魔女に心を奪われて

焼魚圭

文字の大きさ
4 / 10

断末魔の残像

しおりを挟む
 朝の散歩で学校という存在を意識し始めた十也。それから過ごす時間、昼へと時を進めると共に想うこと、感情は大きくなっていく。それは憧れ、それは楽しみ、それは希望。十也は希望に満ち溢れた可愛らしい表情で奈々美に初めてのワガママを言うのであった。
「学校にすぐにでも行けないの? 気になって気になって仕方ないよ」
 何も知らない男の子、年相応の無垢な心を見せ付けられて奈々美は頭を悩ませるのであった。
「入学してからでないと……知り合いっぽく言えばお縄にかかってしまうわね。でも、そんな甘い顔! うぅ、私ったらもう我慢することが出来ないわ」
 十也を抱き締めて奈々美の身体に擦り付けるように押し当てる。
 その行いは年端も行かぬ男の子にとってはあまりにも罪深き甘味。十也は目を回し、恥じらい、フラ付き、動く事が出来なかった。
「あら、いけないわ。十也が高熱を出して倒れ込んでしまいそう。この場合は俗世で言う恋の病と呼ばれるものに入るのかしら?」
 全くもって違うものであった。
 そんな熱に浮かされたような十也、そんな彼の願いをどうにか叶える為にあるひとつの提案を差し出すのであった。
 そう、それは夜の学校への不法侵入。



 暗い廊下をゆっくりと歩いていく。十也が思い浮かべていたものとは全く以て異なる顔を持った学校。
 夜忍び込むといえばこの前読んだマンガもそうであった。
 十也は辺りを見渡し、身体を心を恐怖に震わせる。十也はすぐさまそばに居る自分よりも大きな女性、黒いローブを纏う昏くて妖しい魔女の奈々美の白い手を握る。離れないように、消えてしまわないようにしっかりと握り締める。
「うふふ、こんなにも縮こまってしまって……本当に可愛い子」
 その言葉に言葉を返す余裕すらもなく、ただ手を握り締めていた。
 歩みは遅く、あまりにも不安定な足取り。とても弱々しくて奈々美はそれをさぞ愛おしそうな瞳で見つめていた。
 そして十也があのマンガが原因で最も恐れているであろう理科室、そこを通りかかるその時、心臓は力強く打ち付けていた。その鼓動は素早く訴えかける。心は限界なのだと叫んでいた。
 理科室で少年が落としてしまった薬に触れてしまったがために人ではいられなくなった女。想像、追憶から生まれ来る恐怖はあまりにも耐え難く、十也は掴む安心の手すらも振りほどいて逃げ出してしまった。その場にはひとり、奈々美だけが残される。
「そう……流石に耐え切れなかったのね」
 残された奈々美はある気配を掴み取っていた。
「これは良くないわ」



 恐怖を振り切るべく走って逃れて廊下に立っていた。今はひとり、そう、大切な優しさからすらも逃げてしまった十也はもう、恐怖に支配されて歩くことすらままならなかった。
 あの笑顔、妖しい表情、素敵な魔女。
 決して離してはならない人と離れてしまってひとりきり。孤独はやはり動くことを許さない。
-ああ、やってしまったんだ-
 そんな十也は背後に何かが迫るような気配を感じた。それはしっかりと背後にいて、近づくことも遠ざかることもしない。そして異様な雰囲気がまた恐怖をますます心に塗りつけていく。
-ダメだ、振り返ったら。ダメだ、ダメだ、ダメだ。ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ-
 もう限界だった、想いは一色に染め上げられようとしていたが、ここからの想いだけがせめてもの抵抗。思わず言葉が溢れ出すのであった。
「ごめんなさい、手を離してごめんなさい。ひとりだけ逃げ出して……ごめんなさい」
 ただ静かに後ろに立っていた気配は更に近付いて、そして。

 十也の目を柔らかな手で覆った。

 そして、あの艶のある声で耳元で静かに言うのであった。
「勝手に逃げ出して……ダメじゃない。悪い子にはおしおきが必要だったみたいだからやらせていただいたわ」
 目を覆う手が離れると共に十也は振り返って、大切な人の名を呼ぶ。
「奈々美!」
「ええ、アナタの彼氏、奈々美さんよ。イタズラなんかしてしまってごめんなさいね十也。帰りましょう」
 そんな会話の中、十也は一瞬だけ目の端に捉えてしまった。奈々美の優しい嘘に覆い隠された真実を。

 見るからに既に死した者の残骸が黒ずんだ塵となって消えていく様を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

処理中です...