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退魔師『雨空 天音』の心霊クッキング

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 ドアの開く鈍い音が耳に届いた。何も言わずに中へと入ってくる人など既に分かり切っていた。
「出たな! 妖怪ていくあうと!」
 くたびれたソファに寝そべっていた和服の女性、天音は気怠そうに身体を起こして目を擦る。
「服がはだけてるよ、だらしない」
 天音は帯が緩んで小ぶりな胸元が見えているのを見て、目の前の少女に向けて思い切り広げて見せた。
「祓え給へ! 清め給へ!」
 少女晴香は顔を赤くして目を逸らす。その目付きはいつもより色っぽく、手は緩く握って晴香自身のふくよかな胸に当てていた。
「だらしない……」
「うるさいなぁ、アンタがまた妖怪お持ち帰りするからエロとかいう不浄なる術で祓ってんの」
 その術の根拠について何も考えていないようで恐らく何も考えていない天音。しかし、考えなしが通じる事もあるものである。
「ほぅら、アンタに憑いてる霊はアタシの美ボディに恥じて逃げてった……サラシ巻いてるのにねぇ、どんだけピュアッピュアなことやら」
「あんまりスタイル良くない」
「うるさい次から金取るよ? ああ、とると言えば……」
 その言葉を残して大量の酒瓶とつまみが散らばる床、その障害物たちを器用に避けながら跳ぶように歩いて和室へと向かって行った。それを傍目に晴香は酒瓶を片付け始める。これまでに果たしていくつの空き瓶を片付けて来たことだろうか。片付けても天音の家に上がる度にほぼ同じ数だけ空き瓶が転がっていてそれを見つめながらため息をつきながら再び片付けていたものだった。
 そんな晴香の気苦労も知らずに天音は何やら一枚の写真を持って来た。
「これさこれ。完全にキてるねぇ撮れてるねぇ、ホンモノの心霊写真さ」
 そこに写っているもの。暗い背景に薄い明かり。ぼんやりと映るそこは学校であろうか。その中に収まっているのは楽しそうな笑顔を浮かべる茶髪の男子高校生と目の下に分厚いくまのある黒い髪の背の低い女子。着ているものは同じ制服、つまり同じ学校に通うふたりであろうか。
「もしかしてこっちの顔色悪い女の子が心霊?」
 その言葉を向けられて天音は豪快に笑う。
「なワケ。この子がアタシにこれを供養するように依頼したのさ。アンタと違って二千円、しっかりと用意して下さったものよ」
「はいはい、どうせ金食い虫ですよ」
「違う、妖怪ていくあうと」
 写真をテーブルに置いた天音は茶髪の男子を指した。
「この男、ただの同級生らしいしなんならアンタとも同じ歳だけどコイツが提案したらしい。そんな底の浅いこうべで考えなすった探検、心霊たちはお見通しなわけよ」
 天音の言う通り、心霊には企画者などお見通しだったらしく、茶髪の男子の首に白い帯のようなものが巻き付いており、肩は5本の白い指につかまれていた。
「これ供養しても本人は」
「基本アフターケアはしないものとする。ウチの業務の基本さ。必要なら本人が札束でアタシにビンタしに来るんじゃないかい? ……多分」
 そして供養は始まった。
「退魔師『雨空 天音』のクッキングタイム! 本日の材料は活きのいい心霊写真! 心霊写真の燻製を作って行きます」
 酒瓶を開けて心霊写真目掛けて中身を勢いよくかける。
「まずは御神酒をかけて臭みを取ります。ん? 市販の安い酒? 知るかっ! 神に供えてない? お客様は神さま、アタシが買った時点でお供え完了なのさ」
-暴論過ぎる-
 晴香は呆れのあまり本音を口に出す事すら放棄していた。天音のクッキングはまだまだ続いて行く。
「さて、神聖なる塩を摘みほぅれ! 祓え給へ、清め給へ、味付け給へ」
 それはどう見ても食卓塩であった。次に天音はタバコを取り出し火を付けた。
「最後にお焚き上げスモークをかければ完成! 誰に食べさせようか……そうだ、あの軽率男に食わせるとしよう。食べられないとは言わせない、わざわざアタシの方から出向いてやってしかも手料理オプションまで付けて祓うってんだから」
 その言葉を残して天音は写真を持って何処かへと去ったのだと言う。
「あっ、高めの金額提示してむしり取って祓うつもりなのね」
 勘づいた晴香は何処にいるのかも分からない男に向けて手を合わせて哀れみの感情を向けた後、あまりにも悲惨な部屋を片付け始めるのであった。
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