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女子高生『川海 晴香』の集団下校

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 晴香は歩く。ありきたりで変わりのない、しかし本人にとっては代わりの無い大切な居場所のこの街を。一日の授業に打ちのめされて疲れた身体を見慣れた建物やスーパーマーケットが実家のように受け入れてくれる。歩いて歩いて、バス停のある歩道の側にかつて自動販売機があった場所、そこにひとりの子どもがひとり立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
 あまりにも寂しそうなその子どもについつい話し掛けてしまうのであった。子どもは瞳を涙で濡らしながら言った。
「あのね、昨日までここに自動販売機があったんだけど、無くなったの。どうして?」
 晴香は記憶を辿りこの場所のことを思い出す。こんなところに自動販売機があった日など昨日一昨日などと言った最近のことではなくて果たしていつだっただろう。思い出そうにも具体的な日にちなど追憶の日差しに掻き消されてしまって分からない。
 そんなむかし話を昨日と語る子どもは幽霊に違いなかった。
「きっと大人にも大人の都合があって持って行っちゃったんだよ」
 答えた途端、景色の中で子どもの姿だけがブレていく。晴香がその光景に気を取られた隙をついて子どもは晴香の背中に乗り始めるのであった。
「どうしよう……天音に怒られちゃう」
 しかし、どうしようもこうしようも頼ることの出来る人物など天音以外にいなかった。故に普通に道を進んで行く。
 横断歩道を渡り歩道に踏み入れたその時、妙に大きなカエルが跳ねているのを目にした。驚きを覚えつつも微笑ましく思っていた晴香だったが、すぐに表情は凍り付く。自転車が走って近付いて来た。まるでカエルがいることに気がついていないように曲がる気配すら見せない。跳ねるカエルを撥ねる勢いであった。
「危ない!」
 咄嗟に出た叫びは自転車の動きを鈍らせ揺らす。それでひとつの命が救われたのであった。
「良かった」
 安堵のため息をつく晴香の元へとカエルが懸命に跳ね続けて近付いて行く。縮む距離、やがて晴香の元へとたどり着いて取り憑いたのであった。
「あっ、またお化けだった」
 天音の無賃労働を更に増やしてしまった晴香の足取りは重くなっていく。
「幽霊に取り憑かれたから重いだけ、取り憑かれたから重いだけ……」
 想いを無視して歩き続ける。負の感情は更に負の存在を呼び起こし、動物霊たちが後ろに列を成し始めた。オマケに途中で見かけた地蔵に救いを求める気持ちでお参りしたところ、更に人の霊が増え、物の怪率いて集団下校、と言った状態であった。
 重い足取りでどうにかたどり着いたアパート、いつもならもっと軽く上ることのできる階段も今の晴香ではあまりにも重たくてしんどい。
「ああ、一段…………二段……」
 表情はとても生きているように思えなかった。生きた心地のしない死んだ顔をした生者は愛しの退魔師の元へと向かうために重苦しい身体を引き摺るように階段を上っていく。
「最近太ったからかなぁ、キツいよ……幸せ太りで見放されたらツラいよね」
 息切れは怪異の重さと体重の増加、悪いと想う心によって加速していく。上って上ってどうにか上ってようやく行き着いた二階。廊下を歩いて天音の住まう部屋のドアを見つけて呼び鈴を鳴らす。
 ドアはものの数秒で開いた。
「今日も来たね妖怪ていくあうと……」
 流石の天音も息を詰まらせた。晴香の周りは大量の霊たちで溢れ返っていたのだから。
 天音は口を震わせながらどうにか叫びを形にした。
「斬新な百鬼夜行だな!」
 ドアは閉じられたのであった。
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