライブはしっかりと怪現象を呼び寄せた。何よりどのような現象が起こるのか分かっていながらも半分本気で半分ふざけていた先程の秋男の言葉。冬子には分かっていた。明らかに秋男はあの危なかった状況を楽しんでいた事を。見えていなかったがために軽い気持ちを保ち続けてすらいたことを。
車はあの橋を背に進み行く。もうあのダムには、沈んでしまった集落への未練が亡霊という形で彷徨い続けるあの場所には近付かないと心に決めた冬子の意思を表すような速度で進んで行く。
「後はもうただのドライブってわけだな」
秋男はため息をついてさぞ退屈そうに零していた。流石に幾重ものネタを持っていたわけではないらしい。
春斗はこの件でふと抱いた疑問を冬子に示し始めた。
「冬子、一つ訊きたいんだけど」
「どうしたんだ」
冬子の眼差しはしっかりと景色を見つめている。車を走らせ小さな背にしては少し細長い指でハンドルを握りしめる姿があまりにも格好良く映っていた。そんな姿に目を向けて一瞬言葉を見失いつつもどうにか拾い上げる。
「秋男って幽霊見えたり見えなかったりするよね」
見えている時の反応と明らかに見えていない時の反応。秋男の性格としては確かに冗談は多いものの幽霊と向き合う時に限っては嘘を付く人物には思えない。
冬子は蛇のようにうねる道に沿ってハンドルを切りながら答えた。
「霊感が少し弱いんじゃないか」
そんな会話が交わされる中で車は複雑なカーブを描く道を進み続ける。その道のりに沿ってハンドルを動かすその腕に三人の命が預けられている。春斗としては心強かったものの、どうにも申し訳なさを感じてしまう。
春斗の顔など見なくとも何となく雰囲気が伝わって来るものだろうか。冬子は言葉をかけ始める。
「どうした、やっぱ幽霊出て気分悪いか」
「冬子にずっと運転任せるのも悪いなって」
包み隠すまでもない。仲良く過ごすためには軽いことから一つずつ心を開くことが大切だと感じていた。恥ずかしさに声が震えていたものの、しっかりと伝わったようで冬子の表情は少しだけ緩やかな雰囲気を描き始める。
「気にしなくていい、春斗が楽しいならそれでいいかな」
それは突然の事だった。溢れ出した優しい気配と会話を断ち切るように車は異様な揺れを起こした。
「何だ」
車を止め、冬子と春斗の二人は降りる。タイヤ辺りを確かめたところ、見慣れない光景を目の当たりにしてしまった。
「猫を轢いたみたいだ」
それだけの言葉を吐いて車に再び乗り込む冬子を待ち受けていたのは秋男の言葉。
「実は運転下手ってオチか」
秋男の限度を超えた煽りに春斗は言葉を返す。
「山だし仕方ないんじゃないかな」
秋男は興味のないことしか残っていないためだろうか、一人だけ待ちわびていた瞬間に触れることが出来なかった為に拗ねているのだろうか。この場で最も冷静な冬子は敢えて嫌味を込めて答える。
「確かに下手かも知れないが、それならもっと下手なお前はどんな言葉で表されるのだろうな」
「ムキー、フギー」
春斗の想像とは裏腹にあの二人の会話は遊びの範囲内で収まっているよう。春斗は安心の想いを込めながら冬子の方を眺める。
冬子はただでさえ目付きの悪さと濃いくまでたまに怖いとすら感じさせるその目に更なる圧をかけて睨みを作って返していた。
「と、冬子」
押し潰されそうな圧を感じて喉を詰まらせながらも間の抜けたような声でただ名前を呼ぶ。冬子は一瞬だけ目を見開きすぐに顔を逸らす。
「なんでもない」
正面を向き、シートベルトを装着して日頃は見えもしない動揺を滲ませながら続きを言葉に変える。
「いや、違うか。後でな」
一体どうしたのだろう、予想も付かないままただ口を閉じることしか出来ない春斗の感情を置いてけぼりにして車は走り出した。
☆
まずは秋男を家の前で降ろし、次は春斗の家へと向かう。
この瞬間、二人きりという状況が生まれる。春斗はそれだけでも既に頭から湯気が出そうな程の強烈な熱を感じていた。
冬子は不健康に見えるほどに白い顔を正確に似合わない紅に染めて、いつもより荒い運転で春斗の家とは反対側へと進んで行く。直線上だというのに真っ直ぐ走る事も叶わず揺れる車。普段と比べてあまりにも下手な運転に大きな違和感を抱かずにはいられなかった。
それが気になって仕方のないものの、恥ずかしくて声を出す事すら苦労の塊。自分の事が嫌になってしまいそうな想いの中でどうにか言葉をひねり出す。
「冬子どうしたんだよ」
冬子は何も答えずに運転を続ける。止まることなく揺れるような動きを見せている車の動きに対する不安で春斗の頭はいっぱいだった。
やがて車は信号によってその動きを止める。ブレーキすらいつもよりも反応が遅く急なもの。冬子の言葉も急なものだった。
「熱っぽい。ダルい」
どうやら運転しながら会話を繋ぐ余裕すら残されていないらしい。
「悪いが今日は看病して欲しい」
珍しく弱々しさを浮かべ、囀るような声を奏でる冬子に対して春斗は一直線の視線と共に返事を射る。
「は、はい」
それから数秒の空白が生まれた後に車は動きだし、冬子の家へと向かっていく。十分か十五分か、気が気でない運転を見守りながらたどり着いたアパートの駐車場に車は停められる。
すぐさま降りて冬子の部屋へと向かっていく。冬子の顔色を窺う春斗と春斗の顔をただ見つめる冬子。
数秒の空白が生まれたその先にて口を開いたのは冬子の方。
「気を付けて。何があっても冷静にな」
そう言ってドアを開けて家へと帰る冬子とそれに続いて家へと上がり込む春斗。これから看病をしなければならないという事実に不安を抱かずにはいられない。
冬子は荷物を置いて春斗にしばらく休むように、疲れがおさまったらお粥を作るようにと指示を出して冬子は隣の寝室へと移動した。
一度は上がった事のあるその部屋を改めて眺める。飾りも洒落も殆どない部屋で、寝室のベッドと薄桃色のカーテンだけは可愛らしいという妙なバランスを取っている冬子の部屋。どちらかと言うと男に近い生活感の少なさを感じる。
女の子の住まいという落ち着けない空間でどれだけの時間を偽りの平常心と共に過ごしただろう。その間ただ座り込んでいただけという無駄。
「こんなの冷静でいられない」
そんな感想を零しながら、春斗は少々ぎこちない動きで歩き始めた。気持ちを誤魔化すには作業をする事が大切。お粥を作るべく歩く。
どこなのだろう、どこにあるのだろう。お米はどこなのか。米の在り処は。
探し歩き、探り歩き、探し歩き。
しゃがみ込んで台所の収納棚の中を探る。
「お米はどこだお米はどこにお米はどこ」
意識せずに呟いて無我夢中でその場を漁る春斗だったが、その腕は力強く掴まれ動くことすら出来なくて、夢中から現実へと引き戻される。
「何をやっているんだ」
現実で待ち受けていた冬子の問いかけの意味も掴めないまま春斗は答える。
「何って、お粥を」
「それならどうしてこんなところへ」
春斗は辺りを見回してようやく気がついた。
そこは闇に包まれた公園。足元には明らかに誰かの手によって掘られた穴。掴まれた手には砂の感触、加えて砂っぽい心地の空気。どうやら砂場でひたすら穴を掘り続けていたらしい。
そんな春斗は気怠そうな冬子の姿を見て、ただひと言だけ送り込む。
「ごめん」
冬子は春斗の手を引いて立ち上がらせる。ふらふらと揺れる冬子の身体はあまりにも頼りない。
「何があっても冷静にな、そう言ったはずだ」
どうやら二人は轢き撥ねた猫に祟られていたらしく、体調の悪化や奇行はそのせいだと思い至り、共に怯え震えながら夜を過ごした。
次の朝、その日がお祓いのために初めて寺に駆け込んだ日となった。
車はあの橋を背に進み行く。もうあのダムには、沈んでしまった集落への未練が亡霊という形で彷徨い続けるあの場所には近付かないと心に決めた冬子の意思を表すような速度で進んで行く。
「後はもうただのドライブってわけだな」
秋男はため息をついてさぞ退屈そうに零していた。流石に幾重ものネタを持っていたわけではないらしい。
春斗はこの件でふと抱いた疑問を冬子に示し始めた。
「冬子、一つ訊きたいんだけど」
「どうしたんだ」
冬子の眼差しはしっかりと景色を見つめている。車を走らせ小さな背にしては少し細長い指でハンドルを握りしめる姿があまりにも格好良く映っていた。そんな姿に目を向けて一瞬言葉を見失いつつもどうにか拾い上げる。
「秋男って幽霊見えたり見えなかったりするよね」
見えている時の反応と明らかに見えていない時の反応。秋男の性格としては確かに冗談は多いものの幽霊と向き合う時に限っては嘘を付く人物には思えない。
冬子は蛇のようにうねる道に沿ってハンドルを切りながら答えた。
「霊感が少し弱いんじゃないか」
そんな会話が交わされる中で車は複雑なカーブを描く道を進み続ける。その道のりに沿ってハンドルを動かすその腕に三人の命が預けられている。春斗としては心強かったものの、どうにも申し訳なさを感じてしまう。
春斗の顔など見なくとも何となく雰囲気が伝わって来るものだろうか。冬子は言葉をかけ始める。
「どうした、やっぱ幽霊出て気分悪いか」
「冬子にずっと運転任せるのも悪いなって」
包み隠すまでもない。仲良く過ごすためには軽いことから一つずつ心を開くことが大切だと感じていた。恥ずかしさに声が震えていたものの、しっかりと伝わったようで冬子の表情は少しだけ緩やかな雰囲気を描き始める。
「気にしなくていい、春斗が楽しいならそれでいいかな」
それは突然の事だった。溢れ出した優しい気配と会話を断ち切るように車は異様な揺れを起こした。
「何だ」
車を止め、冬子と春斗の二人は降りる。タイヤ辺りを確かめたところ、見慣れない光景を目の当たりにしてしまった。
「猫を轢いたみたいだ」
それだけの言葉を吐いて車に再び乗り込む冬子を待ち受けていたのは秋男の言葉。
「実は運転下手ってオチか」
秋男の限度を超えた煽りに春斗は言葉を返す。
「山だし仕方ないんじゃないかな」
秋男は興味のないことしか残っていないためだろうか、一人だけ待ちわびていた瞬間に触れることが出来なかった為に拗ねているのだろうか。この場で最も冷静な冬子は敢えて嫌味を込めて答える。
「確かに下手かも知れないが、それならもっと下手なお前はどんな言葉で表されるのだろうな」
「ムキー、フギー」
春斗の想像とは裏腹にあの二人の会話は遊びの範囲内で収まっているよう。春斗は安心の想いを込めながら冬子の方を眺める。
冬子はただでさえ目付きの悪さと濃いくまでたまに怖いとすら感じさせるその目に更なる圧をかけて睨みを作って返していた。
「と、冬子」
押し潰されそうな圧を感じて喉を詰まらせながらも間の抜けたような声でただ名前を呼ぶ。冬子は一瞬だけ目を見開きすぐに顔を逸らす。
「なんでもない」
正面を向き、シートベルトを装着して日頃は見えもしない動揺を滲ませながら続きを言葉に変える。
「いや、違うか。後でな」
一体どうしたのだろう、予想も付かないままただ口を閉じることしか出来ない春斗の感情を置いてけぼりにして車は走り出した。
☆
まずは秋男を家の前で降ろし、次は春斗の家へと向かう。
この瞬間、二人きりという状況が生まれる。春斗はそれだけでも既に頭から湯気が出そうな程の強烈な熱を感じていた。
冬子は不健康に見えるほどに白い顔を正確に似合わない紅に染めて、いつもより荒い運転で春斗の家とは反対側へと進んで行く。直線上だというのに真っ直ぐ走る事も叶わず揺れる車。普段と比べてあまりにも下手な運転に大きな違和感を抱かずにはいられなかった。
それが気になって仕方のないものの、恥ずかしくて声を出す事すら苦労の塊。自分の事が嫌になってしまいそうな想いの中でどうにか言葉をひねり出す。
「冬子どうしたんだよ」
冬子は何も答えずに運転を続ける。止まることなく揺れるような動きを見せている車の動きに対する不安で春斗の頭はいっぱいだった。
やがて車は信号によってその動きを止める。ブレーキすらいつもよりも反応が遅く急なもの。冬子の言葉も急なものだった。
「熱っぽい。ダルい」
どうやら運転しながら会話を繋ぐ余裕すら残されていないらしい。
「悪いが今日は看病して欲しい」
珍しく弱々しさを浮かべ、囀るような声を奏でる冬子に対して春斗は一直線の視線と共に返事を射る。
「は、はい」
それから数秒の空白が生まれた後に車は動きだし、冬子の家へと向かっていく。十分か十五分か、気が気でない運転を見守りながらたどり着いたアパートの駐車場に車は停められる。
すぐさま降りて冬子の部屋へと向かっていく。冬子の顔色を窺う春斗と春斗の顔をただ見つめる冬子。
数秒の空白が生まれたその先にて口を開いたのは冬子の方。
「気を付けて。何があっても冷静にな」
そう言ってドアを開けて家へと帰る冬子とそれに続いて家へと上がり込む春斗。これから看病をしなければならないという事実に不安を抱かずにはいられない。
冬子は荷物を置いて春斗にしばらく休むように、疲れがおさまったらお粥を作るようにと指示を出して冬子は隣の寝室へと移動した。
一度は上がった事のあるその部屋を改めて眺める。飾りも洒落も殆どない部屋で、寝室のベッドと薄桃色のカーテンだけは可愛らしいという妙なバランスを取っている冬子の部屋。どちらかと言うと男に近い生活感の少なさを感じる。
女の子の住まいという落ち着けない空間でどれだけの時間を偽りの平常心と共に過ごしただろう。その間ただ座り込んでいただけという無駄。
「こんなの冷静でいられない」
そんな感想を零しながら、春斗は少々ぎこちない動きで歩き始めた。気持ちを誤魔化すには作業をする事が大切。お粥を作るべく歩く。
どこなのだろう、どこにあるのだろう。お米はどこなのか。米の在り処は。
探し歩き、探り歩き、探し歩き。
しゃがみ込んで台所の収納棚の中を探る。
「お米はどこだお米はどこにお米はどこ」
意識せずに呟いて無我夢中でその場を漁る春斗だったが、その腕は力強く掴まれ動くことすら出来なくて、夢中から現実へと引き戻される。
「何をやっているんだ」
現実で待ち受けていた冬子の問いかけの意味も掴めないまま春斗は答える。
「何って、お粥を」
「それならどうしてこんなところへ」
春斗は辺りを見回してようやく気がついた。
そこは闇に包まれた公園。足元には明らかに誰かの手によって掘られた穴。掴まれた手には砂の感触、加えて砂っぽい心地の空気。どうやら砂場でひたすら穴を掘り続けていたらしい。
そんな春斗は気怠そうな冬子の姿を見て、ただひと言だけ送り込む。
「ごめん」
冬子は春斗の手を引いて立ち上がらせる。ふらふらと揺れる冬子の身体はあまりにも頼りない。
「何があっても冷静にな、そう言ったはずだ」
どうやら二人は轢き撥ねた猫に祟られていたらしく、体調の悪化や奇行はそのせいだと思い至り、共に怯え震えながら夜を過ごした。
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